第4話 百合同士の恋愛を叶える島

「姉の名は百合フユ、妹の名は百合リク、当時の薩摩藩に同名の人物がおり、琉球に渡航したという記録も残されています。二人は無人島だったこの島で暮らし始めた。そして迎えの船がこないまま数十年が過ぎ、沢山の村人に見守られながら二人は息を引き取った、という話です」


 沢山の村人? 数十年の間にこの姉妹みたいに、どこからか流れ着いたのかな?

 

 思いながらグラスを手に取り、口を付けた。

 お母さんの実家で飲んだ事のある、よもぎ茶に似た素朴な味。

 それもキンキンに冷えている。

 いっきに飲み干してしまった。


「この島に代々住んでる者の半分はこの姉妹の子孫という話です」


 むせそうになったんだけど! って姉妹の子孫? 男なしでどうやって――はっ! まさかわたしがどうしても許せないフタナリだったとか!? いや、それ二次元の話だからー、こんなトコで二次元妄想出るなんて最悪ー! 


「おかしな話ですよね、女性同士でどう子を設けたのか。伝承では男性との行為……つまりアレをアソコに入れ、コホン! とはまったく違う形で設けたようです……よ」


 燕佐さんが握った手で口元を隠している、それは笑いを堪えてるように見えた。

 そこで燕奈さんが空になったグラスに飲み物を注いでくれた。

 この飲み物のおかげだろうか、船酔いの症状がいつの間にか消えているのに気付いた。


「現在の島民数は868人、全て女性です。おのおのが心身ともにわかりあったパートナーと暮らしています」

 

 グラスに口をつける燕佐さんを見ながら妙な昂りを覚えた。

 

 ガチですか!? だとしたらとんでもない島なんですけど! 島民全員が、ゆ、百合ー!? 


「ちいゆさん、可愛い妹様ですね。小池様が姉妹以上の感情を抱くのも無理ありませんね」

 

 ソファーから飛びあがりそうになる。


「そ、そういう風に見えますか? あ、あの子、昔からちょっと抜けてるトコがありまして。わ、わたしがついてないと危ないんですよ。だからそういう風に見え……」

「この島には神がいる……いえ、いると言われてます。女性同士の恋愛成就を叶える神で、姉妹の姿をしているそうです」


 はい? 今度は神様ですか――って、そんな冗談みたいな神様いたらSNSでバズっちゃうんですけど、っていうかわたしが真っ先行っちゃうんですけど。

 

「島の神はこの国の神々に、その旨を広めないよう通達してるのですよ。でなければこの島に殺到する女性は少なくない、そう思いますよね? 例えばもみじさん、あなたのように」


 今度は飛び上がりそうにはならなかった。

 かわりに身じろいでしまった。

 何故なら燕佐さんがこちらの心を読んでるように思えたから。


「小池さん、ちょっと面白いものを見せましょう」

 

 燕佐さんが影絵でやるよう右手をキツネの形にさせた。


「これは何に見えますか?」

「キツネ」


 次いで拳銃の形にした。


「ではこれは?」

「てっぽう」


 燕奈さんが盆を胸に抱え、くすくす笑っている。


「さて、このふたつの内どちらかひとつを頭の中に思い浮かべてください。どうぞ」


 意味が分からないままキツネを頭に思い浮かべた。


「キツネですね?」


 当たった……何これ?  

 

「おっと、当たりでしたか。ではもう一度やってみましょう、はいどうぞ」


 じゃあまたキツネ。


「またキツネですね」


 驚きと恐怖、半々な感覚。

 うなじが微かに震えている。


「いや、すみません。実はこれ、種も仕掛けもないんですよ」


 燕佐さんが申し訳なさそうな笑顔を浮かべた。


「え?」

「つまり、小池さんが思った通り、人の心が読めるんですよ。まあ二人の妹と比べれば微々たるものですが」

「姉貴がガラケーだとすれば燕華は5G対応スマホってとこだもんねー」

「燕奈、お客様の前では……いや、これは失礼。つまりですね、この島に代

々住んでいる一族にはこの様な能力が備わっているのですよ」


 ちょ、超能力持ってるの、この人達!? あ、だから面接の時に燕華さんが居たのか。

 つまり面接中ずっと心の中を見透かされてた――ってことはつまり、妹以外恋愛対象にならないんですか? っていうあの質問の答えも見透かされてたー!?


 恥ずかしさのあまり下を向いてしまう。

 

 うう、百合属性でシスコンなのがばれたーっ! 墓の中まで持っていくつもりだったのに……。  

 

「あはは、恥ずかしがらない! ここじゃ百合が普通なんだからさっ、それにしても墓の中まで持っていくとは古風だね、もみじちゃん!」


 あうう、燕奈さんに心読まれたー!


「漫画のふきだしみたいに心が見えるっていう燕華程じゃないけどね、イエスかノー程度しか読めない姉貴よりは全然見えるよ、ってヤバっ! 島長代理だったね」

「……という訳です。あの面接、住居付き店舗狙いがほとんどだった中、小池さんの妹様を愛する心、彼女の為に何とかしたいという気持ち、この島の住民たる資格十分でした」

 

 そこへ廊下を走る足音が近づいて来た。

 扉が開かれ、ちいゆと燕華さんが飛び込んでくる。


「お姉ちゃん! 燕華ちゃんとメイドカフェ行って来たよ、カフェラテにイラスト描いて貰ったよ! パフェもねー、すっごく美味しくてー」

「わかったから、それで燕華さんにお礼言った? ……うん、それならいいの」

 

 騒ぎ立てるちいゆを落ち着かせたわたしは燕華さんに礼を言った。


「い、いえ……どう……いたしまして」

 

 消え入りそうな声で燕華さんが俯いた。

 

 それにしても、いつもたどたどしい喋り方するなー、この子。


「あと、お友達になったんだよね、燕華ちゃん!」


 満面の笑みのちいゆと、照れ笑い気味の燕華さんが顔をあわせる。

 そこへ燕佐さんがこちらの耳元に口を近づけてきた。


「妹様はあなたの事がこの世で一番好きな様です。燕華の話ですから間違いありません」


 思わず体がピクッとなる。

 もしやの相思相愛! お姉ちゃん嬉しい! 生まれて良かったー!


「ただ、それはまだ姉妹愛の範囲内ですね。今後の生活しだいで変わるよう努力してください」

 

 はぁ……ま、そうだよね。でもわたしの妹なら百合属性持ってるはず、だってわたしと同じ血が流れてるもん。 

 

 そう自分に言い聞かせ、静かに手の平を握りしめるのだった。


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