第5話 姉妹の愛の巣

 町役場を出発した車は、野原と畑が広がるなだらかな坂道を走っていた。

 

「あれ何だろ?」

「パ、パパイヤ……」

「え~!? パパイヤって南国フルーツの~?」

「こ、ここのは……甘くないの……お肉と炒めたりして、た、食べるの」

「ほえ~、それって想像つかないよう」

 

 燕華さんとそんなやりとりをしたちいゆがこちらを向いた。

 

「お姉ちゃん、今度ラーメンの具にしてみようよぅ!」

「ま、まあ一度食べてから考えようね」

 

 気付くと燕華さんが目を丸くしてわたしとちいゆを見ていた。


 最初は近寄りがたい子だと思ったけど、こうして見ると燕華って可愛いなー。


 そう思った途端、こちらを見る目つきが変わった。


「も、もみじさん、あなたには、ち、ちいゆちゃんがいます」

 

 ひゃあ! 瞬時に心を読まれたー、しかも何か勘違いしているんですけど……。

 

「う、うん、何かごめん」

 

 とっさにこう返したら、かああっと顔を赤くされた。

 恐らくだけど、思わず意見した事に恥ずかしくなったのだろう。

 

「どうかしたの燕華ちゃん?」

 

 ちいゆが心配顔で燕華さんを見る。

 運転席では燕奈さんがくすくす笑っている。


「ところで小池さん、先程の話の続きですが、お二人にこの島へ来て頂いた理由はもうひとつあるんです。それは新たな文化の導入。同人ショップ、メイドカフェ、うどん屋といったこの島では無かった業種を招き入れているのです」

「だからさっきの商店街に場違いな店があったんですね」

「面白いでしょう。さて、この島初となるラーメン屋が見えてきましたよ」


 丈の短い青々とした草が生い茂る、なだらかな傾斜にある一軒家。

 見渡す限り他に民家は無い。

 車が近づくにつれ、徐々に目的の家が見えてきた。

 瓦の屋根、ヒビの入った白い壁、一階部分には店の入り口であろうガラス戸が二つ、潰れて久しい古臭い自宅兼食堂そのまんまだった。


「わぁ~、ここ? ここに住むの、あたし達? やったよぅ!」

 

 はしゃぐちいゆを横目に溜息を吐いた。

 

 たまに思うけど、ちいゆの感覚にはついていけない時がある。見れば見るほど、まっくろくろすけが出そうな感じ。ううん、あれならトトロにつながるハートフルファンタジーになるからいいけど――その、あれよ、確か老夫婦というか老姉妹が亡くなってるんでしょ、あの家? 

 枕元に二人の霊が立ってたりした日にはわたし、頭がおかしくなっちゃうかもしれないんですけどっ。


「どうしたの? 燕華ちゃん」

 

 ちいゆの心配声で燕華さんに目をやると、自分の肩を抱いて震えていた。 

 どうやらわたしの心を読んで恐怖が伝染してしまったらしい、何て不憫な子! 


 車が家の前に停まり、わたし達は外に出た。

 ぬるま湯のような風が体を撫で抜け、草原に波を描いて駆け上がってゆく。

 

「こう見えても、リフォーム済みですから中はちゃんとしてますよ」


 燕佐さんが自宅側の鍵を開け、中へ入った。

 五、六足の靴が置ける玄関、その先には廊下が続き、突き当たりが階段だった。

 靴を脱いで上がる。

 階段に続く左右の壁には、それぞれ二つの戸があった。

 

「十畳の居間です」


 燕佐さんが一番手前の戸を引いた。

 畳敷きの居間、雨戸付きの大きなガラス戸の向こうには道路と草原、青い海が見える。

 

「わあ、すっごい! ホントに南国の茶の間って感じ!」

 

 そう言ってから、ちいゆと団らんする姿を思い浮かべ、にやける。

 するとその心を読んだ燕奈さんに後ろから小突かれた。


 居間から出て、向かいにある戸を燕佐さんが開いた。

 そこは店内で、二人掛けテーブルが三つ、カウンター席四つ、そして調理場があった。


「基本部分はすぐ使えます。どうぞご確認ください」


 水道、電気をチェックするが、妙な間も無くすぐに反応した。

 そしてコンロをチェック。

 面接の後、燕一さんが言ってた通り、新しいものに換えてあった。

 棚に目をやると寸胴や麺茹で機、テボ、レードルといった器具まで新品が置かれていた。

 

 凄い! でもここまでお金かけて大丈夫なの?

