第9話 シオリ
「あの……そろそろ顔を上げてください」
困ったような声。だが、どの面下げて彼女の顔を正面から見れようか。
「ほんっとうに申し訳ない!」
「いえ、ですから、もう気にしてないので」
まだ頭を下げていたいのをぐっとこらえ、顔を上げる。
僕たちは彼女の提案で神殿内の喫茶店のような所に来ていた。流石にあれだけ騒げば人の目も集まってしまうし、これからする話はあまり他人に聞かれたくはない。本棚に囲まれ、狭い距離で身を寄せ合う空間は、密談をするには確かにおあつらえ向きだ。
とはいえ、流石にお茶まで奢ってもらうのは、失礼を働いた側というだけでなく、男のプライド的にもなしだった。ということで、喫茶店と言いながらも、お茶を飲んでいるのは彼女だけだ。
「それで……失せ物探しですよね?」
「その前に、お名前を訊いても?」
「ああ!」
忘れていた、というようにお茶のカップを置いて彼女がぽんと手を打つ。この子もまた、どこか抜けている気がしてならない。
「私、小鳥遊 栞って言います。シオリと呼んでください」
「僕は土橋 欠です。カケルでいいです。こちらは仲間の」
「カケル様の下僕のアリアです。私のことはどうぞ気にせず」
「下僕……ですか」
だから自分で紹介したかったのに、と笑顔にぴしとヒビが入りかける。シオリには『女の子に下僕と言わせる男』と思われたに違いない。そもそもアリアだけはここに来ても座っていない。序列や警護、周囲監視などを考えてなのだろうが、これでは僕の印象は一向に良くなっていない気がする。
「そ、それで失くした、というか盗まれたのはお金を入れた布袋で……」
とりあえず、話の方向を元に戻し、これ以上の印象悪化を避ける。おさげをぎゅっと握って、ちらちらと上目遣いで僕とアリアを見比べては目を逸らすのが気になるが、どうにか考えないことにする。
「は、はい。実はそこら辺は聞いていました。500gpほどとか……」
「はい。額面で500gpというだけで、金貨500枚持ち歩いていたわけではないんですが。でももう何かに換えてるかも……」
正確には1枚で金貨100枚分になる
「真銀貨ですか? そうなるとまだチャンスはありますね」
「と言うと?」
「真銀貨ほど額面が大きいと、大抵のとこでそのままじゃ使えないんですよね」
「あっ」
言われてみれば、というやつだ。ゲームでは買い物の際には銅貨から真銀貨まで都合がいい貨幣に自動で変換されるために失念していたが、この世界は現実だ。ゲームのように便利には行かない。
シオリが言うには、真銀貨は通商などの為の持ち運びに適した超高額貨幣で、扱いとしては為替や金塊に近いらしい。確かに、ゲームから一貫して流通単位の最高はあくまで金貨だ。
職人の日当がおおよそ1gp、円で言うなら一万円ほどか。つまり真銀貨は1枚で100万円ほど。マジックアイテムなどの高額な買い物ならばともかく、屋台やそこらの店で取り扱ってくれるわけもない。
「となると、古物商ですね」
「両替商じゃなくてですか?」
当然といえば当然の疑問に、しかしシオリは首を振る。
「確かにこの街は通商都市です。取引も盛んで、両替商もたくさんいます。でも真銀貨なんて取り扱える大手となると限られるし、そういう大手は常に客を取り合ってる分、互いの動きをよく見てます。両替商なら簡単に足がつくんですよ」
「はあ」
「その点、真銀貨は美術品としての価値もありますから、古物商でも取り扱ってくれます。ジュストは古い街ですから、高額なマジックアイテムを抱えている古物商は多いですし、店に現金がなくとも一度物に換えてしまえば足もつきにくくなります。だから古物商かなと」
「なるほど……」
早口で言い切って茶をぐいと煽る。おどおどした様子は鳴りを潜め、別人のようだ。文学少女然とした中にこんなエネルギーを秘めていたのかと、呆気にとられて見ていると、その視線に気付いたのか、恥ずかしそうに縮こまる。
「す、すいません。私、推理モノとか好きで、楽しんでる場合じゃないんですけど、つい……」
「い、いえ助かります!」
ぺこぺこと頭を下げあうと、おさげがぴしりと机を叩き、顔を見合わせて苦笑する。
なんとなく、彼女とは上手くやっていけそうな、そんな気がした。
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