第7話
「ホールケーキ、頂いて来ました!じゃじゃん!!」
俺が教室に戻った時間は、昼休みが半分以上経過し、残り20分で午後の授業が始まる時間だった。
歩美さんはそれでも頑なに俺のお帰りを待っていたようで、弁当にはまだ手を出していない。
先に食べててくれてもよかったんだがなぁ。
「博也、遅い。もうすぐ昼休み終わっちゃう。はやく食べよう」
「お、おう……歩美さん、ちょっと怒ってる?」
「怒ってないよ。そのさん付け気持ち悪いからやめて。……それ、杏子ちゃんから?」
そうかそうかそりゃ良かった。どうやら俺の気のせいってやつだったらしい。
いつもとは少し語気がキツイ感じを受けたからちょっとだけ焦った。
「一緒に食おうぜ。降旗が授業で作ったんだとさ。なにやら練習用に作ったのを味見してたらお腹いっぱいになったらしい」
「ふうん。そんなお店クラスのケーキ貰っちゃって、また別の男子から羨ましがられるよ。杏子ちゃん、ちっちゃいときからすごい人気だし」
そんなことはわかってる。殺害予告とか届いたこともあったくらいだからな。ど偉い人気だ。
ただでさえ歩美と四六時中一緒にいるだけでも、他の男達の妬みや嫉みがキツイんだぞ。
こいつはそこら辺、よく理解しているのだろうか?
とりあえずまあ、美術デザイン科に男子が少ないのが救いだな。俺を入れても男子は五人。それ以外は女子ばっかりだ。
ついでに俺以外の男子諸君を簡単に紹介すると、ガリガリに無口にオタクにノッポだ。こう羅列してみると何気に属性が豊富だな。
「なんだ、俺はそれに同意すりゃいいのか?そんなことよりケーキ食えよケーキ。おひとつ頂いてみたが、見た目もさることながら味まで名店クラスだぞ」
「デザートはごはん食べてから。ごはん食べられなくなっちゃうよ。お弁当、残しちゃダメだからね」
……おや、やっぱり今日の歩美はなんかおかしい。
いつもなら俺が嫌いな食べ物を残そうが、絶対に「残しちゃダメ」なんて言わないのに。
「今日はそぼろ弁当か。玉子の黄色と挽肉の茶色がなんとも美しい」
玉子の程よい甘さと挽肉の絶妙な味付けがたまらなく美味いんだよな。
そぼろ弁当なら残しようがない。
それに、よく言うだろ。甘いものは別腹とかなんとかって。
「食後のデザートにと思って、博也の好きなドーナツも作ってきた。これも食べて」
そうだった……歩美はいつも必ず何かしらのお菓子を手作りして学校に持ってきてるんだよな。
必要とあらば、クーラーボックスを持参するのも厭わない。
こいつがちょっと不機嫌に感じた理由はこれか。
そんな大きなケーキを食べて、私の作ったお菓子は食べられるのかと。
しかしまあ、降旗のお菓子作りの腕もすごいが、歩美の作るお菓子も十二分に張り合えるレベルにプロ並みだ。
入れ物の中に入っているドーナツの種類は、お馴染みのチョコスプレーの散りばめられたチョコドーナツにシュガードーナツ、ピンク色のはおそらくストロベリーか。この三種類が二つずつ。
「全部で六個あるけど、博也が全部食べていいんだよ」
まずい。一種類ずつなら辛うじていけるかと思ったが、六個は無理だ。
甘いもんの食い過ぎで気持ち悪くなりそう。そうなれば、午後の授業に差し支える。
「さ、さすがにドーナツまでは無理かな。ほら、食後のデザートならこのチョコケーキがまだ大量に残ってるし」
「午後の授業始まる前に全部食べてね」
「…………………………………………」
歩美がにこっと可愛らしい笑みを向けながら、そんな容赦のないセリフを口にする。
笑ってる筈なのにその笑顔がなんか怖い。
こりゃ、意地でも完食しないといけないだろうな。
「せめて放課後まででお願いします」
この量を次の授業が始まる前に食べ終わすとか絶対無理だわ。
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