深淵少女
三城 谷
~表と裏を持つ少女~
突然だが、私は今非常に困っている状況である。
何故かと問われれば、私が今立っている場所が森の奥深い場所だからという状況だからだ。どうして困っている?と聞かれれば、私は迷わずにこう答えるだろう。
「はぁ……迷った」
森の中を彷徨っていたら、出口の見えない迷路に入ってしまったような状態となってしまった。この状態で歩いてしまい、私は既に「迷子」になってしまっているという事に気付いた。
そして気付いた時に既に時は遅く、私は家族とも逸れてしまっている事に焦りを覚えていた。
「……携帯も繋がらないし……どうしよう」
迷子になってしまった不安と一人しか居ないという焦りを覚えてしまい、私は森の中を途方も無く歩き続ける。しかし出口は見つからず、やがて空は暗くなっていってしまい、私は肩を竦めていた。
「……」
「あれ?」
その森の中で、私は奇妙なモノを見た。いや、奇妙なモノではない。それは正しく人間の姿で、大きな樹に背中を預けて欠伸をしている少女を見つけた。
その少女は大欠伸をしながら、樹に背中を預けている。やがて私はその少女に近付き、一番最初に浮かんだ疑問を少女へ問い掛けた。
「どうしてこんな所にいるの?もしかして迷子になっちゃった?」
その問い掛けを聞いた少女は、目を細めて微笑みながらこう答えた。
「私は迷子じゃないわ。だってただの人間じゃないもの」
「え?どういう、事?」
「そのままの意味よ。あなたは……普通の人間ね」
その少女は私の容姿を上から下まで見て、少し考えてからそう言った。小首を傾げながらそう言う少女は、小さく笑みを浮かべている。不気味に思いながらも、私は不思議な感覚に包まれていた。
少女の雰囲気は不思議な物で、私はその少女の言動を聞いた瞬間にそれを感じ取った。寒気のような物は感じていないが、不思議な物は感じている。
「あなた、この町じゃ見ない顔ね。新しい人間かしら?」
「新しい、人間?」
「この町に引っ越してくるなんて、物好きな家族も居たものね。何も面白い物は無いのに、良く引っ越してくるものね」
少女はそう言いながら、溜息混じりに肩を竦める。その言葉には疑問と感じているのだろう。私は少女の考える様子から目を逸らさず、少女の言葉に耳を傾けていた。
「……あぁ、ごめんなさい。あなたのような人間を見るのは久し振りだったから、つい考え込んでしまったわ。ええと、迷子の話だったかしら?」
「えっと、うん?はい?」
私が少女との話し方に迷っていると、少女がクスクスと笑みを浮かべる。やがて歩き出した所を私が制すると、少し振り返って少女は言った。
「あなたの家族がいる場所に案内するわ。着いて来て?それとも、このまま迷子生活でもしたいの?」
「あ、待って待って!」
「あなた、名前は?」
「立花天音、です?」
「あぁ、わたしに敬語は要らないわ。敬われる存在ではないもの、わたしは」
「えっと、じゃあ……私の事も天音で良いよ。私はなんて呼べば良い?」
そう少女に問い掛けると、少女は足を止めて顎に手を触れる。やがて考えるのを止めた少女は、こちらを見ずに先導しながら私へ言った。
「――何でも良いわ。わたしにとって、名前はどうでもいいもの」
「でも名前が無いと不便だし……」
「それは人間同士の話でしょう?わたしには関係無い話だわ」
「あ、そうだ!私が付けてあげるね」
「わたしの話を聞いてないのかしら?別に名前は要らないって」
「可愛い名前が良いよねぇ。うーんと……」
「あぁ、聞いてないわね。あなた」
私は少女の言葉を無視して、少女の名前を考える。可愛い名前と思っているのは確かだが、それでも名前が無いのは寂しいと思ってしまう。
「……うーん、森羅とかどう?」
「シンラ?……何か由来でもあるの?」
「ううん、なんか格好可愛いなぁって思って」
「ふぅん。……――シンラ、ね。まぁ良いわ。今だけはそう名乗ってあげる」
少女は、悪戯な笑みを浮かべながらそう言った。やがて森の出口が見えて来た瞬間、私の真後ろから気配を感じて足を止めた。
その行動に不審と思った少女は、私へ睨み付けるような視線を向けた。
「……な、なに?」
「動かない方が賢明よ、天音。『立ち去りなさい?この人間に近付けば殺すわよ』」
「え?」
ノイズが混じった声。そう感じざるを得ない声が、私の頭の中で響いた。耳に入って来た言葉は機械混じりの声で、上手く聞き取れなかった。
そして目の前にまで近寄った少女の眼差しは、微笑んでいた時よりも冷たい様子を感じた。冷たく、この世の存在ではない事を知らしめていた。
やがて私から離れた少女は、さっきまでの微笑みを浮かべて言った。
「もう大丈夫よ。わたしが近くに居る限り、他の者は襲えないから。安心して良いわ」
「……?」
「まぁ分からなくて良いわ。じゃあ行きましょうか、天音」
少女はそう言うと、再び笑みを浮かべて歩を進めた。手を差し伸べるその少女からは、優しい雰囲気を感じる事が出来ている。そう思った私は、その手を取って森の外へと向かうのだった。
「ふふふ」
「森羅?」
「もうここでお別れね、天音。楽しかったわ、久し振りに人間と話せたもの」
「また会える?」
少女……いや、森羅の様子を見てお別れという事がすぐに分かった。そう言う森羅の表情には、何処か寂しいという空気が伝わってきたからだ。そう感じていた私だったが、森羅は微笑みながら後ろで手を組んで言った。
「あなたがわたしと会いたいと願ったら、有り得る話かもね。でも天音、わたしに会いたいって次に思ったら駄目よ?次、わたしに会ったらこの世の者では無くなっちゃうから」
「え……?」
そう言われて瞬きを時だった。森羅の姿は私の前から消失し、風に撫でられながら複数の葉っぱが森の奥へと消えていった。その葉っぱが森の奥へ消えた数秒後、私は両親に声を掛けられて合流する事が出来た。
そして――あれから年月を費やして、私は懐かしさを覚えながら森の中を散策していた。
「……あら、天音じゃない」
「し、森羅?」
「わたしが言った事、護れなかったのね?……イケない子」
そう言いながら小さく笑みを浮かべる森羅は、後ろ手に持ったそれを私へと差し向けてから言葉を続けた。
「――あなたの魂、頂くわね?天音」
深淵少女 三城 谷 @mikiya6418
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