第10話 大丈夫


 がらりと音を立てて、シオリが店から出てくる。店の中には怪しげなアイテムの数々がこれでもかと陳列されていて、こんな事態でなければのんびりと掘り出し物を探して楽しんでいたかもしれない。それはともかく。


「どうでした?」

「アタリです」


 ビンゴ、というやつだ。同じく外で待っていたアリアと顔を見合わせ、頷く。


「若い女性が売りに来た、とのことです。というより、ここらでは有名なスリの一党の元締めだそうで、名前や普段いる場所まで教えてくれました」

「随分親切な店主ですね」


 目を瞬かせているアリアはお人好しなのだろう。


「……というか、親切すぎる」

「はい。私もそう思います」


 周りを見渡すと、神殿広場とは随分と趣が違う。悪党屯すスラムとまでは行かないが、見通しの悪い路地が密集していて、いかにも治安が悪そうだ。こんな所で故買屋を営んでいる店主が単に親切なわけもない。


「お二人からするとこれは罠、ということですか?」

「というより、どっちに転んでもいいんでしょうね」

「と言うと?」


 一人だけ首を傾げるアリアに説明する。


「つまり、仮に僕らがゴロツキに勝って盗まれたものを取り返しても、店はちゃんと教えたと言い訳が立つし、売った品が返ってくるだけだ。対して、ゴロツキに僕らが負ければ、店は更におこぼれに預かれる仕組みになってるんだろうね」

「なんと! 人の道に悖るとはこの事ですね……」


 アンデッドに人の道を説かれる店主も可哀想な気がしなくもない。


「僕たちが外で待ってたのも、店主と相手がグルだった時に備えてだしね」

「なるほど。手札を伏せておいたというわけですか」

「そういうこと」


 動く前にシオリとは可能な限り互いの情報を明かしあった。シオリの主神は知の神、クラスはLv4魔術師ウィザードだ。現地に詳しいとは思っていたが、訊けば、彼女はもうこちらには数年いるらしい。そのおかげでLvは1つ高いものの、神格のボーナスとの兼ね合いもあって習得呪文は探査と支援に偏っているという。


 対してこちらはLv3ではあるが、対人を意識した呪文構成だ。アリアという前衛の存在もあって、戦闘するならばこちらのほうが向いている。情報収集はシオリにしてもらい、僕たちはあるかもしれない戦闘まで動かないというわけだ。


 こういった情報戦の発想は『ダンジョン・マスター』でPvPを繰り返した経験に基づいている。ただ、違うのは今は本物の命が掛かっているという事だ。正直、500gpは安くはないが、同時に命をかけるほどの額でもない。それでも犯人を追うのは、この世界で自分がまともに戦闘できるのかという試金石にしたいからでもあった。


(まあ、流石にスリ程度なら、なんとかなるだろうし。それにいざとなれば……)


 横目でアリアを見る。治安の悪い地域までたどり着いても追跡をやめなかったのは、なにより彼女の存在が大きい。情報戦でこそ頼りないが、いざ戦闘となれば、おそらく彼女は自分が傷付くことも他人を傷付けることも厭わない。


(僕は……どうなんだろう)


 掌を見る。人を傷付けるのも傷付けられるのも、正直気が進まない。多分、シオリが攻撃呪文をほとんど持たないのも、本当は同じ理由だ。彼女は戦うことから逃げ出したのだ。それが悪いこととは言わない。それこそシオリのように、戦わずともこの世界で生きていくことはできるだろう。だが。


(それで、いいのか?)


 漠然と感じている不安がある。『ダンジョン・マスター』において、ダンジョンを発展させ、プレイヤーキャラクターを成長させるのに、最も適していたのは戦闘だ。それがこちらでも同じだとしたら。


 数年間戦闘を避け続けていたであろうシオリでもLv4には上がっている。ビルド相性上、ダンジョンの外で一対一で戦ったならばシオリには勝てると思うが、ダンジョン戦となるとわからない。Lv差が1のシオリでもそうなのだ。ましてや、Lv差が2以上となると、一対一でもダンジョン戦でも、まともにやれば勝利はほぼ絶望的だろう。


 シオリとは友好的関係を築けたつもりでいる。しかし全てのプレイヤーが彼女のように友好的とは限らない。そして、この世界のどこかには、戦闘を繰り返して十分にレベルアップした、好戦的なプレイヤーが居るかもしれないのだ。そんな相手ともし仮に遭遇したら……。


「カケル様?」

「わっ!?」


 唐突に視界に映り込んだアリアに、暗い思考が中断される。


「も、申し訳ありません。私は暗視がありますが、そろそろ日が暮れてきますので、お二人のことを考えると早めに行ったほうがいいのでは、と」

「……そうだね。考え事してた。シオリさんもお待たせしてごめんなさい」

「いえ、私は。それよりも、大丈夫ですか?」


 その大丈夫には、様々な意味が込められているのだろう。シオリの案じるような、試すような目を、しっかりと見返す。


「……大丈夫。僕は、大丈夫」

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