第595話 大シマリス便

※『第595話 新春パン祭り実行委員会2』の予定でしたが、都合により予定を変更してお送りいたします。誠に申し訳ございません。

―――――――――――――――――――――――――――――――――


 世界旅行中に僕が書いた手紙が、ようやく村に届いた。

 そしてこの手紙の配達を、大シマリスのモモちゃんに頼もうと決めたわけだが――


「うんうん、良いね。とても良い」


「キー」


「そうね、とても可愛らしいわよイチゴちゃん」


「キー」


 というわけで、大シマリスのモモちゃん――改め、大シマリスのイチゴちゃんも準備万端だ。

 なんと言っても、注目すべきはその服装。今現在イチゴちゃんは――郵便配達員の格好をしている。


 母にお願いして、郵便配達員っぽい衣装を作ってもらったのだ。こん色の制服と帽子に、バッグも特注である。ポシェットタイプのマジックバッグには、しっかり郵便記号っぽいマークが貼り付けられている。


 これでもう――どこからどう見ても大シマリスの郵便屋さんだ!


 ……まぁ、しっかりそう認識できるのは、日本の郵便配達員さんを知っている僕とナナさんと女神ズくらいなのかもしれないけれど、とりあえず村の人達も、『なんか大シマリス君が手紙を配る人っぽくなってる?』みたいな雰囲気は伝わるはず。たぶんきっと伝わる。


「我ながら良い仕事をしてしまったわ。イチゴちゃんの着こなしも良い感じよ?」


「キー」


 制服を作ってくれた母もご満悦の様子。おそらく制服が完成するまでの時間があれば、すべての手紙を悠々届けられたであろうことは想像にかたくないが、細かいことを気にしてはいけない。


「じゃあイチゴちゃん、早速だけど、とりあえず三人分お願いできるかな?」


「キー」


 イチゴちゃんは僕の言葉に頷いてから、キリッと表情を引き締めて――


「キー」


「あら、ありがとうイチゴちゃん」


 イチゴちゃんはマジックバッグから手紙をサッと取り出し、母に配達した。

 初めての大シマリス便、無事に配達完了。


 続いてイチゴちゃんは――


「キー」


「うん、ありがとう」


「キー」


「これはこれは、ありがとうございます」


 父とナナさんにも手紙を渡し、ひとまずこの家での配達は完了だ。

 いやー、良いねぇ。なんか良い。ほっこりする。この画が見たかったんだ僕は。


「キー」


「おぉ? そうなのか。もう出発するのかイチゴちゃん」


 この家での配達を終えたイチゴちゃんは、次の受取人を求めて配達の旅に出るとのことだ。


「今日配達する家はわかるよね? 無理はしないで、何かあったらすぐ戻ってくるようにね?」


「キー」


 とかなんとか言いつつも、まぁイチゴちゃんなら大丈夫かなって気もしている。何やら初めてのおつかいっぽい雰囲気にもなっているが、真面目で賢くて常識のあるイチゴちゃんなら、きっと大丈夫。……なんならこの中で、一番のしっかり者だろうしね。


 それに、届ける手紙の量もそれほど多くない。手紙を十等分して、今日は十分の一の量しか渡していないのだ。イチゴちゃんの負担を考えて、十日で配達を終えるように手配してみた。


 ……あくまでこれは、イチゴちゃんへの配慮である。

 前回の僕は配達に十日掛かったというのに、イチゴちゃんが一日二日で終わってしまったら――とかいう理由ではない。そうじゃないんだ。そのための小細工なんかではない。


「それじゃあ、いってらっしゃいイチゴちゃん、気を付けてね」


「キー」


 僕達に手を振ってから、勇ましく家を出発するイチゴちゃん。どことなく張り切っている様子だし、イチゴちゃん本人も楽しんでいるようだ。

 良かった良かった。いきなり謎の制服を着せて、謎の帽子をかぶらせ、謎のバッグを持たせ、謎の郵便配達をお願いしたわけだけど、本人も乗り気で参加してくれるのなら何よりである。


「さて、無事に見送りが済んだところで――」


 ……ふむ。どうしたものか。これから僕は何をしようか。ちょっと悩む。

 まぁ別に何をしたっていいんだ。いつものように木工作業に勤しんでもいいし、軽くギターの練習なんぞを始めてもいい。ベッドに寝っ転がってダンジョンメニューを眺めてもいいし、なんならそのまま惰眠だみんをむさぼったって構わない。


 だがしかし、今の僕は――


「なんか真面目なことをしたい」


「……え、何? 真面目なこと?」


「イチゴちゃんが頑張っていると思うと、僕も真面目に頑張らなきゃって気持ちになってくる」


「そうなんだ……」


 そうなのだよ父よ。僕がお願いした仕事を、召喚獣のイチゴちゃんが一生懸命励んでくれている。だというのに、召喚主の僕がダラけるわけにはいかない。


「えぇと、まぁ悪いことではないよね。というか良いことだと思うよ? でも、真面目なことってのはいったい……」


「んー、どうしようかな。何をしようか」


「アレクが真面目に何かを頑張るって聞くと、むしろ言いようのない不安を覚えてしまうのだけど……」


 どういう意味だ父よ。

 父の言うことはいまいちわからないが、とりあえず何か真面目なことを、何か真面目な仕事を――


「――うん、年越しの準備でもしようかな」


「年越し?」


 年が明けるまで、まだ一ヶ月以上あるが、いろいろと準備しなければいけないこともある。というかいっぱいある。すごい時間掛かる。なので、準備を始めるのに早すぎるということもないだろう。


「よし――それじゃあ父、付き合ってくれるかな?」


「え、僕も?」


「そりゃあそうさ。年越しの準備と言えば新年の準備でもあり、新年と言えば――新春パン祭りだよ」


「…………」


「僕と父は新春パン祭り実行委員会の会員だからね。というか役員だ。僕は副会長で、父は会長なんだから」


「…………」


 たった二人の実行委員会なのだから、二人で協力して頑張らないと――――だというのに、何故そんなに微妙な顔をしているのだ父よ。

 何が不満だと言うのか。会長職も譲ったし、名誉あるパン撒き係すら譲ったというのに、まだ足りないのか。さらにこれ以上を求めるつもりなのか父よ。


「……いや、うん、付き合うよ。ちゃんと話を聞いておかないと、むしろよりひどい目に遭いそうだ」


 どういう意味だ父よ。





 next chapter:新春パン祭り実行委員会2

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