第9話

杉並藍莉すぎなみあいり。美術デザイン科のクラスメイトの女子。

艶やかな黒髪を後頭部の頂上で結ったポニーテールがとてもよく似合っている。

歩美や降旗レベルとはいかなくとも、十分に目鼻立ちの整った女子だと断言できる。

そもそもがあの二人は次元が違う。

人間に出せる美しさの限界を超越してると表現すればわかりやすいだろうか。

余計にわかりずらくなってたらすまん。

これといった取り柄もないし平凡な見て呉れ、そんな俺なんかが一緒にいたら妬まれて当然か。


———話を元に戻そう。


その杉並藍莉だが、俺が授業中ケーキとドーナツを爆食いしている光景を見て、一人だけ他の奴らとは違う反応をしていた。

大半のクラスメイトが俺の姿を見て笑いを堪えている中、杉並だけはケーキとドーナツを物欲しそうな顔で見ていた。


「よっ!おまえもこれ食うか」


俺と一瞬目が合って気まずくなったのか居た堪れなくなったのかは知らんが、五時間目終了のチャイムが鳴ってすぐさま、杉並は教室から出て行った。

きっと歩美や降旗の作ったお菓子が食べたかったに違いないと、ドーナツを口にくわえながら同じく教室を出た。

そして、渡り廊下の開放された窓で風に当たっている杉並の姿を見つけた。

なにやら、深刻そうな思い詰めた表情をしているように感じる。


「さっきこっち見てたろ。俺と目が合ったよな」


「み、見てないよ!僕はドーナツもケーキも見てない!見てたのは食べ物なんかじゃなくて、だから、その……そうっ!君の隣の席の坂本さんを見つめてたの!坂本さんがあまりにも綺麗で見惚れてたというか……まあ、そんな感じ!!」


何だこの必死な誤魔化し方は……歩美に見惚れるやつなんてこれまで数多と見てきたし、見惚れてあたりまえの存在だと思ってる。

俺の幼馴染みさんは女子からも人気があるからな。


「いや待て、そんな嘘簡単に信じられるか。俺はこの目で確と見たぜ。おまえが俺の卓上に並ぶお菓子達を、今にもよだれをたらしそうな眼差しで凝視してるところをな」


「そそ、それは博也君の勘違いってやつじゃないかな。僕はお菓子を凝視してなんか———」


そこまで言葉を口にしたところで、杉並の腹の音が豪快に鳴った。

俺が手に持ってるドーナツは、四六時中腹を空かせている杉並には目の毒だろうよ。

現在、食い過ぎで腹がいっぱいの俺とはまるで対照的だ。

俺の右隣の席に座る杉並は、昼休みの時間大体教室に居て、机に突っ伏して眠っているイメージだ。

よほど疲れているのか、昼飯を食べている姿を見たことがない。


「あはは……今のはお腹の音じゃないからっ!おならの音だから!」


たしかに腹が鳴る音と屁を出すときの音は酷似しているが、その誤魔化し方は女子としては終わってる。

普通、誤魔化さなきゃならないのはおならの方だろ。

なんか、だんだんこいつが可哀想に思えてきた。


「……はあ。まあいいや。そういうことにしといてやるよ。腹の音じゃなくて屁をこいた音だったのな」


「そうそうそうっ、そうだよ!だって僕がお腹空いてる筈がないからね。さっき水道水いっぱい飲んでお腹いっぱいだから!」


「もういい。それ以上嘘を重ねるな。このドーナツをやる。いや、むしろ貰ってくれ」


こっちは腹一杯で誰かに手伝って欲しいくらいなんだ。

腹空かしてるやつがいるならちょうどいい。

歩美だって、正しいことにドーナツを使うなら何も言ってこない筈だ。


「あ、えっとその……水道水たんまり飲んだのは嘘じゃないんだけど……」


「ほう。つまりそれ以外はすべて嘘だったんだな」


「しっ、しらない! これ、くれるってゆうならほんとに貰っちゃうからね……!」


杉並は俺の手からドーナツをぶんどると、その場に腰を下ろしてさっそくがっつき出した。

そして、半分ほど食べ進めたところで、あまりの美味しさに感動したのか、ぱっちり二重に涙を浮かべていた。


「坂本さんの手作りどーなつ、おいしい……」


人を泣かせるほど美味いドーナツってこの世に存在するんだな。

確かに味も見た目も完璧な仕上がりだったもんな。俺の幼馴染みすげぇ。


「博也君にはわからないだろうね。三日間一食も食べないと人がどんな症状に襲われるのか」


「そんな生活送ってんのか……ちなみにどうなるんだ?」


なんとなくそうなんじゃないかと思っていたが、やはりこいつ貧乏なんだな。

最初こそダイエットの線を疑ってみたが、杉並、全く太ってるようには見えないからな。

三日間も何も食わないとか、想像を絶する。


「気持ち悪くなるんだよ。とてつもない飢餓感で、気を抜くと吐きそうになるんだよ。どうせ吐くものなんか体の中に一つも残ってないのにだよ?意味わかんないよ」


「ようし、わかった。わかったから女の子があんまり吐く吐く連呼するな」


話を聞いてると、杉並の生活が不憫過ぎてこっちまで辛くなってくるな……なにか俺にできることがあればいいんだが———そうだ。

こういう時こそ、頼れる幼馴染みの出番だろ。




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