第3話 百合島ヒストリー

 

 背中と両手の荷物にふらふらしつつ、わたしとちいゆは船から降りた。


「ひゃー、何だかまだ揺れてるみたいだねー」


 言いつつショートヘアを左右に揺らすちいゆに対し、わたしは“もう船はこりごり! 絶対船はこりごり!”と心の中で唱えていた。

 

「小池さーん」

 

 顔を上げると、船着き場の向こうからアロハ姿の燕佐さんと白いワンピース姿の燕華さんがこちらに歩いてくるのが見えた。

 

「ずいぶんとキツイ船旅のようでしたね」


 そんな燕佐さんにわたしはトホホといった顔で返した。


「こちらが妹様ですね、ようこそ百合島へ」

 

 燕佐さんが爽やかな笑みでちいゆに挨拶する。

 

「時間かかったけど、それを忘れさせる素敵なところですね。小池ちいゆといいます」


 笑顔を浮かべ、両手を前に組んだちいゆがぺこりとお辞儀する。

 

「さて、ここから先の話しは町役場でしましょう」


 その言葉を待っていたように、燕佐さんの背後に見えていた車が動き出した。

 

 あれ? テレビでCMやってる車じゃない? かなり高そうな外車。


 天日干しの魚が並ぶ板との落差が凄い。

 黒塗りのSUVな車がわたし達の横で停まった。

 後部座席に乗り込むと、車は静かに発車した。

 運転席に目をやるとショートポニーテールの女性が運転していた。


「ああ、紹介します。妹の燕那(えんな)です、燕華の姉ですね」


 燕佐さんの紹介を受けた運転席の燕那さんがこちらに首を曲げた。


「よろしく、この島とーってもいいトコだからあっという間に気にいるよ、私が保証する! あははは」

 

 茶目っ気たっぷりの笑顔でそう言った。

 涼やかな目は二人と同じだが、デキる女っぽい燕佐さんや妙に落ち着いた燕華さんと違い、笑顔全開、カラカラとした笑い声、何か豪快な人っぽい。

 

「もみじちゃん、連絡船の人、島のコト変に言ってなかった?」

「え? ……そ、そういえば、生まれてこの方この島に上がったこと無い、っていってましたね」

「へへ~ん、その意味教えたげよか?」

「燕那! ちゃんと前見なさい!!」

 

 燕佐さんの鋭い声にわたしも正面を見る。


 カモメが背中を向けた状態で道路の真ん中に居た。


「右!」


 燕華さんが鼻にかかった可愛らしい声を上げる。

 間髪入れず燕那さんが右にハンドルを切る、際どいタイミングでかわすと同時にカモメは慌てて飛び去った。


「サンキュ、さすが燕華!」

「まったく、前を見て運転してください。客人を乗せているのですから」

 

 燕佐さんが小さく溜め息をついた。


「へーい、了解しやした」


 でも当の燕奈さんは全然反省してないようだった。 

 

 チラリと横目で燕華さんを見る。

 この子、カモメが左に飛ぶのを最初からわかってたみたい。だってハンドルを右に切るよう言った後も、あのカモメは背中を向けたままだった。


「……百合島ってーのはね、文字通り女性以外立ち入り禁止の島だからなんだよ? なーんのひねりもないよねー!? あはははっ」

「へぇ? じゃあ、お爺ちゃんにお父さん、お兄ちゃんや弟もいないの?」

 

 ちいゆの発言の後、沈黙が訪れる。

 

「あはははー! ちいゆちゃんって面白いねー。その答えは後々にねー!! あっはっは」

「おしゃべりより運転に力を入れなさい」

 

 大笑いする燕奈さんに燕佐さんが釘をさした。

 

 それから数分後、こじんまりとした商店街が見えてきた。

 錆だらけの古い看板が貼ってあるタバコ屋、塗装の剥げた丸型ポスト、天日干しの魚がずらりと並ぶ魚屋。

 予想を裏切らない辺鄙な離島風景。

 うーん、ある程度覚悟してたけど、やっぱりコンビニなんかは無いんだ……え、何これ?

 スターベックスコーヒー百合島店!?

 メイドカフェまである! しかも完全秋葉仕様な店構え。


「お姉ちゃん! コンビニにカラオケ店あるよぅ!」

 

 ちいゆが鼻息荒く声を上げる。


 どうなってるの、この島? 違和感あり過ぎな店が混じってるんですけど……。


「ははは、面白いでしょう? これにはちょっとした訳があるんです。おっと着きましたよ」

 

 ツタが壁に這う古臭い建物の前に車が停まった。

 

「町役場です。築五十年以上の建物ですがまだ雨漏りひとつした事はありません。どうぞ崩れる心配などなさらずお入りください」

 

 塗装が所々剥げた鉄の扉を開いた燕佐さんに促され、中に入る。

 

 うーん、そこはかとなく漂うこの臭い。

 古臭い建物にありがちな、埃っぽい、カビっぽい臭い。

 そして薄暗い廊下、外の汗ばむ空気と遮断されてるのか、ちょっと涼しく感じる。

 

 会議室、給湯室といった札が下がった扉の前を通り過ぎる。

 どうやら職員専用通路らしい。


「ち、ちいゆさん、外の……お店なんかを、あ、案内します」


 燕華さんがたどたどしい口調でちいゆの手を取る。


「ああ、それがいいですね。私達はお姉さんにご説明がありますから」

「じゃあ燕華さんと外へ行くってくるよぅ、お姉ちゃん」 

「うん、燕華さんからはぐれないようにね」

「ぶー! わかってるよぅ、じゃあ行ってきまーす」

 

 二人は入ってきた扉から出て行った。


「どうぞこちらへ」


 島長室、と書かれた札が下がった部屋へ入る。

 そして勧められるままソファーへ腰を下ろした。


 十畳程の広さ、角部屋で、二つの窓から澄んだ青い空が見える。

 部屋の上に目を移すと壁にぐるりと並ぶ女性の写真。

 白黒でかなり古びたものもある。

 ふとこれらの写真に共通する部分を見つけた。

 目付きが全員似ているという所だ。

 いや、似ているなんてものではない、まったく同じだ。

 

「私の一族が代々島長を任されて、現在私がそれを務めております」

 

 目の前に座った燕佐さんが、写真の人物達とまったく同じ目付きで微笑む。

 

「お若いのにスゴイですね」

 

 それに爽やかな笑い声を上げる。


「前島長、私の母なんですけどね、母は放蕩者でして、相方と一緒にふらふら旅行に出かけてばかりなんです。要は押し付けられた形ですね」

「今朝も連絡あったよ。別府温泉に泊まってるんだって。島の仕事手伝ってよ! って言ったら『燕佐にやらせなさい』だって」

「とまあ、こんな感じです」

 

 お手上げ、といったポーズを燕佐さんが取る。

 わたしは燕奈さんと一緒に笑い声を上げた。

 

「おっと、こんな話をお聞き頂く為ここへおいでになった訳ではございませんでしたね。この島のご説明をいたします」


 燕奈さんが薄緑の液体が入ったグラスをテーブルに置いた。


「この島の歴史が始まったのはざっと五百年以上前――代々語り継がれてきた話を参考にすれば、ですがね。話しの内容はこうです。琉球王朝に向かう船が難破し、この島に二人の姉妹が流れ着いたのです」

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