 

 胸に少々不安が込み上げてくる。


「さて次にまいりましょう」

 

 燕佐さんのエスコートで廊下の突き当たり、階段手前にある左右の戸を開けた。

 右がトイレ、左が浴室だ。

 トイレも洋式水洗に改装済み。浴室も大きめの浴槽、シャワー付に改装済み。


「燕奈が言うんですよ、『トイレ、バスルームはリフォーム必須でしょ』って」

 

 燕佐さんの隣でこちらにVサインを決める燕奈さん。

 

 ありがたくて涙出そうなんだけど、ちょっと後ろめたくなってきた。そんなに金かけられると徐々にプレッシャーが……

 

 そんな罪悪感を感じつつ燕佐さん達の後に続き、半円状の階段を上がり始めた。

 

「え!?」


 わたしの後ろ、最後尾のちいゆが小さな声を上げた。

 

「どうしたの?」

 

 ちいゆが一階の廊下に顔を向けたまま固まっている。


「何か変な影見えた」

「え? ど、どんな?」

 

 不安げな顔でこちらを見る。


「人っぽい形してこっち見てた。私と目が合うとすうっと消えたよう」


 即座に思い浮べたのはこの家で亡くなった老姉妹、ちいゆは多少の霊感がある。

 わたし達が小学生の頃、家族旅行で温泉宿に行ったことがある。

 部屋に通されるなりちいゆが『頭から血を流した女の人が窓からこっち見てるよう』と言い、案内した宿の人を仰天させ、すぐさま別な部屋へ通された事があった。


「ち、ちいゆ、取りあえず二階へ行こ」

「わ、わかったよう。あれ? どうしたの燕華ちゃん」


 階段を上り切った先で、燕華さんが自分の肩を抱えて震えてた。

 わたしかちいゆの心を読んでしまったのだろう、まったく難儀な子。

 

 二階は畳敷きの部屋があるだけだった。

 それでも階段側以外、三方向に窓があり青い空と輝く海が広がって見える、ちょっとしたパノラマ風景だった。

 その景色にもちいゆは浮かない顔だった。

 ちいゆの後ろに回ってそっと肩に手を置いた。

 

 困ったなー、元気の無いちいゆを見たくないからこの島に来たのに、よもや初日からこんな展開になるなんて……燕佐さんも協力してくれてるって言ってたのに、どうしよう……。

 

 そう思いつつ燕佐さんに目をやると、燕奈さん、燕華さんと無言で見詰め合っていた。


「ふぅ、失礼しました小池さん。燕華の話を聞きました。早速この件、対処します」

 

 こちらを向いた燕佐さんがスマホに耳に当てた。


「……あ、代理です。申し訳ないですが今から言う場所に来れますか? はい……」

「あの、燕華ちゃんの話って何ですか?」

「あはは、驚かしてごめん、もみじちゃん。実は私達一族って心でも会話出来るんだ」

 

 腰に両手を当てた燕奈がにっかり笑った。

 

 そっか、心が読める者同士なら無言の会話も可能だもんね。

 

「たまに人と会うと口動かすの忘れたりしてね、だから意識して喋るようにしてるんだ。誰かさんと違って」

 

 燕奈さんがチラリと燕奈さんを見た。

 それにむすっとなった燕華さんがで燕奈さんを睨んだ。

 

「お? 何よ燕華、文句あるなら口に出して言ってみいよ、ほら」

 

 燕奈さんが茶目っ気たっぷりに舌を出して燕華さんを挑発する。


「お、お姉ちゃんの……ば、ばか!」

「ほらね、なまじ心を読めるスペックが高いとそれに頼って口が劣化するという例がこれ」


 みるみる顔を赤くさせた燕奈さんがが涙目になる。

 そんな彼女にちいゆが抱き着いた。


「何話してるのかと思ったけど、燕華ちゃん心読めるんだ。凄いよぅ!」

 

 抱き着かれた燕華が口を開けてぽかんとする。


「ね、ね、今何思ってるか当ててみてよう」


 ちいゆが燕華さんの肩を掴んだまま目を輝かせた。


「……え、えんかちゃん……す……すき」


 言った後、燕華さんの顔が更に真っ赤になった。


「大当たり~、凄いよぅ燕華ちゃん、エスパーだよぅ」

 

 両手を上げたちいゆがMPを吸い取るような踊りを披露する。


「すみません、小池さん。神社にこちらへお祓いに来るよう頼んだのですが、今日は無理で明日来るそうです。その様な訳で今夜は私の家にお泊りください」

 

 スマホを手に、燕佐さんが申し訳なさそうな顔をすした。

 

 おんぶで抱っこな感じで本当に悪いけど、ここはあぶない。一晩だけお世話になろうかな……。

 

 そう思った時、ちいゆがこう言い放った。


「いえ、せっかく用意してくれたこの家で泊まります」

「え!?……ち、ちいゆ、無理しちゃダメだよ。その、燕佐さんの所に泊まろうよ」

「無理なんかしてないよぅ、さっきのは気のせいかもしれないし、それに……」

「それに?」

「お姉ちゃんがいるもん!」

 

 そう言ってわたしに抱き着いた。

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