第5話 通商都市ジュスト①
「もう……いいかな?」
「はい。大丈夫かと」
「ふう」
市門を越え、路地に入り、衛兵の目の届かないことを確認して幻術を解く。
使っていた魔法はLv1呪文、〈
そこで魔法だ。顔を作り変えるわけではなく、単に別人のように見せるだけと、触れば分かる程度の初歩的な幻術だが、自分からフードを脱いでやればわざわざ検問で顔に触ることもないだろう。とはいえ。
「ぶっつけ本番で使えるもんだなあ」
呟く。一応は準備をしていたものの、魔法を使ったのはこれが初めてだ。
ダンジョンの状態を確認した時に、自身やアリアのステータスなども一通り目を通した。ゲームが現実になってもステータスの表記などは変わらないようで、僕はLv3
だから、ゲームが現実となったこの世界で僕が魔法を使えるのはある意味当たり前なのだが、やはり実感としてはそうも行かない。なにせ魔法だ。男の子なら誰しも憧れる不思議な力というやつを自分が使ったことに、なんとなく感動して拳を握る。
「とっさの幻術、流石カケル様です!」
「あ、ああ、はい……」
だが、人は自身が密やかに感動している時に褒め称えられると覚めるようで、アリアの大袈裟な賛辞に僕は力なく肩を下ろす。
短い時間とはいえ一緒に旅をして気付いたが、この人(このデュラハン)はけっこう抜けているようだ。なんとなく微妙な心持ちでその顔を見上げるが、きょとんとしたはしばみ色の瞳に見つめ返されて目を逸らす。
だが、そんなことはとても本人には言えない。ゲーム内でのデュラハンは、イリスを信仰する神格に選ぶと開始時にもらえる護衛ユニットだ。その性質を継いでか、アリアは僕に尽くし守ることを喜びとしているようで、その上、自身を完璧な下僕と自認しているのが言葉の端々から伺える。それをとてもではないが否定できない。
(それになにより……)
もう一度、今度はちらりと横目でアリアを伺う。目元から伺える年の頃は意外と若く、十七と言ったところか。くるくると表情を変える丸いはしばみ色の目はアンデッドとは思えない可憐さがあって、しかし兜から覗くその横顔には主を守る剣の凛々しさがある。相反するその二つの印象が、しかしぶつからずに調和して、不思議な魅力を彼女に与えていた。
正直、僕はあまり女の子に慣れているとは言えない。というよりも、ほとんど馴染みがない。イリスと話せていたのは、長年ゲームで親しんだキャラとしての印象が強かったのもある。
そんな僕にとって、外見年齢が近いアリアは、ともすればイリス以上に苦手な存在だ。それに、生首を小脇に抱えていた時は気付かなかったものの、頭を乗せると彼女は意外と身長が高い。
街の中で生首が転げ落ちては大変と、いざ首をチョーカーで固定してみると、彼女とは頭一つ分ほども身長差があったのも、苦手意識を促進していた。
「しかし、やっぱりジュストは通商の中心だけあって大きいですねえ」
そんな気持ちを知ってか知らずか、アリアは呑気に話しかけてくる。だがコミュニケーションを取らないわけにもいかないので、その気さくさはある種救いでもあった。
「そうだね」
下僕に敬語はいりませんと力説されてから、僕はアリアには平語で接している。それもまた、なんだか馴れ馴れしいように感じて、少し喋りにくい要因ではあるのだが。
「ジュストはですねえ。古くは魔法都市なんて言われて、歴史ある街なんですよ。今でこそ魔法都市の名は東のカルコリに移っちゃいましたが、ここにはイリス様の聖堂だってあるんですよ」
「へえ」
「それに、なにより人が多い! 市場も大きいだろうし、ここなら情報でもマジックアイテムでも、欲しいものはなんでも手に入ると思いますよカケル様」
「それはいいね」
「……」
「……」
沈黙。
(……まずい。素っ気なさ過ぎたか?)
だらだらと冷や汗が流れるのを感じる。そっと様子を伺うも、アリアの表情は至っていつも通りに見える。が、そもそも僕の対人スキルで人(アンデッドだが)の心情を正確に見抜けるものだろうか。それでなくともいつもアリアから話しかけさせてばかりだ。どうにかしてこの気まずい沈黙を打ち破ろうと、必死に考える。
「あー、えーと」
「はい?」
「あ、そうだ。アリアは随分とこの街に詳しいようだけど、生前はこの街にいたの?」
言ってから後悔する。アンデッドの類は設定上この世に未練や恨みを持っている者が多い。生前についての質問は、何気ない会話のチョイスとしては最低ではないだろうか。
「あ、いえ。私はもっと田舎の出で、この街には憧れていただけで……。正直、来れて嬉しいです」
「あ、そうなんだ。じゃあ出身は……」
そう後悔していたのに、普通の調子で答えてくれたからと、つい話を続けようとしたのが悪いのだろう。ぴたりとアリアが足を止め、僕の口も止まる。表情が見えないのが非常に怖い。
「カケル様、アンデッドに生前のことをあまり訊くのは、マナー的にちょっと……」
「すいません……」
それから路地を出るまで、僕たちは無言でただ歩いた。
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