第6話 通商都市ジュスト②
「おお……」
「わあ……」
路地を出た僕たちの口から思わず洩れたのは感嘆の声。人、人、人、見渡す限りの人の群れだ。
「おいでおいで! カラム芋のチーズ揚げだよ!」
「芝居だよ! 神殿広場で天下のロゥエン劇団の公演だよ! 開演まであと半刻!」
「占いだよ! たった1spだよ! 占いだよ!」
大通りの左右にずらりと並んだ屋台からは客引きのかけ声。それに釣られた人々が人混みを動き回り、より混沌を深くする。市門の前の通りも賑やかではあったが、これは桁違いだ。というよりもこれは。
「縁日みたいだな……」
「エンニチ、ですか?」
「ん? ああ、なんていうかお祝いの日というか、お祭りというか」
「ああ、お祭りのことですか。それなら間違ってないですね。昇日の月の一日は、一年で一番大きいお祭りですから」
「ショウジツ……何?」
「日が昇ると書いて昇日です。この日を境にどんどん日が長くなるので、太陽の復活を祝うお祭りですね」
「へえ……」
空を見上げると、太陽は随分と低い。地上に出てから感じる冬の肌寒さと合わせて考えると、アリアの言うのは冬至のことだろう。そこで、ふと今更ながら疑問を感じる。
「あれ? というかアリアは漢字わかるの?」
「あ、はい。私、神官になりたくて勉強したので」
「いや、そういうことじゃなくて……うーん」
考えてみれば、イリスもアリアも、それどころか検問の衛兵にまで、日本語が通じていた。言葉が通じるだけならば魔法的な何かと納得もできるが、アリアの口ぶりからすると明らかにこの世界には文化として日本語が根付いている。あまりにも当たり前に通じるものだから、気付くのが遅れたが、これはどういうことだろうか。
「わっ」
「おっと、ごめんよ兄ちゃん」
そんなことを考えながら歩いていたものだからか、人にぶつかってしまい、危うく転びそうになる。ぶつかった相手は僕と同じくらい、つまりかなりの低身長で、よろけた様子もなく器用にバランスを取りながら人混みに紛れていく。
「無礼者!」
「いや、いいよアリア」
「しかし……」
「ぼうっとしてた僕が悪いし、ね?」
「カケル様がそう言うなら……」
不承不承という体で剣の柄から手を離すアリアに、ほっと胸を撫で下ろす。周囲を見るが、特に注目を集めた様子はない。彼女の忠誠心は嬉しいが、同時に悩みのタネでもある。まだこの世界での自分の立ち位置がよくわかっていない分、騒ぎはなるべく避けたいものだ。
「それより、せっかくお祭りだし楽しもうよ」
ダンジョンの運営資金2000gpから、街での活動資金として500gpを持ってきた。金貨にして500枚分、ポーションで言えば10本、使い捨ての
「なにか食べたい?」
「あ、いえ、私は飲食不要なので」
「そういえばそうか。じゃあさっき宣伝してた劇とか」
「この日にやる芝居って、イリス様をやっつけるお芝居なんですよね」
「そうかぁ……邪神なんだなあ」
「はい」
「……」
「……」
困った。ついつい忘れがちだが、僕らは死の神を信奉する死霊術師に、それに仕えるアンデッドだ。そう考えるとお祭りを脳天気に楽しむ立場でもない気がしてくる。そもそもデュラハンにとっての娯楽とはなんだろう。人を虐殺すること、なんて言われた日にはどうしようもないが。
と、そこで閃くものがあって、口を開く。
「そ、そういえばアリアはこの街に憧れてたらしいけど、どこか行きたい場所はないの?」
「行きたい場所、ですか?」
「そう」
「しかし、それだと楽しいのは私ばかりな気が……」
「ほら、僕はこの街のことを全然知らないし、アリアが楽しければ僕も楽しいよ」
「カケル様にそこまで言われたら、うーん」
何かこっ恥ずかしいことを言った気がしなくもないが、狙い通りアリアが首をひねって(比喩表現だ)考え出す。自分で何も思いつかないならば、相手の希望を訊くのがいいだろう。半ば強引にではあったが、どうにか着地点を見つけられそうでほっとする。
「図書館……ですね。この街は大きな図書館があることで有名ですから」
「図書館か」
「はい。この街の図書館は知の神の神殿も兼ねていて、どんな古い本もあると言われているんです」
「へえ」
そう言われると興味が湧いてくる。お祭りの日に図書館というのも味気ない気がするが、元々この街には情報収集のために来たのだ。図書館ならば本来の目的も満たせて一石二鳥ではないだろうか。
「……いいね。じゃあそこに行ってみよう」
「はい!」
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