第596話 新春パン祭り実行委員会2


 ――会議である。

 新春パン祭り実行委員会の会長セルジャンと、副会長アレクによる会議が始まった。


「……それで、パン祭りをまたやるんだね」


「恒例行事なので」


「そっか……。でもそうだね、村のみんなは喜んでいるし、やっぱりやった方がいいよね……」


 そうともさ。何故か父だけは微妙な反応を見せるけど、村のみんなは心待ちにしているに違いない。もはやこれがないと新年が始まった気がしないと、もっぱらの噂である。


「……あれ? でもパン祭りって、これで二回目じゃない?」


「うん?」


 え、二回目……? いやいや、そんなことはないでしょ。もう何度もやっているはずだ。さすがに二回目ってことは――


「新年にやるのは、これが二回目な気がする」


「……おや?」


 えぇと、初めてやったのがアレクハウスを建てたときの上棟式で、どうせならお祭りとして新年にもやろうってことになり、それからアレクハウスの増築でもやったから……。


「……あ、そっか。なんかたくさんやってたような気がしたけど、アレクハウスの方で撒いてたのか」


「そうそう。新年のお祭りってことなら、今年の一回しかやってないよね」


「なんと……」


 恒例行事でもなんでもなかったな。『これがないと新年が始まった気がしない』とは誰の発言だ。


「まぁいいや。恒例行事じゃないのなら、これから恒例行事にすればいいだけだよ。恒例行事になるまで頑張ろう父」


「……そうだね」


 よしよし。むしろやる気が湧いてきたってもんだ。これから二人で力を合わせて頑張ろうじゃないか父よ。


「さてさて、それじゃあいろいろ決めていこう。まずは手始めに――場所とかかな? 場所はどうしよう」


「んー、今年と同じでいいんじゃない? 村の広場にヤグラを建てる感じで」


 ふむ。ヤグラか。そういえばそうだったな。最初は家の屋根から撒こうとしたんだけど、よくよく考えると別に上棟式ではないのだから、屋根に登る必要もないと考え直したんだ。


「母が作ってくれたんだよね」


「そうだね。広場の中央に、ササッと『土魔法』で」


 あるいは木材で立派なヤグラを建設する案も検討されたが、それほど頻繁に使う物ではないし、保管場所にも困りそうだったので、母に魔法でササッと作ってもらった。そしてパン祭り終了後は、これまた魔法でササッと撤去。やはり魔法は便利。


「今年も『土魔法』でいいんじゃない?」


「そうしよう。――あ、そういえば去年のヤグラを見たレリーナちゃんが、自分も作ってみたいって言ってたけど、どうなのかな?」


「へー? レリーナちゃんが? うん、いいんじゃない?」


「安全面とか、そういうのも大丈夫そう?」


「大丈夫だと思うよ? レリーナちゃんの『土魔法』も、なかなかどうして大したものだし、そもそもそこまで高いヤグラを作るわけでもないからさ」


 ふむ。確かにパン撒き用のヤグラは、せいぜい一メートル程度の高さしかない。だったら問題ないか。

 なんならその十倍以上の高さがあったとして、そのヤグラが突然崩れたりしたとしても、父ならまったく問題ないような気もする。普通に着地しそう。……さすがに衝撃映像過ぎて、そんな場面を見たくはないが。


「でもさ、実際にヤグラの上からパンを撒くのは父なわけで――父的に、そこはやっぱり母が作ったヤグラじゃないと撒けないとか、そういうのってない?」


「別にないよ……」


「そう? そこはあんまりこだわらない感じだ?」


「そもそもパンを撒くことにこだわりとかないよ……」


 そういうものなのかな。弘法こうぼう筆を選ばずってやつ? まぁ実は弘法も筆を選んでいたって説を聞いたことがあるけど、とりあえず父はヤグラを選ばないらしい。


「じゃあ場所もヤグラも問題なくて――次はパンだね。パンの発注をしなきゃ」


「またメイユ村とルクミーヌ村のパン屋さんにお願いする?」


「そうしよう。あとはそうだな、今回はクレイス村にもお願いしてみようかな」


 先日プチ世界旅行で訪れたクレイス村、あの村のパン屋さんとも交渉して、作ってもらえそうならお願いしよう。そうしたら新たにクレイスパンの誕生だ。パンに『クレイスパン』と書く焼き印も用意しなきゃだな。


 ……ちなみにだが、これらのパンの代金は、すべて僕が自腹で支払っている。

 ふと冷静になると、わざわざ私財を投入して、手間隙かけて準備して、僕はいったい何をやっているのかって気にもなってくるが……。


 でもまぁ、それもこれも村人のためだ。みんなに楽しんでもらって喜んでもらって、そうしたらパンを撒いている父もみんなから愛されて――つまりは支持率アップだ。

 すべては支持率のため。そのためのバラマキ。そのためのパン撒き。こうして父は政権を維持してきた。


「――しかし父よ」


「うん?」


「果たしてそれだけでいいのかな? いつものようにパンを撒くだけで、村民の心を掴めるのかな?」


「えぇと……?」


 ちょっとパンを撒いたくらいで、いつまでも有権者の心と票を獲得できると思うのは、少々甘い考えなのではないだろうか。


「そろそろ村のみんなも、『そもそもこれってなんなの? いったいなんの祭りなの……?』みたいな疑問を抱いてもおかしくないと思うんだ」


「その疑問は、当初からみんなが抱いていたものだと思うけど……」


「『何故メイユ村の村長は、ちょっと高い位置からパンを撒くのか』みたいな疑問を抱かれてしまうわけだよ父よ」


「…………」


 もうパンを撒くだけじゃ足りない。それじゃあ有権者をだませない。

 支持率のため、さらに一歩前へ進もう。


「というわけで――僕にひとつ考えがあるんだ」


「考え?」


「そうともさ。やっぱり次のパン祭りは、ただパンを撒くだけじゃなくて、他に――」


「――まさか、またなの?」


「ん?」


「また僕の顔を使うつもり? ただのパンじゃなくて、僕の顔を模したパンを作るつもりだったりするの……?」


「…………」


 えっと、そんなつもりはなかったんだけど……。別にそんなことは考えてなかった……。


 えぇ? 父のパン? それは……なんか困るな。僕のアイデアのさらに上を行かれちゃうと、それは困る。

 じゃあ、作った方がいいのかな? 父にそこまで言われたら、もうセルジャンパンを作るしかない……?





 next chapter:白いお皿

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る