第592話 鈍足トリオ
アレク汁――もとい、キノコシチューの調理開始である。
とりあえずポケットから除菌ウェットティッシュを取り出し、手を綺麗に拭いてから、お鍋に手をかざして『水魔法』の水を注ぎ始めた。
この水でシチューを作るわけだけど……よくよく考えると、別に僕じゃなくても良くない? ディースさんでも良かったんじゃない? ディースさんも『水魔法』を使えるんだから、そのお水でシチューを作れば良かったよね。
とはいえ、僕からその提案することはできない。『僕の水よりディースさんの水の方が良いのでは?』などと提案して、『なんで?』と聞き返されたら、僕はなんて答えたらいいかわからない。
もしもそこで『ディースさんの水の方が美味しそうじゃないですか』なんて答えたら、変態扱いされてしまうかもしれない。
そんなわけで仕方なく、僕は自前の水を鍋に注いでいく。
ある程度水が溜まったところで、IHの魔道具を起動させ、それからディースさんが討伐した歩きキノコをマジックバッグから引っ張り出していると――他の具材を準備しているミコトさんが目に入った。
野菜カゴからジャガイモやニンジンを取り出し、皮を剥いて乱切りにしている最中のようだ。
「なんだか手慣れていますね」
「んー、まぁ日頃から料理はしているからなぁ」
「ほほう? もしかして以前から料理が趣味だったりしました?」
「いや、召喚獣として下界に降りてからだね。だからそんなに威張れるほど料理上手というわけでもないんだけど、確かにだんだん上達してきたかな」
へー、なんかすごいな。すごいえらい。そのチャレンジ精神が素晴らしいと思う。
「実はね、『料理』スキルを覚えたいと思っているんだ」
「あ、そうなんですか」
「だって『料理』スキルがあったら、もうそれだけで毎日のご飯がワンランク上のものに変貌するんだろう? 夢のようなスキルだ。是非とも手に入れたい。そのために、日々料理に励んでいるんだ」
「……なるほど」
食に対する熱意がすごいなミコトさん……。
……いや、うん、良いことだよね。それ自体はとても良いことだと思う。
◇
キノコシチューが完成した。
キノコにお野菜にお肉に、具だくさんのシチューである。
で、その感想はと言うと…………まぁキノコだよね。
やっぱりキノコはキノコだなぁ。キノコ特有の苦みというかエグみというかを感じてしまい、あとやっぱり食感もちょっと苦手で……。
でも僕以外の人は美味しそうに食べている。ディースさんは美味しそうにシチューを食べていて、ミコトさんも美味しそうにシチューとパンを食べていて――
なんか一人だけ追加でパン食べてる……。
いや、まぁそれはいいや。シチューとパンは合うからね。それは別にいいさ。
とにかく、僕がキノコ嫌いというだけで、シチュー自体は美味しく仕上がったということだ。
「美味しいですミコトさん」
「ん、そうか、それはよかった」
シチュー自体は美味しい。それは間違いない。その上で、個人的にはキノコがなければもっと美味しかったと思っていて、ついでにアレク水じゃなくてディース水ならば、さらに完璧だったと思っている。
逆に言えば、キノコとアレク水でも、これだけ美味しいシチューを作れたということだ。ミコトさんは謙遜していたが、むしろ素晴らしい料理技術と言えるのではないだろうか。
「うんうん、こうやって食べた人に喜んでくれるのは嬉しいな。これも料理を作ることの醍醐味だよね」
「なるほど、確かにそうかもしれませんね」
なんかわかるような気がする。僕もパン祭りとかやってるけど、おそらく似たような感覚だろう。
僕がみんなにパンを撒いたり、いろんな人にお金をばら撒いているのと似たようなものだと思う。
「実は、この家に来た人達にも時々料理を振る舞っていてね、一緒に食卓を囲んだりしているんだ」
「ほー、なんだか楽しそうですね」
「楽しいね。よく来るのは、ルクミーヌ村の村長さんとかかな」
あー、例の美人村長さんか。何気にあの人によく来るっぽいよね。相当なアレクハウスリピーターである。
「つい先日も会って――あ、そういえばアレク君に用事があるとか言ってたかな」
「え、村長さんがですか?」
「うん、用事があって、そのうちアレク君に会いに行かなければならないって」
へー? なんだろ? わからんけど、それなら僕の方からこの後行ってみようかな。
