縁 下

金箔の屏風に梅の絵がかかれている。

透明な硝子から町が一望できる。

この遊郭の最上階。

この太夫以外の部屋は無いそうで、スイが通された部屋も自分の部屋の一部だと言うので、これにはスイも驚いた。


「豪華・・・だね。」

「そうでござんしょ、そうでござんしょ。・・・それで欲しい情報は?」

「巷で騒がれてる呪いについて。」

「あぁ、その事でありんすか。んー、わっちもよく知りはござりんせん。けど・・・噂では狐の恨みを買った。地蔵を蹴飛ばした祟りが来たとか。そんな所でありんす。」

「・・・本当は?」

「なんの事でありんしょ?」

「まだ何か持ってるんじゃないのかい?」

「ここまでが無償で与えられる情報でありんす。ここからは有料。」

「さっきの話かな?僕に出来ることって?」

「スイ様って水神でありんしょ?当然神域も持ってる。」

「うん、持ってるよ。普段は隠してるけど。」

「とある殿方に聞いた話では、その中に術を解く水があるとか無いとか。」

「・・・何に使うんだい?下手したら毒になる代物でもあるんだよ。特に術を扱う妖怪とかには。」

「最近、遊郭の間で横行している惚れ薬と言うものがありんす。上級の妖怪なら酒に軽く酔う程度、それ以外は効果が絶大。それを使って、惚れた女を遊郭から拐うと言う事件が横行してるでありんす。」

「成る程、それは大問題だ。それなら御安い御用さ。でも、そんなので良いのかい?」

「わっちは仲間を助けられる、スイ様は巷で騒がれてる呪いの正体を知ることができる。どちらにも非がないでありんしょ?わっちは金など興味はありんせん。一番大事なのは仲間でありんす。命は金に変えることなど出来るわけござんせん。」

「それはそうだ。」

「交渉成立。では、スイ様お耳を。秘密事項な故、誰にも聞かれとうありんせん。」


太夫が知ってる限りの情報を耳打ちしてもらう。

全てを聞いたとき、すっと頭が軽くなる。

太夫が知ってるのは、少しだろうが、この事件の鍵になる部分を握っていた。

これで分かる。

ケイやソウに捜査の方針を伝えよう。


スイが出ようとしたとき、袖を引かれて引き留められた。


忘れ物でありんす。


そう言って渡されたのは、何かの花で作られた腕輪だった。


「これは?」

「太夫には特定の花がこの地位と一緒に付与されるでありんす。わっちは勿忘草。わっちが殿方に用があるとき、一度だけ無料ではいることが出来るでありんす。その際、近くのものに『忘るる事なかれ、夢幻の高瀬花』と耳打ちするでありんす。」

「分かったよ、その時にまた。」


そう言うと、そっと扉を閉め、そこを後にした。












場所は変わって。


「ただいま!・・・って何か変な匂いがする。」

「おかえり、さっき五番目の遊郭に行って来たからね。」

「はぁ!俺らが必死こいて術者探してんのに遊んでたのかよ!」

「違うよ、ちゃんとした情報収集だ。遊郭『勿忘』の太夫に会いに行ったんだよ。」

「またなんでだ?」

「風の噂だよ。遊郭は色んな人が入り乱れる。情報も入りやすい、それも勿忘の太夫だ。」

「勿忘の太夫だからなんだよ?太夫は太夫だろ。それにそっちの方が逆に情報入りにくいだろ。」

「まあ、リピーターが居るからって情報が入る訳じゃない。ただ普通の太夫なら、ね。こう言うのにうってつけな妖怪がいるじゃないか。男にモテ、その場から動かなくても情報を仕入れられる妖怪。」


