第11話 チュートリアル


「行き止まりだ……」


 店主に教えられた道の先は袋小路だった。細い路地の奥の壁を触ってシオリが呟く。


 と、僕の目の前でスルスルと人影が民家の壁を伝って降りてくる。シオリが人の気配に振り返った時には、既に彼女は囲まれていた。男二人に女一人、いずれもまともな人間ではなさそうだ。


「嬢ちゃんかい? あたしらのこと探してたのは」

「あなた方は……」

「名前だって聞いてるんだろうに白々しい。あんたが探してたティリってのはあたしのことだよ」


 ティリと名乗った真ん中の女性がリーダー格だろうか。他の二人の男たちはその部下か。こちらからは何か持っているようには見えないが、カチリと鳴った音からして、おそらくハンドクロスボウか何かを構えている。


「そうですか。私は……」

「おっと、言わなくてもわかる。真銀貨の件だろ?」


 ティリがシオリの足元に布袋を放り投げる。中身は空だ。


「こんなもんに真銀貨詰めて持ち歩くやつがまともなわけない。大方、あの坊っちゃんは豪商の息子かなんかで、あんたはその親に雇われた探偵ってとこだろ」

「……」

「そのだんまりは正解だね? ま、あたしらは人殺しじゃなくてただの物盗りだ。使いっ走りの命まで取る気はない。金目の物その袋に詰めて、さっさと帰んな」

「……随分とお優しいんですね」


 シオリの皮肉を、しかしティリは肩をすくめてかわす。


「勉強代と思いなよ。あんたも、坊っちゃんもね。だいたいあんな立派な全身鎧フルプレート着せたお供がいるくせして、自分は出てこないなんて、どんな腰抜けさ」


 がさりと物音がして、ティリが胡乱げに振り返る。だが何も見つけられなかったようで、彼女は再びシオリに向き直って話し始める。


「……ま、悔しけりゃ女の子寄越すんじゃなくて自分で取り返しに来なってことさね」

「本当にそのとおりだね」


 予期せぬ方向からの声に、ばっとならず者三人が振り返る。だが、遅い。


「〈突風ガスト〉」

「〈妖精の歩みフェアリーステップ〉」

「ぐぅっ!?」

「おわあっ!?」

「なあっ!?」


 自身にかけていたLv2呪文、〈透明化インヴィジビリティ〉が解除され、代わりに突き出した手から突風が吹き出してならず者たちを転ばせる。踏ん張りの効かなくなった彼らはそのまま強風でゴロゴロと転がされ、いつの間にか僕の横に立っているシオリの代わりに、今度は自分たちが袋小路に追い詰められる。形勢逆転だ。


「こんにちは。言われたとおり自分で取り返しに来たよ」

「ちいっ」


 苦し紛れに放たれたハンドクロスボウのボルトも、Lv2呪文〈突風〉による強風に弾かれ、届かない。再装填の様子がないのを見て、話しやすいように呪文を解くと、悔しげにティリが吼える。


「てめえ! 魔術師ウィザードだったか!」

「そういうこと。本当はもっと粘ってもらって、他に隠れてないか探すつもりだったんだけど、一人怒っちゃって」

「何を……」


 シオリが呪文を使ったことにより、彼女にかけられていた〈透明化インヴィジビリティ〉の呪文が解けたアリアが、ずんずんと足音を立てる勢いで座り込んだままの三人に近づいていく。そのまま彼女は剣を抜き放ち、振りかぶって。


「ひっ」

「あっ」


 がすっ、と。凄まじい音を立ててアリアの剣がティリの頭上の壁に食い込む。彼女の背が僕くらい低くなければ、首と頭が泣き別れになっていただろう。


「二度と。カケル様を。侮辱するな」

「は、はい……」


 一節一節、言い聞かせるように顔を近づけ、凄む。完全に威圧されたティリの返事にふん、と鼻を鳴らし、剣を壁から抜いて、抜いた剣を三人に突きつけたままこちらを振り返り。


「カケル様。終わりましたよ」


 そう声をかけてきた時には、もういつものにこやかなアリアだ。


「怖いな」


 ぽつりと洩らすと、横でこくんとシオリが頷く。


「あー、ごほん。ありがとうアリア」

「いえ、このくらい。それで、この不届き者たちはどうなさいますか? 斬りますか?」

「っ」


 アリアの冷徹な視線に、びくりと三人が震える。


「いや、そのつもりはないよ。盗った物を返してほしいだけだ。……ねえ」

「なんだこのガ……いや、へへ、なんです坊っちゃん?」


 かがみ込んでティリに目線を合わせる。もはや習性なのか、悪態が飛び出しかけるが、アリアが剣を動かすと既の所で止まる。


「あのお金がないと、少し困るんだ。返してもらってもいいかい?」

「……もう、使っちゃいましたよ」

「じゃあ、あの店で買ったものでもいいから」


 その時、伏せられていたティリのまぶたがぴくりと動いた。訝しげに思いながらも、話を続ける。


「……呪文の巻物スクロールですよ」

「巻物?」

「ええ。それも死霊術のね」


 言葉と共におもむろに投げ出されたのは巻物。封に印されたイリスの聖印シンボルに、僕もアリアも目が釘付けになる。そしてそれを待っていたかのように、ティリが叫んだ。


「やれ!」

「しまっ……」


 かこーん、と。アリアの頭が落ちた。兜ごと地面に転がって騒々しい音を立て、僕の足元で止まる。鉈を手に屋根の上から飛び降りてきたのはの盗賊。ティリが見ていたのは、夕日に照らされて路地に落ちるその影だったのだ。


「――ばっきゃろう! うちは殺しはご法度だって言ってんだろうが!」

「え? あれ、俺、峰の方で兜をぶん殴ったつもりだったんですが」

「見ろよ! 完全にドタマ吹っ飛んでお陀仏しちゃってるだろが!」


 そして何やら言い争いを始め、そして呆気にとられたままのこちらに向き直って。


「ちっ。悪いな、あんたのお供殺しちまった。だが、何はともあれこれで終わりだ。魔術師二人だけじゃどうにも、なら、……」


 言葉の途中で、目を丸くして、ぽかんと口を開ける。意外に若いんだな、とその時初めて気付く。


「あ、姉御……」

「こいつ……首がないのに……」

「う、動いてやがる……っ!」

「すいませんカケル様。首拾ってもらってもいいですか」

「あ、うん」


 ならず者たちの驚愕の目線の中、すたすたと歩み寄ってきたアリアに、拾い上げた頭を渡す。そのままそれを首の上に載せ、チョーカーを締め、こきこきと調子を確かめるように何度か首を鳴らし。


「さ、やりましょうか」

「アリア、もう終わってるから」


 アリアが剣を構えた時には、既にならず者たちは武器を放り捨てて戦意を喪失していた。

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