第591話 アレク汁2


「おー、よく来たね。さ、入ってくれ」


「はーい、お邪魔しまーす」


「失礼するわ」


「キー」


 ダンジョン内のアレクハウスに到着した僕とディースさんと大シマリスのラタトスク君であったが、ちょうどアレクハウスにはミコトさんがいたため、せっかくなのでお部屋にお邪魔させてもらった。


 そうして久しぶりに訪れたミコトさんのミコトルームだが――さすがに四人だとちょっと狭いかな。

 元々一人部屋だしね。それに今はミコトさんの私物もたくさん置かれていて――


 ……うん、元々は僕の部屋だったこともあり、まだ僕の私物も部屋に残っていた。普通に今も使われているらしい。

 なんとも言えない感情を覚えるな……。捨てられたりするよりは、使ってもらった方が嬉しいような気もするけれど……というか、僕の私物がミコトさんに使われているという事象に、なんだか妙な興奮を覚えてしまったり――


「さぁアレク君も席に……アレク君?」


「あ、すみません、つい無遠慮に部屋を見回してしまいました」


「それはいいんだけど、なんだか様子が変じゃなかった……?」


「そうですか? 別にそんなことはないですよ?」


 そう答えながら、僕もテーブルに着かせてもらう。

 ふむ。この椅子もテーブルも元からあったやつだね。やっぱりこういう大きな家具は、前と変わらない感じかな。


 ……うん? あれ? でもなんか……冷蔵庫は変わっているような? 前は小さめの冷蔵庫を置いていたはずだが、今はもっと大きな物に変わっている?

 もしかして、買い替えたのかな? より大量の食材を保存しておけるよう、冷蔵庫を新調した可能性が……。


「あ、そうだ。ちょっとミコトさんにお願いがあるのですが」


「うん? 何かな?」


「コンロをお借りしてもよろしいですか?」


「コンロ?」


 いわゆるIHの魔道具。貸してくれないだろうか。


「構わないよ? 何か料理でもするのかな?」


「そうなんです。ちょいとキノコのシチューなんぞを作ろうかなと」


 冷蔵庫を見て思い出した。これから料理をせねばならんのだ。キノコシチューを作らねばならん。


「へぇ? キノコのシチューか。でも、アレク君はキノコが苦手じゃなかった?」


「ええまぁ、確かにあまり好んでは食べない食材ですが……とはいえ、今回のキノコはおめでたいキノコですからね」


「おめでたいキノコ……?」


 ただのキノコではないのだ。何を隠そう、このキノコは――


「ディースさんが初狩りで討伐した歩きキノコなのです」


 いつもはキノコを討伐したらレリーナパパに押し付けて帰るのが日常だが、初狩りキノコとなると話は別だ。それはもうディースさん本人に美味しくいただいていただきたい。それこそがこの世界のしきたり。初狩り達成した本人が、仲間とともに美味しくいただくしきたりなのである。

 その上で、余りそうならレリーナパパに押し付けてこよう。これもしきたりだ。


「初狩りで? おぉ、そうなのか。ディースも無事に初狩り達成か」


「そうね、なんだか緊張したけれど、どうにかやり遂げたわ」


「うんうん。おめでとうディース、私も嬉しいよ。まぁ初めての戦闘だからな。緊張する気持ちはわかる。私も初狩りでは苦労した。誰でもそんなものさ」


 何やらずいぶんと先輩風を吹かせているなぁ……。

 ディースさんの初狩りは、僕やミコトさんのときとは比べ物にならないほど華麗にスマートに達成されていたけどね……。


「じゃあみんなで美味しくキノコシチューを食べようじゃないか。待っていてくれ、今用意をするから」


 そう言ってミコトさんはIHの魔道具と鍋を取り出し、テーブルに置いてくれた。


「あと水を――ああ、それじゃあアレク君、お願いできるかな?」


「はい? 何をですか?」


「水を」


「水?」


 水ってのは? あ、うん、たぶんお鍋にお水を入れるってことだよね。その作業を僕に任せると……。

 いや待て、それはまさか――


「まさか……僕の水ですか?」


「うん、アレク君の『水魔法』で、お鍋に水を注いでくれるかな?」


「…………」


 僕の『水魔法』の水を……。

 あ、いや、別に普通のことなんだけどね。料理で『水魔法』の水を用いることは、別に全然普通のこと。


 しかし、いざ実際に自分が水を提供する立場になると……なんとも言えない感情を覚えるな。

 というか、僕の水をミコトさんやディースさんが味わうという事象に、なんだか妙な興奮を覚えてしまったり――


「……アレク君?」


「いえ、なんでもないです。水ですね、わかりました、お任せください」


「……なんだか様子が変じゃなかった?」


「そうですか? 別にそんなことはないですよ?」


 というわけで、さっそく作業を始めよう。

 僕の水で作ったシチュー――アレク汁の調理開始だ!


 …………。

 ……いや、でもさすがにその名称はないな。普通に嫌だ。僕が嫌。そのアレク汁を僕自身も味わうと考えると、ちょっと避けたい名前である。





 next chapter:鈍足トリオ

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