第14話 作戦会議


 ダンジョン攻防戦のルールは至ってシンプルだ。30分を1ラウンドとして、攻撃側は敵ダンジョンを攻撃し、防御側はそれを守り抜く。ラウンド終了時に攻撃側と防御側を入れ替えて、2ラウンド経過で終了する。攻撃側の時に相手のダンジョンマスターのHPを0にした状態でダンジョンコアに自軍のマスターが直接触れれば勝利だ。


 ラウンド開始後は双方のダンジョンは封鎖されるため、攻撃側は人員補充できず、脱出も基本不可能。防衛側はもちろん設備を利用してモンスターの生産も行えるため、性質上攻撃側が圧倒的に不利だ。ただし、先に攻撃側を取った方が1ラウンド目で攻略してしまえばそれが一番良い。


 そのため、攻防戦は仕掛けられた側が1ラウンド目の役割を選べる。攻防戦を仕掛けて1ラウンドであっさりと負ける、なんてことは普通に有り得る話だ。だが、Lv差が2ある相手にどうやって勝てばいいのか。


 Lv2の差は、魔法タイプのキャラクターならば使える呪文の最大レベルの差という形で現れる。僕がLv2の〈突風ガスト〉で敵を転ばせる間に、Lv5キャラクターは魔術師ウィザードの主砲とも言われるLv3呪文〈火球ファイアー・ボール〉で敵を焼き払えるわけだ。


「なんじゃ。結局そやつは敵じゃったか」

「イリス」


 いつの間にかいたのはイリスだ。聖印の事など聞きたいことがいくつもあったが、まずは現状を乗り切る必要がある。


「相変わらず不敬じゃの」

「余裕が無いんだ。シオリさんは敵じゃない」


 うなだれていたシオリが顔を上げ、イリスとアリアが眉をひそめる。


「もう一度騙されるつもりかの?」

「カケル様、いくらお優しいとはいえ……」

「そうじゃない。真っ当に戦って勝てる相手じゃないなら、なんでも利用するしかない。シオリさんが協力してくれれば、それは相手が知らない最高の手札になる」

「そやつが協力するか?」


 イリスの鋭い視線にシオリが目を伏せる。


「するさ。なんせ、僕が勝てば彼女はダンジョンを取り戻すことができる」

「お主、勝てるつもりでいるのか?」

「わからないけど、負けるつもりでやってもしょうがない」

「な、なんで」


 その細く震える声はシオリのものだった。ぽつりと、床を何かが叩く音がする。


「なんで、そこまでしてくれるんですか……」

「同じプレイヤーだから、でどうですか?」

「……死んじゃうかもしれないんですよ」

「そしたら、降参しますよ」

「……もう!」


 ぐしぐしと顔をこすって、彼女が立ち上がる。


「……作戦を聞かせてください」


 その顔はやっぱり頼もしくて、僕はつい笑ってしまうのだった。




「まずは、手札を確認しよう」


 僕の習得しているLv呪文は10種類ある。そこから呪文準備と言って、その日使う呪文を選んでセットする。僕の場合は一日に6種類の呪文が使える。


 Lv1呪文が〈魔法の矢マジック・アロー〉、〈眠りの雲スリープ・クラウド〉、〈魔法の盾マジック・シールド〉、〈魔法探知ディテクト・マジック〉、〈恐怖フィアー〉、〈変装ディスガイズ〉、〈負傷付与コーズ・ウーンズ〉の7種類、日に4回。


 Lv2呪文は〈暗闇ダークネス〉、〈突風ガスト〉、〈透明化インヴィジビリティ〉の3種類、日に2回。


 これに加えて、小魔法キャントリップ、いわゆるLv0呪文が〈揺れ動く光ダンシング・ライツ〉、〈死者の手デス・ハンド〉、〈伝言メッセージ〉、〈初級幻影マイナー・イリュージョン〉の4種類ある。こちらは準備要らずで回数も無制限だが、効果も低い。


 アリアはごく一般的な前衛。デュラハンはLv5になると乗騎を手に入れるが、今は全身鎧フルプレートメイルによる高い防御力アーマークラスと、相手の各種耐性を下げる専用スキルの〈死の宣告デュラハン・コール〉だけが売りだ。


 ダンジョンは9部屋あり、いずれも墓場。いわゆる墓単だ。それぞれの部屋にスケルトンかゾンビが2体、攻防戦の開始までにはもう2体ずつ程度は生産されるとして36体の下級アンデッド。


 それに相手に人形生物がいれば墓場のもう一つの特殊能力も戦闘では活きるだろう。


「とはいえ……」


 僕自身の呪文構成やアリアの種族は既にバレている。ダンジョンも相手にクレリックがいるのならそこまで機能はしまい。ここから改修するのは恐らく予算が足りず、Lv2呪文を使う防衛設備を一つ置ける程度だろう。後は扉を隠し扉にする程度の細やかな抵抗しかない。


「あ、そういえばアレがあった」

「アレ?」

「お土産、かな」

「あっ」


 ティリたちから巻き上げた巻物。その中身は確認していない。シオリも報告するのを忘れていたようで、僕が取り出すと声を上げる。


 巻物の呪文の等級はLv3。しかもお誂え向けに僕の得意分野の死霊術のようだ。強力な呪文ならばもしかしたら光明が見えるかもしれない。なんとなく皆ワクワクしながらそれを開き……。


「なんじゃこれ……」

「ああ……」

「うーん……」


 口々に呻く。有名なハズレ呪文だ。なぜ〈火球ファイアー・ボール〉とこれが同じ等級なのか、理解ができないとまで言われたそれ。だが、僕にはそれを見て何か思いつくものがあった。手元にダンジョンの見取り図を呼び出す。何かが頭のなかで組み上がっていく。


「……イリス」

「なんじゃ。お主こんなものをお土産などと」

「部屋の配置変えと合体は費用いらないよな?」

「? ああ、そうじゃが……」

「こんなのどうかな?」


 見取り図上で部屋をくっつけたり、配置を変えたり、回転させたりする。そうして出来上がったのは普通ならダンジョンとは言わない何か。


「……わあ」

「……カケル様、これは」

「……お主、正気か?」


 三者三様の反応は、しかしある意味当然で。


「ああ、これが僕のダンジョンだ」


 だからこそ、それは唯一の勝機足りうるのだった。


「……作戦を、説明するね」

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