第15話 PvP(Player Versus Player)①
「ここかよ」
ざっ、と。男が蔦を払うと、隠れていた石の扉が姿を現す。扉に刻まれた邪神の聖印に、後ろに連れたならず者たちがざわめく。
獣皮のマントの他は皮鎧すら着ていない軽装。肩に担いだ戦鎚には魔力の光が宿っていて、それだけでは足りないのか腰の後ろには二丁の手斧が吊るされている。赤く染めた髪をたてがみのように逆立てた、獣のような相貌のその男は、名を猪原大悟と言った。
10年前この世界にやってきた彼は、この世界の理をすぐに理解した。生前よくプレイしていたゲーム『ダンジョン・マスター』とよく似たこの世界で、彼は強者として振る舞おうとして。
そして挫折した。
選んだ神は戦の神グリム。グリムの信徒が最初に選択可能な
最も信用できる自身を最も強い駒としておけば、たとえ自分一人でもこの世界を生き延びることができる。そう信じての選択だったが、それは同時に常に自身が戦う必要があるという意味でもあった。
結果は惨憺たるものだった。死の危険を感じると、身体が動かなくなる。現代社会で育った彼の、それが限界だった。そして護衛を亡くし、自身も死亡と復活を経験して、彼は弱者として生きると決めた。
それから10年。ひたすらに小銭稼ぎに勤しみ、戦う時はなるべく部下に戦わせ、自身は確実に死ぬことのない相手だけを選んで戦い、リソースの殆どはダンジョンの拡張につぎ込んだ。ダンジョンは今や五層構造にもなり、自身のLvも5だ。
機は熟した。聖印は4欠片。ここを攻略すればまた一つ死の危険から遠ざかることができる。相手がこちらに1ラウンド目の攻撃側を譲ったのは意外だったが、それだけだ。情報戦は制していて、負ける要素がない。猪原大悟は大きく息を吐いて、ダンジョンへと踏み込んだ。
暗闇。ダンジョンに踏み入ってまず感じたのはそれだった。
ダンジョンが暗いのは当たり前だ。だからこそ、男は副官にかけさせた〈
(無酸素空間の罠……じゃねえな。あれは高いし、それなら魔法の明かりは消えねえ。となると……)
「〈
考えられるのはLv2呪文〈
「うわっ」
「っと」
何かに蹴躓いたのか、数人が転びかけながらも、部下たちも続いて魔法の範囲外に逃れる。松明の光が再び灯り、空間を照らす。石造りの部屋の中に〈
直後、誰も居ないはずのその闇の中から、剣を打ち合わせるような音が響き渡る。
「い、今のは」
「慌てんな。よく聞けば単調だろ? ありゃただの幻術だ。大方、〈
「なるほど……。ダイゴさん、そこまで読み切るなんて流石です」
横に控える、クリスという名の若い
「げほっ、な、なんですかいきなり」
「うるせえ。お前がこういうの考えるんだよ。それより、〈
「あ! アニキ、あれ!」
部下が声を上げる。石造りの床を次の部屋へと走り去っていくのは黒いローブを着た
「ちっ、待て! 追うな!」
「え? な、なんで、アレ取れば……が、ぁぁあ?」
最後まで言い切れない。扉の影から閃いた長剣が熟達の技でその男の首を刎ねていた。男の持っていた松明が床に落ち、首のない二つの影を壁に投射する。長剣の主が暗闇の中へと身を翻すと、凍りついていた場を恐慌が包んだ。
「遅かったか……」
「でゅ、デュラハンだ!」
「お、俺たちの首も刎ねるつもりだ……」
「落ち着けェ!」
びくりと、元より統率の取れている直属の部下たちを除く、残りの14人のならず者たちが静まる。
「お前ら、こっちに寄れ。クリス、魔法を」
「はい。〈
「おお……」
クリスを中心に広がる力の波動に、部下たちが落ち着きを取り戻す。心を満たすのは戦の高揚感。周囲の戦士を祝福し、心を戦意で満たすLv2呪文だ。
「いいか。厄介なのは魔術師とあのデュラハンくらいだ。あとはお前らよりも遥かに弱い雑魚しかいない。俺が最初に部屋に入って押し込むから、お前らも続いてクリスを中心に陣形を組むんだ」
「は、はい」
「びびんな。俺に勝てる奴はこのダンジョンにはいねえし、こっちにゃ切り札もある。とにかくクリスを守れ。忘れんな、ダンジョンの宝はてめえらのもんだ。返事は?」
「おう!」
魔法の力と金の魅力に士気を取り戻した部下たちに、獰猛な笑みを見せる。部下の殆どは損耗を避けるために金で釣ったならず者たちだが、戦わせようはある。三人の直属の部下たちは場馴れしたLv2の戦士だ。なにより、自身と
「行くぞ!」
戦槌を突き上げれば、歓声が上がる。敵もある程度はやるらしい。だが、戦力が違うのだ。
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