第13話 聖印
「……ちょっと、墓場だらけですが」
結局、シオリの真意はわからず終いのまま、僕たちは彼女を連れてダンジョンまで戻ってきていた。戻ってくるまで我慢できなかったのか、ダンジョンは墓場だらけになっている。ダンジョンマスターでもないイリスにダンジョンの編集ができるのは、やはりゲームが現実になったからだろうか。
「あれは襲ってくるんですか?」
シオリが言うのは既に墓場の効果で何体か生産されているアンデッドたちのことだろう。所在なさげに佇んでいたスケルトンが一体、こちらに気付いたようにふらふらと近寄ってくる。
「いや、ダンジョンマスター権限でモンスターの攻撃性をオフにできるは、ず……あれ?」
違和感。ダンジョンコアを持った時に感じた、ダンジョンと繋がっているようなあの感覚がない。不思議そうにこちらを見ているシオリの後ろから、間合いに入ったスケルトンが錆びた斧を振り上げ。
「っ、危ない!」
「きゃっ」
「なっ!?」
間一髪。シオリを引き寄せ、スケルトンの攻撃から避けさせる。なぜ命令が効かないのか。いや、それとも襲わせているのか。なんにせよ、こんなことができるのは一人だろう。
「イリス! 彼女は敵じゃない!」
もう一度振り上げられた斧に、混乱しているシオリを庇いながら叫ぶ。どういう意図かは知らないが、ここがイリスの神域である以上、状況は把握しているはずだ。それでも振り下ろされる斧にぎゅっと目をつむり。
「……あれ?」
いつまでも来ない衝撃に、恐る恐る目を開く。
「まったく、誰ぞ連れてくるなら先に言え」
斧は振り下ろされる直前で止まっていた。とっさに間に割り込んでいたアリアの鎧の上をつつーと滑らせるように斧が降ろされる。何事もなかったかのように部屋の隅に戻っていくスケルトンを見送り、声の主を見る。
「イリス」
「様じゃ」
「……ダンジョンの指揮権を返してほしい」
彼女の猫のような銀の瞳とじっと見つめ合い、やがて彼女のほうがつまらなさそうにふい、と目を逸らす。
「……好きにせい」
そのままイリスは墓場の陰に溶け込むように消えて行き、僕はシオリを引き起こす。彼女は呆気にとられて立ち上がるのも忘れていたようだった。
「……カケル様」
「大丈夫。シオリさん、本当にごめんなさい」
「今のが……」
「はい?」
「あ、いえ、今のがカケルさんの……?」
彼女の言わんとする所を理解して、頷く。
「あ、はい。僕の信仰する神格のイリスです。さっきのは彼女がダンジョンの指揮権を奪っていたみたいで」
「え?」
シオリが大きく目を見開く。
「……やっぱり、シオリさんの方の神様はそんなことなかったですか?」
「そう、ですね。というより、ああやって直接姿を見るのはこちらに来たときだけで」
「うちの神様はろくに説明もせずに放り出したかと思ったら、ダンジョンに来てからはずっといて、よくわかりませんよ」
「意外と、優しいんじゃないですか?」
「でしゃばりなだけかも」
ふふ、と笑いが溢れ、張り詰めていた空気が弛緩する。なんだか元気がなかった彼女だが、少しずつ調子を取り戻してきたようだ。
「でも、説明されてないって言っても、
だからこそ、彼女にとってそれはただの雑談のつもりだったのだろう。
「シンボル?」
「あれ? あの、全員が一角は持っているって私」
「何の、話ですか?」
時が止まる。彼女が何か信じられないことを聞いたような顔をし、僕の腕を取って袖を捲くる。
「え、ちょ、ちょっと」
「ない……」
「何もない、ですけど……」
そこには、当たり前のように何もない。だが、シオリにとってはそれこそが異常であるようだ。
「な、んで、何で聖印がないんですか!?」
彼女らしくない大声に、ビクリと体が震え、ハッとしたように彼女自身が口を抑える。
「あ、いえ、すいません」
「いや、それより、そのシンボルとは……?」
少し躊躇した後、シオリが自分も袖を捲くって右腕を露わにする。思わず目を背けそうになるが、そこにあったモノに、視線を外せなくなる。
「それは……」
「これが、
それは知の神を表す印だ。7つに刻まれた青色のそれが、シオリの腕に刻まれていた。それをなぞりながら、彼女は話し始める。
「聖印は、神の奇蹟の目印、らしいです」
彼女が言うには、
「復活!?」
「はい。私たちプレイヤーがこの世界で死んだ時、この聖印を一角捧げて願うことで、例えアンデッドとなっていても仕える神格が復活させてくれるそうです」
死者の復活は高位の魔法だ。それもアンデッドの状態からでも蘇らせるとなると、最高位の奇跡、Lv9信仰魔法〈
「私はこの世界に来た時にこれを一角授かりました。これは神様がこちらで振るえる力の総量と連動しているみたいで、神域であるダンジョンを広げればその分増えると、そう言われました。七角集めれば、元の世界に帰れる、とも」
「信仰を集めろって、そういうことか……」
イリスの言葉を思い出して呻く。いくらなんでも、説明不足すぎるだろう。というより、そんな大事なものを渡し忘れられては流石に困る。
「でも、シオリさんは七角集まったんですね。全部が青色に染まっていて……」
「いえ、私は一角も持っていません」
「は?」
シオリが沈痛な顔で袖を戻して聖印を隠す。
「これは素の状態です。一角持っていた時は7つに刻まれた聖印の一部が淡く光っていました」
「え、じゃあ、まさか、一度死んで復活を……?」
「いえ、奪われました」
奪われた。その言葉の意味が頭に染み込むにつれて、不吉な予感が背中を這い上がってくる。
「何に……いや、誰に、ですか」
「お察しの通り、他のプレイヤーにです。ダンジョンを奪われ、それに伴って聖印も……」
「……畜生」
ダンジョンを広げれば、聖印は増えるという。ではそのためにはどうすればいい?
『ダンジョン・マスター』をやりこんだ経験が、知りたくない答えを否が応でも導き出す。
ダンジョンを広げる最もてっとり早い方法は、他者のダンジョンを奪うことだ。通常のダンジョン攻撃とは違い、『攻防戦』というシステムによって互いのダンジョンをかけた争いに勝利することで、他者のダンジョンコアを吸収してまるごと自分のダンジョンとできる。
「……僕のダンジョンに来たのは、そういうことですか」
「すいません! でも、私にはどうしようもなかったんです! お願いします、戦わないでください! 復活もできないのに、絶対に勝てません!」
悲鳴のようなシオリの懺悔。今思えば、様子がおかしかったのは使い魔に意識を飛ばして報告していたからだろう。知の神の初期モンスターは遠隔操縦可能な調査用の小型ゴーレム。ティリたちを追うのに使っていなかったのは、既に他の場所に派遣していたからか。電話のような使い方ができるのは、システムメッセージも使えないこの世界では大きなアドバンテージだろう。
彼女はプレイヤーと組んでいた。僕のダンジョンに来たのは、その位置を特定するためだ。脅されて、かも知れないが、どちらにせよ起きることは変わらない。これから攻めてくるのは、存在を危惧していた好戦的なプレイヤーだ。
「……相手は?」
「……猪原 大悟というLv5のプレイヤーです。信仰する神は戦の神。Lv3クレリックをいつも連れています」
Lv2差。それはゲームのステージがそもそも違うと言われる差だ。恐らく、シオリに教えた手札も全て割れていて、アンデッド対策もできているらしい。
絶望的な戦いの始まりだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます