2(挑戦状?)
旧校舎といっても、別によくアニメとかで描かれるような、木造で、薄気味悪く、七不思議のいくつかが存在するような場所というわけではない。ただ単に一昨年新しい校舎が新設されたため、元からあった方の校舎をそう呼ぶようになったというだけだった。
だから普通に鉄筋コンクリート製だし、床はリノリウムで覆われている。多少汚れてところどころ黒ずんではいるものの、それがかえって学校というものの存在を強く俺に意識させる要因となっていた。新校舎の方は逆にきれいすぎて学校にいる気がしないのだ。
そんなことを考えながら廊下を歩いていると、俺の所属するミステリークラブの部室のまえへとたどり着いた。旧校舎2階、西側一番奥に位置するこの場所は、普段は地学室として使われている教室だった。廊下の突き当たりがそのまま出入り口の扉となっている。
扉のよこに『依頼はこちらへ!』と大きく黒いマジックで書かれた段ボール箱が机の上に乗せて置いてあった。普段は地学室の隅にひっそりと置かれているその箱は、活動の時になるとこんな風に外に出しておく決まりになっていたので、どうやらかなえはすでに中にいるようだった。
一応、部室に入る前に箱の中を確認してみる。けれど特に何も入っていなかった。どうやら今日も依頼はないようだ。
扉を開けると、涼しくひんやりとした空気が流れ込んできた。冷房が効いているらしく、廊下の暑さに慣れ始めていた俺は一瞬その温度の落差に戸惑うが、すぐにその心地よい冷気に魅了される。なんといっても夏。クーラーの効いた部屋は天国なのだ。
「えっあれ、たける君………?」
俺がその快適さにうっとりと入り口で佇んでいると、そんな声がかけられた。かなえの声だ。
我にかえった俺は声のありかを探るため部室の中を見渡す。部室といってもここは地学室なので、特に目新しいものはない。せいぜい奥の方、教室の後方に地球儀が2台連なって棚に並んであるぐらいだった。
そうやって視線を巡らせていくと、かなえの姿を見つけた。
教室内には長机が横に3列、縦に5列並んでいるのだが、かなえは俺から見て一番左の列、そのちょうど真ん中の席に座っていた。机に向かって何か作業をしていたらしく右手にペンを持ったまま、部室に入ってきた俺を意外そうな顔を浮かべて見ていた。
「あれれ、どうしたの? たける君、今日は来られないって言ってなかったっけ?」
「あーまぁそのつもりだったんだけど……」
俺は曖昧に頷きながらかなえの方へと歩いていく。かなえの左斜め前の席に腰掛けると、机の上に鞄を置いて、ブレザーの内ポケットから例の封筒を取り出してかなえに見せた。「これ、かなえが?」
するとそれを見たかなえは合点がいったという風にうなずいた。「うん、そうだよ」
「なに? まさかもうわかっちゃたの?」
そう尋ね返してくるかなえの声は、心なしかいつもより上擦っているような感じを俺に与えてきた。まさかこんなに早く解かれるはずがない、と思っていたのが当てが外れて動揺しているような声だった。
「あーいや違うんだ。この手紙を書いたのが本当にかなえなのか分からなかったから。一応その確認に来ただけなんだ」
「あれ? わたし、名前書き忘れてた?」
そう言って首を傾げながら、でもそれだったらわたしの所に聞きに来ないよね、と不思議そうにしているかなえに向かって俺は首を振った。
「うん、書いてあった。けどそれだけじゃ証拠にはならないだろう? 誰かがかなえの名前を騙っているのかもしれないからな」
最後の言葉を肩を竦めておどけるように俺は言った。それを見たかなえはおかしそうに笑う。えくぼができるその笑い方は、ショートカットのかなえにとてもよく似合っていて、俺はその姿を見るのが結構好きだった。
「もう〜変なとこで引っかかるなーたける君は。でもまあ? そういうことならわたしが保証してあげる。——それは間違いなく、わたしが書いたものだよ」
「そっか。ならよかった」
左腕を伸ばしグーと親指を立てたかなえに俺はまた肩を竦めてそう答えた。
それから俺は封筒の中から手紙を取り出した。そして一度視線を紙のうえに滑らせたうえで、またかなえを見た。かなえはその俺の様子をにやにやしながら見つめていた。
「それで? この手紙は一体なんなんだよ、かなえ?」
俺がそう訊ねると、かなえはにやりと笑って答えた。
「ふふ、それはね、——わたしからたける君への挑戦状だよ」
「挑戦状?」
俺が困惑していると、かなえは手に持っていたペン先をくるくる回しながら言葉を続ける。
「ほら、わたしたちってさ一応はミステリークラブの部員なわけでしょ?」
「……まあそうだな」と俺は頷く。
「でもその実態は、陽子ちゃんに提供する謎を効率的に集めるためにたける君が創設した、いわば謎集めクラブなわけだ」
俺はまた深く頷いた。
かなえのその言葉どおり、俺たちの部の活動目的は陽子に提供する謎を見つけだすことだった。
なぜなら陽子曰く、『謎と面白い本、それにプリンこそが私にとって生きていく上での三大栄養素なのじゃ!』ということらしいからだ。俺にはまったく理解できないその言葉のために、俺たちの部はせっせと陽子に謎を貢いできた。
もちろんそんな活動内容をバカ正直に学校に伝えるわけにもいかない。だから表向きはミステリー好きが集まるミステリークラブということになっているのだ。
「そういうわけでさ。わたしたちって依頼があるとすぐに陽子ちゃんに持っていくから、自分たちで謎を解いたことってないよね?」
そうかもしれないな、と俺は答えた。
「だからね。わたし、たまには何かわたしたちだけで部活らしいことをやってみようって思ってそれを書いたの」
かなえはそう言ってペンで俺の持つ手紙を差した。
「ふむ。だから俺への挑戦状ってわけか」
「そ」
「なるほどな」
手紙については一応納得した俺は、かなえにもう一つの疑問をぶつけることにした。
「で、この用件っていうのは?」
「わからない?」
逆に問い返してくるかなえ。だが、俺にはやっぱりなんのことか分からない。
「ああ、まったく」
頭の横に手を持ってきて、降参の意を示すポーズをする。
「じゃあその質問にはいまは答えられないかな? たける君がその暗号を解いて、書いてある場所に明日来られることができたときに、まだ分からないようなら教えてあげる」
「なるほど」
であるならば、俺はこれを明日の放課後までに解いて、なおかつその用件とやらを思い出さなければいけないということか。まあ最悪、用件の方は明日この手紙に書かれているという場所に行くとかなえが教えてくれるみたいだが、そのためには手紙の方は確実に解読していなければならない。
解けるのだろうか、俺に。
そう思い改めて視線を手紙に落とすが、やはりちっとも分からない。
これはやっぱり、こっそり陽子に解いてもらうしかないか……
「——あっ、ちなみに陽子ちゃんに頼るのは禁止ね。見せてもかまわないけれど、答えを聞くのは禁止。そんなことをしたら意味がなくなるし……、何よりこれはたける君への挑戦状なんだからさ!」
と、かなえにあさましい考えを読まれ、そうそうに釘を刺された俺は「……やっぱそうだよな……」と机に突っ伏すのだった。
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