ノーマルエンド
前編(いつも変わらぬ光景)
——結局、俺はそれ以上考えるのをやめた。
待ち合わせ場所は間違いなく、白椿通りであるはずなのだ。偶然だなんてありえない。違和感のある文字の並び順については、ただ単に
用件についてはかなえは言っていたじゃないか。わからなければ教えてくれるって。だからそれについては明日、白椿通りに行ってみればわかることだ。これ以上考えても特に意味のあることにはならないと思う。
それになにより、もう眠気が限界だ。ぼんやりとしてきている頭でいくら考え続けても、どうせ芳しい成果をあげることなど出来はしない。
俺はそう結論づけると重い体をなんとかあやつって布団を敷き、電気を消すとそのままばたりと倒れ込んだ——。
「…………るのじゃ……」
微睡のなか声が聞こえた気がした。だが気のせいだと、俺は眠り続ける。
「……かげんに……のじゃ……」
また声が聞こえてきた。同時になんだか体がゆらゆらと揺れているような感覚をうける。あーうるさいなー。俺はまだ眠いんだ……。もっと寝かせてくれって…………。
「——えーいッ、いいかげん起きるのじゃ!!」
「あ
怒鳴り声が聞こえてくると同時に、顔面に鋭い痛みがはしった。
一気に目を覚ました俺は、痛む顔を押さえながら布団から飛び起きると、枕に向かってハリセンを振り下ろした姿勢のままじっと固まっていた元凶を睨みつけた。
「いきなり何すんだよー! 陽子っ!」
「ふんッ、お主がいつまでも起きぬからじゃ」
「バカやろう! 起こすのにも順序ってもんがあるだろっ! なにいきなりハリセンで顔面を叩いてくんだよ!」
「バカものはお主じゃ! 私はちゃんと何度も声をかけたり、お主のからだを揺すって起こそうとしたわッ! じゃがお主はいつまでたってもぐうたらぐうたら寝ておった! だから私は仕方なくハリセンを使ったのじゃ!」
怒りの声をあげる俺にむかって、陽子はそう反論してきた。俺はそれを聞いて言葉が詰まる。そういえばうっすらとそんな感覚があった気がするのだ。
俺が黙ったのを見ると、陽子はむすっとした顔で腕を組んで続けた。
「——それに、私は感謝こそされ罵倒されるいわれはないわい。ほれ見てみるのじゃ」
陽子は顎をしゃくって俺の視線をベッドに接している壁に誘導した。そこには時計がかかっているのだ。俺はそれが指し示す時間を見て仰天した。
「うおっマジか! もうこんな時間かよ! やべ、遅刻するっ」
8時5分。
すぐに家を出ないと間に合わない時間だ!
俺はあわてて制服に着替えると鞄を持って部屋をとび出る。……まえに俺はふと思い出して陽子に振り返ると、
「すまん陽子! 怒鳴って悪かった! 助かった!」
と謝った。俺が学校に行く用意をしていた間、ずっと押し黙っていた陽子だったがそれを聞くと「うむ、わかればいいのじゃ」と言って表情をやわらげた。
そうして俺たちは一緒に階段を降りていった。
1階に降りると同時にリビングから出てきた母親が「たける。あんた朝食はどうすんの?」ときいてきたが、「ごめん。今日はいいや、遅刻しちまう」と俺は答えて玄関で靴を急いで履くと鍵を開けた。そして陽子に振り返って、
「じゃ、行ってくる」
「うむ、ではの。……ああそうじゃお主、今日こそは約束を違えるでないぞ?」
「約束? なんのことだ?」
本当はちゃんと覚えていた。だけどその犠牲——財布の中身——の大きさにあわよくばと思ってとぼけようとした俺だったが、
「……ふむ。どうやらお主はまだ寝ぼけているようじゃな。これはもう一発やっておく必要があるかのう」
そう言ってにやりと笑う陽子の手には、いつの間にか例のハリセンが握られていた。それを見て俺はあわてて叫んだ。
「いやいや嘘ウソっ、分かってるって! ちょっとした冗談じゃないか! プリンだよなっ! もちろん買ってくるって!」
「プリンではない。——デラックスプリンじゃ。よいか? それを5個じゃぞ」
「分かった、わかったって。だからそのハリセンを早くしまえ」
素直にハリセンを下げてくれた陽子に、俺はほっと安堵の息をもらす。あのハリセン、結構どころじゃなく痛いのだ。どこにそんな力があるんだよって力で陽子は振り下ろしてくるから、喰らったらめちゃくちゃ痛い。今だっていまだに頬がじんじんとしているぐらいだ。恐るべし妖狐の力というやつだ。
てかあれいつもどっから出してくるんだよ。どう見ても隠しておけるような大きさじゃないだろ。あれか、尻尾の毛を一本抜いたらハリセンになるのか? ……バカやろう。どこの
まったく、最近は暴力ヒロインなんて流行らないっていうのに……。さすがはそのロリな見た目に反して1000年は生きてきただけはある。体質が古い。このロリババアめ!
「……お主、いまなにか私に対してひどく失礼なことを考えてはおらぬかったか? であるならばここに血の雨が降ることになろうぞ?」
眉を寄せて睨みつけてくる陽子の手には、きらりと煌くものが握られていた。それはどう見てもハリセンじゃなかった。やめろ陽子。それは洒落にならんぞ!
「じゃ、じゃあな陽子! 俺はもう行くから! 布団片付けておいてくれ!」
「あ、こらッ待たぬか! まだ話は終わっておらんぞッ!」
身の危険を感じた俺は、背後から聞こえてくる陽子の叫び声を無視して、逃げるように玄関を飛び出した。そうして学校に向かいながら、そういえば陽子に答えが間違っていないかどうかぐらい聞いておけばよかったな、と俺は残念に思ったのだった。
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