第10話

「そういうわけで、残りのドーナツとケーキはすべて杉並にやった。バイトしてても日々の生活が、食事を何度も抜かなきゃならないくらいハードらしい」


この話の中心である杉並は、放課後になってすぐにバイト先に向かった。

なんだかやたらと忙しないやつだ。

歩美みたいな何でもできる超人タイプじゃないと、この美術デザイン科では課題とバイトを両立させるのは難しいだろ。


「杉並さん、ごはんちゃんと食べれてないんだね。三日も何も食べないでいたら体壊しちゃうと思う」


「だよな。だから、何か良い方法はないかと思ってさ」


「簡単な話。私が杉並さんのぶんのお弁当も用意すればいい。よく言うよね、二人分も三人分も変わらないって」


歩美ってやっぱ面倒見いいよな。それに加えて、優しさで満ち溢れてる。

他人のために、しかも見返りもなしに無償で何かをするなんて、中々即決できることじゃない。

普通なら見て見ぬ振りだ。仲の良い友達からおかずを一品わけてもらうくらいが関の山だろ。

歩美は炊き出しの手伝いとか積極的に参加してるからなぁ……なにか思うところがあるのかもしれない。

たとえば、炊き出しを必要としている人達と杉並の境遇が重なって見えたとか。


「それこそ簡単に言ってくれるが、昼限定だけど、出費が多少なりとも増えるってことだぞ。大丈夫か?」


「大丈夫だよ。お弁当に入れるおかずはいつも多めに作ってるし、博也と私の二人分詰めても毎日結構余る。それに、誰かに食べてもらったほうが食べ物を無駄にしないで済むでしょ」


放課後、俺と歩美はデザイン棟一階の教室で粘土の靴を作りながらそんな会話をしている。

粘土で本物そっくりの靴を作るとか絶対無理だと半ば諦めかけていた俺だが、歩美が手伝ってくれると言うので歓喜してデザイン棟まで足を運んだ。

こんな難解な課題、作り物が大の苦手な俺では到底完成させられないな。


「まあ、歩美が弁当を用意してくれるなら、あいつも喜ぶだろうけど」


あいつ、放課後はバイトばかりやってるらしいし、課題の方はてんで進んでないんじゃないのか?

一旦関わっちまったから、他人事ながらちょっと心配だ。


「今日のお弁当に使ったそぼろも大量に余ってるんだよね。博也、杉並さんの住んでるところ、どこだかわかる?」


「ああ、そういや、渡り廊下で話をしたときにそんな話題振ったなぁ……」


途中で話すネタがなくなって、そんなどうでもいいような話題を振った。

「お前って、どこ住んでんの?」って気付けば勝手に口が動いてた。


「博也ってプレイボーイだよね」


「……は?いきなりおまえ、なに言ってんの?」


「だって、杉並さんは博也に自分の自宅がある場所を教えたわけでしょ」


「確かに教えてもらったが……それとプレイボーイとどんな関係がある?」


「そんなに親しくない相手にふつう教えたりしないと思うけどなー。なんか、博也にすぐ気を許しちゃう女の子多過ぎ。杏子ちゃんとか。一体どんな魔法を使ってるの?」


降旗が俺に気を許してるねぇ。そんな風に考えたことは一度もないな。

俺は降旗にペットと同じような扱いを受けてるし。


「俺は魔法使いじゃねぇ。それより、どうして杉並の住んでる場所が知りたいんだ?」


「そんなの、ごはん作って持って行ってあげたいからだよ。何も食べないでアルバイトに行って、倒れちゃったりでもしたら大変だし」


ったく、歩美はどこまでもお人好しだ。

そういうとこ嫌いじゃないけどな。













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