6(解決策)
白椿通りから帰った俺は、陽子に本とプリン、母親に醤油を渡したあと、ご飯の用意ができているという言葉にしたがって晩ご飯を食べた。献立はアジフライにキャベツを添えたものと味噌汁、それに冷奴だった。もちろん味噌汁には油揚げが浮かんでいた。まあ特に陽子が好きというわけではないのだけれど……。
食べ終えたあと、俺はすぐに風呂に入った。汗を落としたいというのもあったが、もうひとつ理由があった。
——考えをまとめるには風呂に入ればいい。
それが俺のポリシーだったからだ。
「はぁ〜どうすっかなー」
全身を洗い終え、湯船につかった俺はため息とともにそんな言葉をこぼした。
考えているのは失くしてしまった手紙のこと。
このままでは明日の約束の場所に行くことができないということだ。
考えれば考えるほど、さっき白椿通りであったときにかなえに言えなかったのが悔やまれる。対面だとスムーズに言えることでも、メールだと言いづらいことは山ほどあるが、謝るというのはその中でも最大限に難易度が高いことのように俺には思えるのだ。
悩めば悩むほど時間はただ浪費されていくだけだった。
「……やっぱメールで謝って、おんなじ内容を送ってもらうしかないかぁ」
気まずいことだが仕方ない。風呂からあがったらすぐにメールを打とう。
というか何をそんなにうじうじ悩んでいるんだよ、俺! それしか方法がないくせにいつまでも時間を無駄に使いやがって!
自分に腹が立った俺は、頭を湯船につっこんだ。自暴自棄になったのではなく、頭を切り替えるためだ。
耳のあたりに熱が浸透していく。
もう息が続かないというところで俺は顔をあげた。
「——ぷはっ! はぁ、はぁ、あちぃ……」
のぼせそうになった。いま鏡を見れば茹でダコのように真っ赤であろう。
だけどすっきりした。
ほてった顔が空気にさらされて冷えていくときに、余計な考えまでも奪って行ってくれたみたいだった。
そうして頭を切り替えることができた俺は、次にある意味もっとも重要な問題を考えていく。
それはたとえもう一度手紙を手に入れても、はたして俺にあの手紙の謎が解けるのかということだ。
昼間考えていたときはまったくわからなかった。なんど見てもただいたずらに数字を書いていった風にしかみえなかったのだ。
タイムリミットは短い。
明日の放課後までに解ければいいのだが、やはりギリギリの時間に追われながらでは焦りが邪魔をして満足に考えられないという気がする。
できれば徹夜してでも、まだ明日があるという心理的な余裕がある今夜中には解いておきたいところだ。
そうなると、陽子に助言をもらえないというのは本当に辛い。
本とプリンにすっかり機嫌を直した陽子は、今ごろ俺の部屋兼陽子の部屋のベッドの上でうれしそうに本を読んでいることだろう。おおきな尻尾をふりふりとさせているその姿はただの無邪気な子どもにしかみえないはずだ。完全に余談だが、頬をとろけそうにしてプリンを食べているところなどは写真におさめたくなるほど可愛い。
だがそんな陽子の頭の鋭さは常人のそれとはまったく次元が違う。1000年以上生きているのは伊達ではないのだ。その考えられないほどの時間を過ごすなかで蓄えられてきた知識を使い、どんな謎であろうとも立ち所に陽子は解いてみせる。おそらくかなえの考えてきた謎でも瞬く間に解いてしまうはずだ。
そしてそれに加えて陽子はある不思議な能力を持っている。
『狐の窓』と呼ばれる手の組み方を通して、取り憑いた相手——つまり、俺——のことをみると、その相手の目線で過去を見ることができるというのだ。その特殊な能力と、俺の気がつかなかったものを見抜く類まれな洞察力を使うことで、陽子はいままでミステリークラブに届けられた依頼を自らが現場に足を運ぶことなく、俺をいわば第3の目にすることで解決してきた。その代わりに俺は現場におもむいて隅々まで見てくるようにと要求されるんだがな。
だけどまあたとえ陽子の助力を得ることができたとしても、今回の件ではその特殊な能力を使うことはないだろうけど。なにしろあれはただ過去を見ることができるというだけのものなのだから、今回のようにただ謎を解くだけでは必要、ない……。
ん、いや待てよ……? 俺の目線で過去を見ることができる……?
「——そうか!! その手があったか!」
その事実に気がついて、俺は湯船から勢いよく立ち上がった。じゃぼんとお湯が揺れる音が浴室のなかを盛大に反響する。
「なんで気付かなかったんだ! 鈍すぎるだろ俺の頭っ!」
自嘲しながらも俺は勢いよく浴室から飛び出ると、急いで体を拭いてタオルを腰に巻き、そのまま服を着る時間も惜しいと廊下に飛び出し階段を駆け上がった。そして自分の部屋のドアを押し開けると、
「陽子! 頼みがある!」と叫んだ。
「ふぅ、どうしたのじゃ、そんな大声をあげ……て……ッ」
予想通りベッドの上に仰向けに寝転がり本を読んでいた陽子は、だるそうに顔をもたげてくる。楽しんでいたのを邪魔するなと言いたいのだろう。だが、そんな陽子は俺を見るなりぴたりと固まってしまった。
そして顔をみるみる赤くさせていき、
「——な、ななッ、なんじゃお主! 気でも狂うたか!」
と、頭の下に敷いていた枕を俺に向かって思いっきり投げつけてきた。
だが俺は構うことなくそれを右手で払い退けると、警戒するようにベッドに立ち上がった陽子に駆け寄り、両肩をつかむ。
びくっと震える陽子。背後では尻尾がぴんっと真っ直ぐに立っていた。
そんな陽子に俺は誠意を伝えるためにまっすぐ目を見つめて告げた。
「お願いだ陽子。——俺のことをみてくれ!」
「な、何をいきなりいっておるんじゃお主は! わ、私にいまのお主をみ、みろじゃと、い、いやそれよりも——えーい服を着んかッ服をッ! この痴れ者が!!」
そうして俺は、茹でダコのように真っ赤になった陽子に、またもやどこから取り出したのかわからないハリセンで頭を
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