もしかして、また村長の打診とかかなぁ……。あの人、何故かルクミーヌ村の次期村長に僕を推してくるんよね……。
◇
食事が終わったところで――結構な量のシチューがあったはずが、綺麗さっぱり鍋も片付いたところで、改めてディースさんが話し始めた。
「というわけで、今日から私はアレクハウス生活ね。今日は引っ越し作業で、明日からはダンジョン内でレベリングしようと思うわ」
――というスケジュールらしい。ちなみにディースさんの引っ越しだが、ミコトさんとは別の部屋である。ゲストルームのひとつを、これからはディースルームとして使ってもらおうと思う。
ミコトさんとディースさんは、今のミコトルームでシェアハウスをしてもいいと言っていたが、元々は一人部屋だし、さすがに狭いだろう。
あるいは、ミコトさんとディースさんの家を別に建ててもいいかなって考えていたんだけど……でも、どうなんだろうね。頻繁にゲストが来て、料理を振る舞うことをミコトさんは楽しんでいるようだし、むしろ余計なお節介だったりするのかな。
「それで、できたらミコトにも私のレベリングに付き合ってほしいのだけど」
「構わないとも。まぁディースはついさっき初狩りを終えたばかり新兵だからな。一人では何かと不安だろう。私に任せてくれたらいい」
すごいなぁミコトさん。さっきから先輩風の吹かしっぷりがすごい……。
「なにせ私はディースよりレベルも経験も上で――あぁ、そういえば、ついこの間さらにレベルが上がったんだ」
「お、そうなのですか、それはおめでとうございます」
「ありがとうアレク君。ちなみに――これが新しい私のステータスだ」
そう言って、ミコトさんがメモを見せてくれた。それによると――
名前:ミコト
種族:神 年齢:3(↑1) 性別:女
職業:神
レベル:12(↑2)
筋力値 22(↑3)
魔力値 1
生命力 9(↑1)
器用さ 3(↑1)
素早さ 6(↑1)
スキル
神Lv2 槌Lv1
称号
神
「相変わらず偏ったステータスねぇ……」
「いいじゃないか。槌使いとして理想的な成長をしていると感じている」
「まぁミコトがいいなら別にいいけどね」
これは……僕的にはあんまりよくないかもしれない。
とりあえず『素早さ』があんまりよくない。だいぶ危険な領域まで来ている。
いつの間にやら『素早さ』6まで上がってるの……? どうしよう。僕とミコトさんといえば鈍足コンビとして有名で、さらにディースさんが加わったことで、鈍足トリオ結成かと思いきや……何やら暗雲が立ち込めてきた。
ミコトさんがすぐそこまで迫ってきていて、ディースさんも急激な勢いで迫ってきていて……ピンチである。鈍足トリオ解散の危機。
というか、なんかもう普通に追いつかれて置いてかれそう。鈍足トリオ結成のはずが、近い将来オンリーワンの存在になってしまいそうな予感がする……。
「というわけで、レベル12の私がディースをしっかりサポートしよう。安心して付いてきてくれ」
「ちなみに、私もレベルアップしたのよね」
「うん? レベルアップ? もう? ……あ、そうか、世界樹式パワーレベリングか」
「そういうこと、世界樹式パワーレベリングでレベル5まで上がったわ」
「なんだそうなのか……。じゃあ初狩りも案外楽勝だったのかな? 私はレベル1で挑んで、とても苦労したのに……」
……あ、そういえばそうか。ミコトさんの初狩りは初召喚の直後で、レベル1の状態だったか。
むむ。そう考えるとむしろすごくない? レベル1でいきなり初狩りに挑むとか、普通にすごいことで……というか無謀だ。無駄に無謀な挑戦だった。
あれ? じゃあ何か? ミコトさんはレベル1でありながらガチ戦闘で初狩りを達成して、ディースさんはレベル5で華麗にスマートに初狩りを達成して――そんな二人に対し、僕はレベル10なのに縛られて眠らされているモンスター相手に、散々テンパリながらパラダイスアローとかいう謎の呪文を叫びながら矢でとどめを刺しただけで初狩りを達成した扱いにしてもらって……。
……なんか僕が一番情けなくない?
あらゆる意味で、僕が一番ダサくて格好悪いってことに……?
next chapter:手紙が届きました2
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