すぐには思い付かず、頭を捻って唸り出す。

誰かは分かっているようで特徴を言っているが肝心の名前が出ないらしい。


「ただいま。・・・ってソウ何してんだよ、変なもんでも食ったか?」

「違う、あの、何だっけ。男にモテて、その場から動かなくても情報を仕入れられる蜘蛛の妖怪。」

「絡新婦か。」

「そう!それだ!」

「何で突然そんな話になったんだ。」

「勿忘の太夫に会ってきた。」

「勿忘の太夫って、金に興味がなくていくら金積んでも会ってくれない太夫じゃなかったか?」

「最近結構強力な惚れ薬が遊郭間で出回ってるらしく、それを無効化する水がうちにあるからそれを交換条件に情報貰った。」

「へぇ、凄ぇじゃん。どんな?」

「簡単に言うと、二つの依頼は繋がってて繋がってない。」

「何だそれ。」

「今からそれを話すよ。一寸付き合ってくれるかい?」


そう言うと、向かいのソファーを指差した。

二人が座った後、少し複雑な話になるんだけどね。と前置きをして情報を元に半分推理も入った話を二人に話始めた。












「あの・・・妹の居所が分かったって。」

「はい、分かりましたよ。此方へお座りください。」


ソファーに通され、おどおどしながら腰を下ろす。

先に本題を切り出してきたのは男だ。


「あの、妹は何処に!」

「妹の行方の前に聞いて欲しいことがあるのです。先にそちらをお話ししても宜しいでしょうか?」

「はい。」

「貴方、職業が記者、でしたよね?」

「はい。」

「最近騒がせている病の事は。」

「勿論。・・・もしかして妹がそれに関わっているんですか?」

「当たらずとも遠からず。結論から申し上げましょう。この病を流行らせた犯人と、妹さんを拐った犯人は同一人物です。その人と一緒に妹さんもいます。」

「犯人は誰ですか!このままじゃ妹が危ないんです!早く犯人を教えてください!」

「危害を加えられる可能性があるならこんなにゆっくり話したりしませんよ、大丈夫です。場所ぐらいなら教えて差し上げます。」


そう言うと人差し指で下を差す。

指を辿って下を向くが何もない。


「地下、ですか?」

「違いますよ、ここにいます。三守事務所に。」

「犯人と一緒にですか?!冗談じゃない!妹を、妹を早く返してください!」

「まあまあ、落ち着けっての。スイもお前さんに関わりがあるからこうやって話してんだ。大丈夫、変なことしねぇように監視してるから!」

「まあ、それなら・・・」

「すいません手間を取らせてしまって。さて、痺れを切らしてしまう前にちゃっちゃと終わらせてしまいましょう。先に呪いの方から説明しますね。端的に言うと、術者の怨念、情念等の負の感情が大本となっていました。でも、この呪詛少し変わっていて、術者の記憶がごっそりとその中に入っていたのです。それもコピーではなく正真正銘その人の記憶本体が。だから、関係が切れて術者が特定出来なくなっていた。大元は五人。後に調べて分かった事なのですが、五人とも術者と同じ会社でした。ここで妹さんが関係します。妹さんは元々見えるはずのない存在、しかし術者が人間とはかけ離れた存在に近付き、妹さんとの種族的な距離が縮まったため一端見えるようになりました。無意識に記憶捜査の術をかけて。・・・これで全て分かりますよね?」


男は真っ青だ。

体は固まり、身動き一つ取れなくなっていた。

まさに蛇に睨まれた蛙。

スイは目線を床に外し、何かを取る動きを見せた。

机に置かれたのは、黒い靄のような塊を捩じ込んだガラス瓶だ。

よく見ると、細く小指の第一間接にも満たないほどの大きさの手がもがくように空をつかんでは離しを繰り返している。

男は、目線をスイから瓶に移し、魅入られるように瓶を取ろうとして、スイに跳ね返された。


「今貴方何をしようとしていたか分かります?」

「はっ、え?」

「呪詛と言うものはいずれ術者に帰ってくる。人を呪わば穴二つとよく言うでしょう?まさに今貴方がしようとしていた事は呪詛を自分の元に帰そうとしていた。要するにこの瓶の中身が自分のものであると言う証拠なんですよ。これはこちらで祓っておきます。」

「は・・・い。」

「目の前にある瓶の中身は、呪いの核の部分です。五人に散らばっていた核の破片を瓶の中に入れたものがこれ。病にまで発展したのは、当てられやすかったり、この五人と深い関わりをある方から貰ってしまって結果病となって蔓延したのでしょう。さて、貴方に問題です。核の中身、何だと思います?」

「・・・劣等感。」

「やはり少し戻ってきましたか。そうです、その五人に先を越され、劣等感に浸った貴方はそれを呪詛そして飛ばした。何故記憶までも飛ばしたのかは不明ですが、ここは事件と関係は無いでしょう。」

「・・・てください。」

「ん?」

「守神様は人間では無いのでしょう、何とかして貰うことはできませんか!」

「私共には何とも。」

「神様でしょう!」


後ろにいるソウと目配せする。


どうする?

聞く耳持たなそうだぜ?


