第597話 白いお皿
「セルジャンパンか……」
父の顔を模したパン――セルジャンパンを作ったらどうかと、父本人から提案されてしまった。
「でも、どうやって作ればいいんだろう」
「……うん? アレク?」
「やっぱりさ、リアルなやつの方がいいよね。可愛らしくデフォルメとかじゃなくて、できる限りリアルなやつ」
「アレク、何を言っているんだいアレク……」
そうなるとなかなか難しい。とりあえずパン型か。パン型作りから始めないとだ。
あ、でもむしろパン型さえ作れたらいいのかな? パン生地を詰めて焼けば、リアルな父の顔になるようなパン型さえ完成したら……。と言っても、それが大変そうなんだけどねぇ。
「……ふむ。後でジェレパパさんに相談だな」
「ちょっと待ってアレク、さっきからおかしな計画を
「大丈夫大丈夫。全部僕に任せておいて」
「なんだか不安しかないよアレク……。本当に作らなくていいからね? というか、むしろ作らないで? 本当の本当に作っちゃダメだから。絶対作らないでね?」
――と、このように父もセルジャンパンを熱望している。早急に取り掛からねばならん案件かもしれん。
「それはそうと、僕が話したかったのは別のことなんだ」
「あ、そうなの?」
「僕も僕で考えていたことがあって――ちょっと待っていてくれる?」
父にそう告げ、僕は席を立ち――台所からある物を持ってきた。
そしてそのある物を、テーブルにことりと置いた。
「何? お皿?」
「そうともさ。パン祭りと言えば――お皿だよ」
パン祭りと言えばお皿。本来パン祭りとは、パンを買ってお皿を貰う祭りのことである。お皿なくしてパン祭りとは呼べない。お皿こそがパン祭りなのである。
「パン祭りと言えばお皿? ……そうなの?」
「そういうものだと思う」
「……なんで?」
「なんでって、そりゃあ…………あれ? なんでだ?」
なんでお皿貰えるんだろう? 疑問に思ったことすらなかったな。なんかもう昔からそういうものだと認識していた。あるいは明確な由来とかもあるのかな? そのあたりは僕も知らない。
「まぁいいや、とりあえずそういうものなんだ。僕の中でパン祭りといえば、お皿なんだ」
「そう……。うん、わかったよ。全然わかんないけど、わかったよアレク……」
「うんうん。納得してもらえてよかったよ」
「…………」
父にも納得してもらえたところで、話を進めよう。
パン祭りといえばお皿だが、やはりパン祭りに適したお皿というものがある。ただのお皿じゃあダメなわけだよ。
「それでこのお皿、これ自体はなんの変哲もない木のお皿だけど、これをだね――『ニス塗布』」
「おぉ?」
お皿全体にニスを塗布。これで――白いお皿の完成だ。
やっぱりパン祭りのお皿といえば、白くなきゃダメだよね。
「へー、白く塗ったんだ」
「うん、ちょっと持ってみて」
「お、ずいぶん硬いね」
やっぱりそのお皿は硬くないとね。異常なほどの強度がなければ、パン祭りのお皿として相応しくないと思う。
「強度はニスで保てるから、もっと薄いお皿にできそうかな」
「ふーん? いいかもね。なんだかオシャレなお皿が出来そう。それで、このお皿がなんなの? これをどうするつもり?」
「このお皿を、みんなにプレゼントしたいんだ」
「プレゼント? えっと、それはパン祭りで?」
「うん、まずはパンを集めてもらって、それでシールを――」
シール……25点? いや、30点だったかな? なんか年々必要な点数が増えていった記憶がある。
……今頃はどうなってるのかな。あるいは今頃は、50点とか100点とかになっているのだろうか。いったい何個の薄皮あんぱんを食べなければいけないのだろう……。
さておき、うちはどうしたものか。あるいは、別に点数制でなくてもいいのかな? うちのパン祭りは本家とはだいぶ形式が異なるパン祭りだし、ここは別の方式でもいいかな。
「じゃあそうだな――抽選式にしようか。引換券を付けよう」
「引換券?」
「まずはいつも通り、紙でパンを包むよね」
試しに一枚紙を取り出した。僕のポケットティッシュ能力で生成した包み紙だ。
「この紙でパンを包むのだけど――パンの他に、引換券も入れようと思う」
「あー、引換券が入っていたら、券とお皿を交換して貰えるのか」
「そうそう、そんなシステムにしようかなって」
「なるほどなぁ。それは楽しそう。……でも、いろいろと準備が大変そうだね」
「まぁ確かに」
今からいろいろ作らなきゃだね。パンは発注するにしても、ポケットティッシュの包み紙は僕が生成しなきゃいけないし、引換券も作らなきゃで、白いお皿も作らなければいけない。
というか……お皿だよね。お皿が大変。いったい何枚のお皿を用意すればいいのか……。
そりゃあ当選確率を下げれば楽なんだろうけど、お皿の交換は今回が初めてだし、できる限りたくさんの人にプレゼントしたい気持ちがある。
「じゃあ、とりあえず――ジェレパパさんかな」
「ん?」
「ジェレパパさんと一緒に、お皿を大量に作らないと」
「うわぁ……」
無限お皿地獄の始まりである。
「あ、でもどうなのかな。せっかくだし、もう少しアレンジを加えてもよくない?」
「アレンジって言われても、そもそも僕は基礎だか基本だかがよくわかってないんだけど……」
「ちょっと待ってて、今見せるから」
父にそう告げ、僕は再び席を立ち、台所からもう一枚お皿を持ってきた。
そして、先ほどニスを塗った白いお皿の隣にことりと置いた。
「これをたとえば――『ニス塗布』」
新しいお皿にニスを塗布。そうして完成した、ただの白いお皿と、アレンジを加えた白いお皿。
どんなアレンジを加えたかといえば――
「お、いい感じ」
「…………なにこれ」
「セルジャン皿」
「…………」
お皿の底に――リアルな父の顔を描いてみた。
「これにスープを注いだりすると、最初は見えないけど、スープを飲み干した瞬間に笑顔の父が現れるんだ。笑顔の父と目が合うんだ。すごくない?」
「…………」
あー、いいなこれ。素晴らしいお皿を生み出してしまった。このお皿があれば、いつも身近に父を感じられるはずだ。
すぐさま量産を始めよう。これで父の支持率もバッチリ。メイユ村でのセルジャン政権も安泰である。
next chapter:第二回新春パン祭り
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