第6話 百合幽霊

「えー!? お姉ちゃん別のお布団で寝るの? 一緒に寝ようよ! 昔みたいにさあ」

 

 ちいゆから少々離れた位置に布団をしくわたしにちいゆが大声を出した。


「えー、だってさ、ホラその、ちいゆもおっきくなったじゃない? ね?」


 そう言いながら、こう思っていた。

 

 見渡す限り何も無いこの一軒屋。そんな中で同じ布団で寝たりしたら、わ、わたしの理性が抑えきれない! うん、絶対抑えきれないよー! 


「やだ、やだ、やだ、やだ、一人で寝るなんて絶対やだ!」


 ちいゆがわたしの背中にしがみついてきた。


 む、胸が……わたしの唯一の家族にして地球、いえ、銀河系、いえいえ、全並行世界以上に大事な最愛の妹の胸がわたしの背中に!

 だ、だめ……こんなの我慢しろって絶対むりー!! 

 ごめんねちいゆ、抑えきれないお姉ちゃんで本当にごめんね。

 

 振り向き様、思い切り切り抱きしめようと決意する。

 その時だった。


「ごめんなさい、お姉ちゃん、あたし……本当はお化け怖いの……ぐすっ」


 パジャマ越しに背中が熱く湿っていくのを感じた。

 

 泣いてる?


 あっという間に滾った思いは消え、妹を心配する姉の心が舞い戻って来た。


「な、泣くことないじゃない。もう、わかったわ、一緒に寝よ?」


 振り向いて涙を浮かべるちいゆの頭を優しく撫でた。

 それにいつもの笑顔――この世で最高の笑顔――が戻って来た。


「う、うん! えへへっ」

 

 ティッシュで涙を拭いてやり、先に布団に入るよう促す。


「じゃあ灯り消すからね」

「うん」


 室内灯のヒモを引っ張り、部屋の電灯を消した。

 だが部屋の中は真っ暗にならなかった。

 三つある窓から、ほのかな明かりが室内に入り込んでいたからだ。

 

 「ちいゆ、見て見て」

 「え? なになに?」


 ちいゆが布団の中から起き上った。


「わぁ……すごいよぅ!」

 

 三つの窓に広がる満天の星空と大きな月。

 その明かりに照らされた海が、黄色い光りを受けて揺らめいている。

 宇宙船で見知らぬ惑星に辿り着いたような光景だった。

 

「こんな景色、見たこと無いね……」

「うん、きれーい……」


 わたしとちいゆは暫し見とれた。


「こんな星空を毎日見れるなんて凄いよう。ここに来て良かったね、お姉ちゃん!」

 

 なんとわたしに肩を寄せてきた!

 再び“妹を心配する姉の心”が引っ込み“滾る妹への愛”が押し寄せてきた。

 抱きしめようとする手が無意識にちいゆに伸びてしまう。


「じゃあ明日から頑張って行こうね、お姉ちゃん! おやすみなさーい」

 

 すかっと手が空を切る。

 ちいゆが布団の上に横になりタオルケットを体に被せる。

 

 あ、あぶなかったー! 今ちいゆ抱きしめてたらわたし絶対一線超えてたトコだったー。

 

 いろんな意味で興奮した胸に手を当て、それが落ち着いたところで布団の上に身を置いた。

 

 開けた窓からは心地よい風、耳にはかすかな潮騒の音。

 

 あー、今日は船酔いで大変だったけど、気持ちよく寝れそう――


「んっ……」

 

 尿意で目を覚ました。

 

 横を向いて目覚まし時計を見る。

 午前二時十分だった。

 草木も眠る丑三つ時。

 

 こんな時間でも、窓から入る風は昼間の熱を残していた。

 タオルケットを剥ぎ、体を起こす。

 

 隣のちいゆはもの凄い寝相だった。

 ちいゆのお腹の上にタオルケットを被せ立ち上がる。

 

 階段の電気をつけ、ちいゆを起こさないようゆっくり下りる。

 そして一階に下りた所で真っ暗な廊下を見る。

 ふと昼間のちいゆの言葉が思い浮かんだ。


『変な影を見たよう』


 それ思い出しちゃダメなやつー! 今はダメダメ! ここ周囲に何もない一軒家なんだからー!

