第11話
土曜日の休日、俺は歩美と共に杉並の住んでいると思われるアパートの前に来ていた。
建物の外見を見た感想は「ボロい」の一言に尽きる。
こんなことを言うと失礼だが、あと何年も経たないうちに崩れそうなおんぼろアパートである。
「ここだな、杉並の家」
「いるかな、杉並さん。アルバイトに行っちゃってたらお裾分け渡せないね」
その場合はポストの中にでも突っ込んで置いていけばいいだろ。
……と思ったが、まずポストが無かった。
かろうじてあるのが、玄関扉のパカパカ開く横長の郵便受けのみ。これでは食べ物を詰めてきた入れ物など当然入る筈がない。
「こんなことなら連絡先を聞いておくんだったな」
一縷の願いを込めて呼び鈴を鳴らしてみる。
チャイムが鳴り終わって数秒立ったが、杉並が扉を開けて出てくる様子はない。
念のためそれから3分くらい待ったところで、残念だが不在中だと判断した。
「いないみたいだね。これどうしようか」
「そうだなぁ……書き置きとセットで置いていこう。それしかない」
よく考えれば、休みの日ってのは学生にとっちゃ丸一日働ける数少ない日で、金に飢えてるやつは死に物狂いで働きに出るだろう。
杉並のように毎日をギリギリで生きてるようなのは特にな。
歩美がこうなるんじゃないかと想定して持ってきたクーラーボックスが役に立った。
帰宅してあれを発見した杉並はどんな反応をするだろう。時限爆弾と勘違いしたりして。
「博也、ありがと」
杉並の自宅からの帰り道、ふたりで肩を並べて歩いていた時だ。
歩美がふいに、俺へ感謝の言葉を言い放つ。
そんな言葉をかけられるような偉業は何一つ成し遂げていない筈だ。心当たりがない。
「俺、お前からその言葉を貰い受けるに値すること、なんかしたっけ?」
「私、杉並さんのことずっと気になってた。席も近いし隣を見ればすぐ視界に入るから。杉並さん全然お昼食べてる様子がなかったから、なんか変だなって。少し心配してた」
歩美は、周りの自分とは無関係な事柄に目敏く気がつく。
困っている誰かをみかけたら放っておけない性質で、俺も何度も助けられた。
「私は年の近い女の子に話しかけるの、あんまり得意じゃないから。博也がきっかけを作ってくれたから、手を差し伸べられた。だから、お礼言っておこうって」
「きっかけ作ったって言っても、腹空かしてるように見えたから、お前が作ったドーナツやっただけだけどな」
「誰かれ構わず気軽に話しかけられる博也が羨ましいな」
歩美は女性恐怖症って宿痾に悩んでいる。
それは、高校生になった今でも変わっていない。
あいつは、小学生のときから自分と年の近い同性と接するのが苦手なんだ。
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