第12話 予兆


「なんだったんだ一体……」


 あの後、武器を放り捨てたならず者たちは、最初の態度が嘘のようにへりくだってきた。それは敬意ではなく、怯えによるものだ。


 彼らの態度が急変したのはアリアがアンデッドであるとわかったからだろう。結果として、盗られたお金は返ってきたし、お詫びとして彼らが買った呪文の巻物スクロール等も差し出されたので丸儲けではある。だが、どうにも釈然としない。


「デュラハンと魔術師ウィザードって組み合わせでしょうね」


 当然のような調子で言うのはアリアだ。


「つまり?」

「えっと、アンデッド自体はきちんと弔わないと普通に発生するものなんですよ。でもそれは大概思考能力もない低級なゾンビとかで……」

「アリアみたいなのは珍しいのか」

「私はこうなるまではデュラハンなんてお伽話だと思ってましたよ。まあつまり思考能力のあるアンデッドってそれだけ珍しいんですよね」


 私自身のことなので忘れがちですけど、と兜の凹みを気にしながら。度々出てくる生前を意識させるような言葉に少し目を細めつつも、続きを促す。


「それで、そういう高等なアンデッドは高位の死霊術師ネクロマンサーの産んだものが殆どなので、私と一緒にいたカケル様たちがそうだと思われたのでしょう」

「アリアは僕が作ったわけじゃないし、僕はまだゾンビも自力じゃ作れないけどなあ」

「……そうですね」


 つまり、ティリたちは僕がお伽話に出てくるような大死霊術師と勘違いして、下手に出たと、そういうことなのだろう。本当にそうだったらどれだけ楽だったか。


 死霊術師というのは低レベルのうちは亜種である魔術師ウィザードとほぼ変わらない。Lv5になってLv3呪文〈低位アンデッド創造クリエイト・マイナー・アンデッド〉を習得してようやく少しは死霊術師なる。とはいえLv5などはるか格上を倒しでもしなければ遠い話だ。


 今の僕に使えるのは先程の〈突風ガスト〉のようなLv2呪文を2回と、街に入った時に使った〈変装ディスガイズ〉のようなLv1呪文を4回だけ。一日に6回のLv呪文が僕の全てと言っていい。それを使い切ったら、無限回スキルである手品じみた小魔術キャントリップしか残らない。大死霊術師とは程遠いそれが現実だ。


 そういう意味では、もし誰かと敵対した時に、乏しいリソースを温存できるならそれに越したことはない。ハッタリだけで全て乗り切れるとも思えないが、しかしそうしたこの世界の人々特有の感覚などについてはもう少し調べる価値がありそうだ。


「となると……」


 当初の予定通り図書館だろうか。しかし、あたりはもう暗くなる。今からあれこれ動くのはまた要らぬトラブルを招きそうだ。もう今日は呪文の使用回数も心許ない。市門が閉まる前に、一度ダンジョンに引き返すのが得策かもしれない。


「シオリさん、僕たちは一度引き返そうかと思うんですが」

「……」

「シオリさ……ん?」


 返事がないのを怪訝に思って横を見ると、彼女は目を閉じ、微動だにしていない。そういえば、先程からずっと静かだったと、今更ながら気付く。突然ゲームのコントローラーが切れたような異様な雰囲気は、しかし何か頭の端に引っかかるものがある。


「カケル様? 一体これは……」

「いや……」

「……あ、はい、すいません、何でしょうか」


 と、また唐突にシオリが目を開き、何もなかったかのように受け答える。


「あ、いや、大丈夫、ですか?」

「……すいません。緊張した反動でしょうか。ちょっとぼうっとしてました」


 明らかにそれどころではなかったがそう言われると追及のしようがない。だが、この違和感はなんだろうか。注意深く見ると、なんだか表情が硬い気もする。


「あの……今日はありがとうございました。僕たちは今日はもう遅いですし一度ダンジョンに戻ろうかと」

「あの」


 言葉が途中で切られ、止まる。何か言いかけて、しかしそれを言うべきか迷っているようだ。先程の一瞬に何かあったのだろうけれど、それが何なのかがわからない。ただ、言葉が紡がれるのを待つ。


「私を、カケルさんのダンジョンに泊めてもらっても、いいでしょうか」


「……え?」

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