「そう言われましても、出来ることには出来ますが、無償ではありません。」

「何でも良い!金、金なら払うから!」

「お金等は依頼でない限り徴収しないのです。」

「どうした?」

「あぁ・・・ケイ。」

「むっちゃタイミング悪いな。ご所望だってよ。」

「まじか。おじさん、こいつらからも聞いたと思うが無償じゃねえし、金でも払えねえ。もしかしたら望まない結果になるかも知れねえぞ。それでも良いのか?」

「良いです!お願いします!」

「はぁ、気が乗らねえ。後悔しても知らねえぞ。」


紙に久延彦神と書くとそれを渡す。


「これ、持っとけ。これで知恵の力を貰える。」

「ありがとうございます!」


そう言うと、上機嫌で帰って行く。

扉が閉まると、ソウがボソッと口にする。


「あれ、ただ紙に名前書いて渡しただけじゃん。」

「まあな、本当は血判押さねえといけないんだがあの手の術は人間には手に余る。精々暗示にかかって、俺知識力が上がったかも!位が丁度良い。」

「まぁ、分からんことも無い。」

「その方が幸せだよ、でも良かったのかい?書いたのがケイで。」

「・・・大丈夫、だと思うぞ多分。偶々がなければな。」

「・・・それ、本当に大丈夫かよ。」


呆れながらケイを見ると、ふいっとそっぽを向かれ、右奥へと消えていく。


「さて、一段落したことだしソウも休みなよ。」

「おお。・・・と言うかそれ、どうすんの?」

「あぁ、これ?」


禍禍しい小瓶を人差し指で突っつきながら問うと、それを取って目を細めて、口角を上げる。

表面上の笑み。

ソウはゲッと声を漏らす。

こう言うときは大体良からぬ事を考えていると長年の経験で分かっていた。

心配である。

スイではなく被害者の方。


「お前、何を仕掛けるか分からんし止めねぇけどあんまりやると」

「ハイハイ、ケイに怒られるね。分かってる。僕だってケイに大目玉食らうのはやだよ。」


そう言った後、自室へ戻って行く。


本当に怒られても知らねぇからな!


ドアを閉める直前に大声でもう一度釘を刺した後、欠伸を噛み殺し、自室に戻った。

三守事務所に静けさが戻る。





【速報】男が未明事故に遭い、左目と左足を負傷する重症を負い、病院に搬送。奇跡的に命には別状なし。













「ちょいとそこの」


時は流れ、日が傾き少し顔を仰ぐと真っ赤な夕日がこちらを見つめ返している時刻。

スイはこの前来た遊郭にまた顔を出していた。

小袖に隠すように太夫に貰ったあの花の腕輪を通している。

呼び止めたのは、前に接客をしてくれた男だ。



「おお、スイ様!」


駆け寄って、周りが誰も聞いていないのを確認し、声を潜めて口に手で仕切りを作って話し始める。


「例の件、太夫から聞いております。本人確認のため太夫から貰った花言葉、言ってくださいませ。」

「耳を借りるよ。」


そう言って耳打ちをすると、へい、確かに!と元気よく言った後、太夫の部屋に通された。












「スイ様、お待ちしてござりんした。」

「すまないね、少し手間取ってしまって。いい材料が入ったのはいいけど少し面倒な代物でね。」


そう言いながら置かれたのは二つの小瓶。

一つは普通の小瓶で、一つは、瓶の側面に花の模様が付けられている。


「これは?」

「こっちの花の模様がある方は頼まれていた物だよ。」

「じゃあそちらは?」

「こっちは相手に飲ませる方だ。悪意に反応するように作ってある。もし遊女に薬を飲まそうと言う悪意がある者なら、この水に入れた毒が反応しそいつを蝕むだろう。でも、悪意があるものだけだ。悪意のない、ただ一夜の夢を見たいだけの人ならこれはただの水。飲んでも害はない。全員に入れて試してみてもいいだろう。」

「そうでありんすか。何から何までありがとうござりんした。」

「別にいいよ。お礼ならケイに言ってくれ、そっちの方はそいつが作ってくれた。」

「鬼でありんすか?猫でありんすか?」

「鬼だよ。」

「ありがとうと伝えておいておくんなし。」

「分かった、伝えておこう。」


夕日が刺した普通の小瓶に黒い手が影に隠れて少し見えたようなしがした。



こうして一幕降りる。

今日も今日とてこの世界は平和だ。

悪意あれば善意あり。

皆(みな)見る方向は違えど、行き着く果ては皆一緒。

ひねもす、たそがれ、夜もすがら。

ひとえに縁(えにし)途切れること勿れ。

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彼岸軸 日向月 @ito2019

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