第6話

降旗杏子ふりはたあんず

俺が小5の頃知り合った転校生で、小学校時代のクラスメイト。一緒に過ごした期間は二年と短かったが、今通ってる高校の調理科で降旗をみかけた。

歩美同様に容姿端麗な降旗は、昔と多少見目形が変わっていようがすぐにわかった。

セミロングの髪型は幼少の頃と変わらないが、顔立ちが少しだけ大人っぽくなったように感じた。降旗に思いを寄せている男子はごまんといたが、現在でもそれは健在のようだ。

今日俺は、その降旗に用があるからと呼び出され、昼休み屋上に足を運んだ。


「あれ、いない……向こうから呼び出しておいてこれかよ……」


とっとと用事を済ませて教室戻らないといけないんだが。

歩美とその歩美が作った弁当が俺を待っている。腹が減って死にそうだ。

あと5分くらい待って来なかったら意地でも帰ろう。昼休みが勿体ない。貴重な昼寝の時間がどんどん無くなっていく。


暇つぶしにと、手摺りを掴んで屋上からの眺めを満喫していたんだが、すぐに飽きてアスファルトに寝転ぶ。

製図で頭を使ったせいか、異様に眠い。

目をつむればすぐにでも夢の世界に潜れそうだ。


「……降旗、おまえほんとうに人の髪触るの好きだよな」


髪を撫でられる慣れ親しんだ感覚に、閉じたまぶたを開かず待ち人の名を呼んだ。


「待った?待ってないよね。博也の癖にあたしより先に待ち合わせ場所にいるとか、生意気」


「待ったぞ。待ってないとか決めつけるのはよくないな」


上半身を起こした座ったままの状態で、降旗の方に向き直る。

そもそも、目を閉じて寝転んでいたのだからら、多少は待っていたのだとわかる筈なんだが。


「そこは、万が一待ったとしても「俺も今来たとこ」って言うのが正解だと思うんだけど?」


そんなデートの始まりを告げる彼氏のセリフみたいのは、恥ず過ぎて言えんな。


「お、おれも、いまきたとこ……。これで満足か」


「心がこもってない。もう一回やりなおし」


降旗のジト目が不満を物語っていた。

めちゃくちゃ屈辱だ。別にこいつ、俺の彼女ってわけでもないのに。


「俺は一体おまえの何なんだ?」


「召使い、下僕、ペット、この中だったらどれがいい?」


「どれもやだな。三択で良い選択肢が一つもねぇ。強いて言うならペット……いや、そもそも強いて決める必要なんかなかったな」


「なにごちゃごちゃ言ってんの?それより、エサ持ってきてあげたんだからもっと頭撫でさせろ」


降旗がエサとか言ってるのは、この立派なチョコレートケーキのことだろうか。

しゃがんでいる降旗の隣に、大皿にのったホールのチョコレートケーキがずしんと置いてあった。これがまた結構大きい。

もしや、これを慎重にここまで運んできたから、待ち合わせの時間に遅れたとか……?


「これ、調理科の授業で作ったやつだろ。自分が作った力作を自分でエサとか貶して気分悪くないか?」


降旗は俺の言葉など気にも留めずに、またもわしゃわしゃと髪を撫でまくってきた。

俺が何を話そうと関係なく、実のペットを愛でるように。


「この撫で心地……ほんとうにそっくり……」


まるで会話が成立していないような気がするが、これはこちらから話を合わせた方がいいのか?


「……そっくりって?」


「前に言ったでしょ。博也がダックスに似てるの」


ダックスというのは、降旗が飼っていたミニチュアダックスフンドの名前らしい。

もうおわかりだと思うが、ミニチュアダックスフンドを省略しただけの簡単な名前だ。

勝手に思い出に浸られても困るが、降旗が一瞬、嬉しそうな表情とは別に寂しそうな表情をチラつかせた。

仕方ない。この時だけはこのまま気が済むまでじっとしていてやろう。

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