True End
前編(手紙に込められたもうひとつの意味)*8の続きから
「——やっぱりおかしい……何か、必ずなにか意味があるはずだ……」
俺はもう寝るのは諦め、そのまま考え続けることにした。
あらためて完徹を決意した俺は、そっと部屋を抜け出して、だれも起こさないようにと忍び足で階段をおりていく。そうしてキッチンにたどり着くと、手早くインスタントコーヒーを淹れて戻ってきた。
椅子に座ってコーヒーをひと口飲む。ミルクも何にもいれてないからただ苦いだけの味。だけどその苦味が口の中に広がると同時に、ぼんやりとしていた頭と目が、多少なりともすっきりしてきたような気がした。
俺はそうやってコーヒーをちびちび飲みながら、先ほど導き出したひとつの答えを書いたルーズリーフを眺めその疑問点についてを考えていった。
——シ。
——ロ。ツ。バ。キ。
——ド。オ。リ。
かなえはいったいどういう意図を持ってこんな風にして『白椿通り』という単語を分けたのだろうか。やっぱりどう考えても、
——シ。ロ。
——ツ。バ。キ
——ド。オ。リ
と分けた方がいいはずなのに。
もうその違いに意味がないとは考えない。だって、そもそもこんな手のこんだ暗号を作る奴が、そんな些細なミスを犯すだろうか?
いや、そんなことはありえない。きっとなんども推敲を重ねてミスがないか確認して、自信を持って俺の下駄箱に入れたはずなのだ。絶対にこの分け方には何かしらの意味がある。
考え続けるうちに、俺はかなえのある言葉を思い出していた。
——きょうの部室での会話を思い出してみて。ヒントになるようなことは、わたしぜんぶ言ったはずだからさ!
「ヒントはぜんぶ言った、か……」
ということは、この分け方の意味を考える上でのヒントも、あの部室での会話でかなえは俺に伝えているのだろうか。
分からない。だけど、考えてみる価値はあるかもしれない。
今日の部室での会話。その中でヒントと呼べるようなものがなかったか、もう一度思い出してみることにした。
そうして、
「あー、そういえば……、ひとつ引っかかることがあったな……」
俺は思い出した。
——特別だよ?
そういって微笑んだかなえの姿を。
「あれって結局なんだったんだ? とくに特別といえるような話じゃなかったし……」
改めてその後のかなえの話を思い出してみるが、やっぱり特別な内容なんか言っていなかったと思う。ただポスターを書き直すために去年書いたやつを見直す事になった、というようないたって平凡な内容の話だったはずだ。
だけど、かなえはその話を特別だと言った。
いま考えても不思議だった。あのとき、かなえはどうしてそんなことを言ったのだろうか。特別。その言葉が意味することはなんだったのだろう。
「ポスターに書かれていた内容に、何かほかのヒントがあるのか……?」
あの時の会話が特別だというのなら、やはりそう考えるしかないだろう。かなえのこの手紙がオリンピックに絡めて作ってあるのはもう間違いない。ポスターを書き直しているときか、見直しているときに思いついたのだとすれば、必然的にすべての謎の答えはポスターの中にあるという事になる。
そうすると、もしかなえの発言を補うとすれば、さしずめこうなるのだろうか。
——このヒントは特別だよ? と。
だがなんだ? そう仮定した場合、ポスターの何を指してかなえは手紙の謎を解く上で、特別なヒントになりうると考えたのだろうか。
各オリンピックについてのひと言コメント?
真っ先に思いつくのはそれだ。
だが、そんな細かい内容なんて俺はもう覚えていない。これが去年のことならば多少は内容について思い出すことはできただろうが、もう読んでから1年経っているのだ。精々、1964年に第1回目の東京オリンピックが開かれたということぐらいしか記憶に残っていなかった。
俺がそれ以外でいま覚えていることと言ったら、ずらっと開催都市が並んでいたことと、その横に都市名の英語での書き方が併記してあった、ぐらいで……。
「——そうか、もしかしたら……!」
そうだ! もうそれしか考えられない!
俺はスマホで検索していく。
もちろん検索する内容は、先ほど調べあげた手紙が示していたオリンピック開催都市の英語表記だ。ガルミッシュ・パルテンキルヘン、ロンドン、ストックホルム……。俺は次々とそれらの都市が英語でどう記されているのかをスマホで調べてあげていく。
出てきた検索結果は、また新しく取り出したルーズリーフに書き殴った。
そしてすべてを検索し終えた俺は、それらを手紙の書き方に沿って整理した。すると、次のようになった。
——
——
——
「……で、同じように文字を抜き出していって……」
無意識に呟きながら、さっき日本語でやった時と同じようにして、文字を抜き出していく。『London』の『1文字目』は『L』といったふうに。
そうやって浮かび上がってきたのは、次の文字、いや言葉だった。
——I。
——L。O。V。E。
——Y。O。U。
「…………マジ、かよ…………」
俺はその結果に目を疑う。夢でも見ているのではないかと本気で思った。
それぐらい、それは、想像さえしていなかった言葉だった。
何かの間違いじゃないかと俺は何度もなんども繰りかえし調べなおした。
抜き出す文字を間違えたんじゃないか、そもそも調べた英語が間違っていたのでは、そんな風に何度も疑った。
だけど、決して答えが変わることはなかった。間違いなく、浮かび上がってきたのはこの言葉だった。
呆然とする俺の頭に、手紙のある一文が思い浮かぶ。
——用件は、分かるよね?
「…………バカやろう。……分かるどころじゃねえって……」
告白。その2文字が、ずっしりと重みを持って胸にのしかかってくる。
かなえが、俺に?
まさか……いや、でも……。
さまざまな感情が頭を一瞬で通り越して、体全体を駆け巡っていく。
しばらく俺は動くことができなかった。
だが、
「……いや、それよりも……」
ある事に思い至った俺は、制服に着替えると陽子に置き手紙を残して玄関を飛び出し、東雲の空の下を駆け出したのだった。
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