第589話 ディースさんの初狩り


 結局荷台に二人乗りで進むことになった。

 ディースさんの話から、あるいはレリーナちゃんが僕を四六時中見張っているんじゃないかという疑惑が――あくまで疑惑が持ち上がったわけだが――


『あー、これは仕方ないなー。移動のために二人乗りはやむを得ないなー。ラタトスク君の負担も考えると、こうするしかないんだよなー』


 ――と、状況を正確に説明しながら荷台に乗り込むことで、もしかしたら見ているかもしれないレリーナちゃんに対し、どうにかこうにか言い訳することができたと思う。たぶんできたはず。できていてくれ。


 ちなみにだが、ディースさんとは隣同士並んで座ることにした。ここでもディースさんは僕を膝の上に乗せようとしてきたが、そこは丁重にお断りした。

 というか、女神様バージョンのディースさんなら問題ないんだろうけど、ステータスの低い召喚獣バージョンのディースさんのヒザの上には座れないよね。普通に足とか痛くなっちゃいそう。


 そんなこんなで、ぎゅうぎゅうの荷台に僕とディースさんが乗り込み、大シマリスのラタトスク君が人力車を引っ張る形で、僕達はメイユ村を出発した。

 そうしてダンジョンのアレクハウスを目指し、森の中を進んでいると――


「おや、モンスターですね」


「あら?」


「キー」


 僕の索敵に引っ掛かった。おそらく左前方にモンスターがいる。

 僕の声を聞き、ラタトスク君も人力車の速度を落とし、警戒しながら進んでいく。

 そこで現れたのが――


「歩きキノコですね」


 のてのてと歩いているキノコを発見した。

 キノコか……。キノコだし、別にスルーしてもいいんじゃない? それとも一応倒しておく? サクッと倒して、いつものようにレリーナパパへの差し入れにする?


「なるほど――ちょうどいいわね」


「はい? ちょうどいい?」


「私が初めて戦うモンスターとして、ちょうどいい相手なんじゃない?」


「ほう」


 なるほど、それはありだな。なにせ弱いからね。歩きキノコといえば、最弱の名を欲しいままにしているモンスターだ。ディースさんも一番安全に戦えるモンスターだろう。


「ふむふむ。では、やってみますか」


「ええ、そうするわ。これが私の――初狩りね」


「おぉ、初狩り」


 そっかそっか、初狩りか。確かにそうだ、ディースさんの初狩りだった。

 これはうっかりしていたな、だとすると重大イベントじゃないか。初狩りと聞くだけで、なんだかこっちまで身が引き締まる思いだ。


「しかし初狩りということは――どうします? とりあえず『パラライズアロー』で動けなくさせますか? それからディースさんがとどめを刺す感じで――」


「あ、いえ、それは別に……」


「そうですか……?」


 それは別にいいらしい。むしろそれこそが本来の初狩りなんだけどな……。

 でもまぁ相手は歩きキノコだし、さすがにそこまでする必要はないか。いくらディースさんのレベルが低くても、いくら初めての狩りだとしても、歩きキノコ相手ならば特に問題は――


「……あ、とりあえず危なそうだったら助けに入りますね?」


「ありがとうアレクちゃん」


 ふと、ミコトさんの初狩りを思い出してしまったため、一応そう伝えておいた。

 ミコトさんも、初狩りは歩きキノコが相手だったんだよね……。そして、とんでもない泥仕合を繰り広げていた。というか、普通に負けそうになっていた……。


「それじゃあいきましょうか。……上手くいくといいのだけれど」


 そう言って、ディースさんはちょっぴり不安げな様子を見せつつ人力車の荷台から降り、歩きキノコに向かって歩き始めた。


 ……ところで、ディースさん素手なんだけど、それはいいのかな。

 訓練を重ね、『自分なりの戦闘スタイルが固まってきた』とかなんとか言っていたが、そのスタイルは徒手空拳なのだろうか? ステゴロなのだろうか? もしや、やっぱりミコトさんみたいに、歩きキノコとガチのMMAファイトを繰り広げるつもりなのだろうか……。


 そうこうしているうちに、歩きキノコもディースさんに気付き、臨戦態勢に入った。……たぶん入った。正直よくわからんが、たぶん入っていそうな気配がする。

 そして歩きキノコは、ディースさんに向かって猛然と襲いかかった。……たぶん襲いかかった。のてのてと歩いているだけにも見えるが、そのスピードが若干上がったような気がしないでもない?


 そんな歩きキノコに対し、ディースさんはスッと手のひらを向けて――


「……ディースさん?」


「ええ、大丈夫」


 ……本当に大丈夫ですかディースさん。その構えは、ミコトさんの『光よ』と同じポーズなのですが? 不発に終わって突進をモロにくらったときと同じポーズをしていますよ?


 いや、でもディースさんだからな。ディースさんはなんか大丈夫な気がする。

 ミコトさんの『大丈夫』は前フリにしか思えないけど、ディースさんの『大丈夫』は、本当に大丈夫なんだなって安心感がある。


 きっと大丈夫。きっと華麗に優雅に完勝してくれる。そう信じつつも、若干ハラハラしながらディースさんを見守っていると――いよいよ歩きキノコがディースさんに迫ってきた。

 歩きキノコは前傾姿勢で、ディースさんにタックルらしきものをくらわせようとしてきた。対するディースさんは、手を前に伸ばした構えのままで待ち受けている。


 そして、双方がぶつかり合う瞬間――


「とお」 


「おぉ!」


 ディースさんが歩きキノコを弾き飛ばした!

 伸ばしていた手が触れるやいなや、歩きキノコのタックルを受け止めるどころか、そのまま弾き返していた!


 弾かれてふらふらと後ずさる歩きキノコに、ディースさんは――


「てーい」


 掌打と言うやつだろうか、腕をまっすぐ伸ばし、手のひらを歩きキノコに叩き込んだ。

 ディースさんは掌打を二度三度繰り返し、さらには肘打ちや膝蹴り、回し蹴りなんかも繰り出していく。動き自体はゆったりとしたものだったが、打撃がキノコに当たるたびに結構な衝撃音が鳴り響く。


 そんな打撃を受け続け、歩きキノコは左右に振られ――最後にはパタリと倒れ、ついに動かなくなった。

 ――完勝である。


「おぉう……すごいですね」


「ふふ、ありがとうアレクちゃん」


「キー」


「ラタトスクちゃんもありがとう」


 いやはや、すごかった……。ディースさんはあんな戦闘スタイルなんだなぁ。たぶんだけど、ただの打撃じゃないよね? それだけではないダメージを与えていたような気がする。


 というわけで、何やら戦闘スタイルにも謎が多く、僕としては驚きっぱなしのディースさんの初狩りだったわけだが……まぁすごかったよね。

 戦闘スタイルもすごかったし、それより何より……ディースさんが自由に飛び跳ねながら打撃を繰り出すもので、何がとは言わないけれど、いろいろと揺れると言うかなんと言うか……うん、すごかった。とにかくすごかった。お金を払いたい。





 next chapter:神力

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