 

 素早く階段を降り、三歩先にあるトイレに入ったわたしはビクビクしながら用を足した。

 

 そしてトイレの戸を閉め、階段を上りつつ、ちらりと――見ちゃいけないとわかりつつ――後ろを見た。

 

 灯りが当たる先の真っ暗廊下、そこで何かが動いた気がした。

 目を凝らしてみる。

 よく見えないが、それはゆっくりとこちらに向かっている様に見えた。

 早く階段登れ! と本能が訴えている。

 でも回線がショートしたみたいに体が動かない。


 向かってくるそれは灯りの当たる階段手前で止まった。


「ぉ……オ……ねぇ……ぁ……」

 

 溜め息みたいな声がはっきり聞こえた。

 自分の体がガクガク震えているのに気付く。

 そして何かを求めるよう暗闇から、すぅーっと真っ白い手がこちらに伸びて――

 

 突如回線が復旧したよう猛然と階段を駆け上がった。

 

 いたんですけど!! ちいゆの言った通り、得体の知れない何がホントにいたー!! 多分お化け、いや絶対お化け!! やばいよやばいよー! 何て所に来てしまったのよー! 早くちいゆ連れてここから出なきゃー!!


 階段を上り切ったあたしの前に、うな垂れて座るちいゆの姿があった。

 

 あたしの階段の音で起きた? でも起きたのなら好都合、ちいゆは本当に寝起きが悪いから。

 

 ちいゆの肩を掴んで叫ぶ。

 

「ちいゆ、ここ出るからね! 早く立って!」

 

 そこで気付いた、目の前のちいゆの後ろに、布団から起き上がり目をこすっているちいゆがいる事に。

 

 え?

 

 うな垂れたちいゆがゆっくりと顔を上げた。

 その顔が変化する。

 髪が金髪に、瞳が青に。

 そしてちいゆとはまるで違う白人の少女になった。


「ぉ、おねえちゃ……ン、おねえチャ」

 

 真っ青な顔、何かを訴えかける青い目、泣きそうに歪んだ口、髪はウェーブのかかった長い金髪。

 ちいゆと同じ年頃の子に見えた。 

 そこで寝起きで目をこすっていたちいゆが大きな声を上げた。


「きゃあー! お姉ちゃん! な、何その人?!」


 わたしは女の子の肩から手を離すと、ちいゆの側へ駆け寄った。


「お、お姉ちゃん……あ、あれ、お化け?」


 ちいゆがしがみついてきた、その体は小さく震えている。

 

「おぉォォ……ねェェ……」

 

 女の子が足を引きずるように近づいてきた。

 

 ひぃっ! まじでお化け! しかも近づいてくるんですけどー! ああ、どうする? どうするの? こ、怖い、怖いけど――


 横目でちいゆを見る。

 心底怯えた目でぷるぷる前髪を揺らしていた。 

 

 ちいゆだけは守らなきゃ! 絶対に守らなきゃ!!


 片手でちいゆを背後に回らせた。

 そして目の前に迫る少女に両膝を着いた。


「お願いだから、妹には手を出さないで!」

 

 両手を着いて頭を下げる。

 

 静寂の中、自分の心臓の音だけが脳に響く。


「おねえちゃんニ、会いたいヨォ……」

 

 恐る恐る顔を上げた。

 金髪の少女がぺたんと座り込み、悲しげにこちらを見ている。


「お姉ちゃん、この子可哀そうなお化けみたいだよう」

「う、うん」

 

 ちいゆから再び女の子へ目をやる。

 まず気付いたのは階段の明かりを背にしているにもかかわらず、影がないことだった。

 

 生きている人間に見えるけど、やっぱり幽霊。でもこれが見えるって事はちいゆと同じ、わたしにも霊感があるんだ。


 妹との血のつながりを噛みしめる。


「え、えーっとその、お名前は?」

「お姉ちゃん! 人の名を聞くときはまず自分から名乗るもんだよぅ」

「ご、ごめん、そうだったよね……わたしは小池もみじ、そしてこっちが……」

「小池ちいゆです、よろしくね」


 ぴょこんと隣に来たちいゆが小さく頭を下げた。


「ワタシは、シルビア」

 

 見たままの外国人! それにしても――


「何でシルビアちゃんはこの島にいるの?」

 

 青い瞳がこちらに向けられた。


「お姉ちゃんに、会いたいカラ」

 

 ひゃあ、今気づいたけど、この子は英語とも違う外国語を喋ってるのに内容がわかっちゃう! 脳内に同時通訳機があるみたい! 


「お姉ちゃんはこの島にいるの?」

 

 ちいゆが心配げに尋ねた。


「私とお姉チャン、この島でナラ、ずっと二人でいられる話しを聞イテ、逃げ出してきタノ、でも、途中で船が沈んで私は死ンダ、そしてこの島に来タ、お姉ちゃんも、来てるハズ」

 

 百合島の話をどこかで聞き、二人で行こうとしたんだ。それなのに……可哀そうな子。


「わかった! あたし達もシルビアちゃんのお姉ちゃん捜し、手伝うよぅ!」

 

 ちいゆが鼻息荒く、自分の胸をぽよんと叩いた。

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