第588話 ダブルスコア

※『第588話 神力』の予定でしたが、都合により予定を変更してお送りいたします。誠に申し訳ございません。

―――――――――――――――――――――――――――――――――


「さて、それじゃあそろそろ行きましょうか、忘れ物はないですね?」


「ええ、大丈夫」


 ディースさん顕現から二週間。ようやく着替えも完成したとのことで、今からディースさんはアレクハウスへと引っ越しである。


 そして、そのお供として今回は僕も付いて行くことになった。

 これから僕達は一緒に家を出発し、ダンジョンのアレクハウスへと向かうわけだが――


「とりあえずは人力車ですかね。ディースさんには人力車に乗ってもらって、大シマリスのラタトスク君に引いてもらうことになります」


 なにせディースさんは『素早さ』1だからね。僕の七分の一の『素早さ』しかないわけで、それでは移動も大変だろう。


 うんうん、なにせ『素早さ』1だからさ。『素早さ』1で――

 というか……1だよね? 今も1でいいんだよね?


「……ところでディースさん」


「何かしら」


「ひょっとして……レベルが上がったりしました?」


「あら、気付いてくれた? 嬉しいわ」


 僕の質問に、ディースさんはニコニコしながら肯定した。

 『どこが変わったかわかる?』と聞かれ、当てずっぽうで『前髪?』と答え、運良くそれが正解だった男女のようなやり取りになったが――


 それはさておき、やはりレベルアップしていたらしい。

 そして、僕が何故それに気付いたかというと――


「なんだか動作が少し機敏になったような気がするんですよね……」


 気のせいかな……まさかレベルアップして『素早さ』が上がったわけじゃないよね?

 いや、さすがに気のせいか。気のせいのはず。というか気のせいだと思いたい。


「ふふふ、じゃあアレクちゃんにも見せてあげるわ」


 そう言って、ディースさんはマジックバッグから紙を取り出し、僕に提示してきた。

 その紙にはディースさんの鑑定結果が書かれていて、それによると――



 名前:ディース

 種族:神 年齢:0 性別:女

 職業:神

 レベル:5(↑4)


 筋力値 3(↑2)

 魔力値 7(↑5)

 生命力 2(↑1)

 器用さ 3(↑2)

 素早さ 3(↑2)


 スキル

 神Lv2 水魔法Lv1


 称号

 神



「…………おめでとうございます」


「ありがとうアレクちゃん」


 ……なんとか絞り出した。絞り出すように、祝辞を送った。

 おめでたいことだ。ここで不満そうな態度をとるのはおかしい。


「しかしこれは……。いきなりレベル5とは……」


「ユグちゃんに手伝ってもらったの。いわゆる――世界樹式パワーレベリングね」


「そうですか……。やはり世界樹式パワーレベリング……」


 まぁそうだろうな。この短期間での急激なレベルアップは、世界樹式パワーレベリングしか考えられない。


「もうユグちゃんの免疫も出来ちゃったでしょうし、これ以降は地道にレベル上げね」


「なるほど……」


 初手世界樹式パワーレベリングでスタートダッシュを掛けたわけか。確かに有効な気がする。興味深いチャートだ。

 ――しかし問題はレベルではない。レベルが上がったことが問題なわけではなく、一番の問題は――『素早さ』3だ。


 なんなのだこの『素早さ』は……。ちょっと前まで『素早さ』1だったのに、今はもう『素早さ』3……。

 僕が『素早さ』7で、今までは七倍も差があったのに、今は二倍しかない。今はもうダブルスコアになってしまった。今までセプタプルスコアだったのに……。


 ――いや待て。そうは言ってもダブルスコアだ。まだ二倍以上の開きがある。

 まだだ。まだ終わらん。まだ戦える。勝負はここからだディースさん!



 ◇



「というか、『魔力値』がえらい上がってますね」


 なんか『素早さ』にしか目が行かなかったが、よくよく見ると『魔力値』の伸びがすごい。5も上がっている。

 そもそも世界樹式パワーレベリングでは『生命力』しか上がんないんじゃないの? なんでこうなったんだろう。もしも任意の能力を伸ばせるのなら、僕も『素早さ』上げたかったな……。


「そうねぇ、私もいろいろ試行錯誤して――特に戦闘についてよね。どうやってモンスターと戦うかを考えながら訓練していたの」


「あー、そうですよね。この世界で生きるなら戦闘技術も必要ですよね」


 なにせこの世界は、危険な魔物が跋扈ばっこする剣と魔法の世界だ。魔物への対策は必須である。

 こう見ると、ディースさんは『神』スキルと『水魔法』スキルしか持っていないわけで、このステータスでどうやって魔物と対峙するのかという問題は残る。


「私なりの戦闘スタイルも固まってきたし、後でアレクちゃんにも披露したいわね」


「ほー」


 ふむふむ。じゃあその機会を楽しみにしておこう。

 もしかしたら、この後すぐ見ることができるかな?


「では行きますか、少々前置きが長くなってしまいましたが、アレクハウスに向けて出発しましょう」


「そうね、行きましょう」


 そんな会話をしながら、僕達は荷物を背負い、家を出た。

 そして外の倉庫の前で――


「――『召喚:大シマリス』」


「キー」


「今日もよろしくねラタトスク君。これから引っ越し作業だ」


「キー」


 ラタトスク君を召喚し、一緒に倉庫から人力車を引っ張り出す。


「それじゃあラタトスク君、これからディースさんを乗せていってもらって――」


「キー」


「え?」


「……キー?」


「……あれ?」


 あ、そっか。それうっかりしてた。えっと、これはどうしたらいいんだ?


「どうかしたの?」


「とりあえずディースさんには人力車に乗ってもらって、そしてラタトスク君に引っ張ってもらおうと考えていたわけですが……そうなると僕はどうしたものかと」


 そのことを考えてなかった。いつもラタトスク君に乗るのは僕だったため、僕自身の移動方法を考えていなかった。


 ――なるほどなるほど、そういう問題も発生するわけか。僕よりも『素早さ』が低い人がいることで、そんな問題も発生しちゃうんだねぇ。

 まぁダブルスコアだしな。セプタプルスコアではなくなってしまったが、言うてダブルスコアだ。ダブルスコアを付けている僕の方が気を遣ってあげなければいけないだろう。


「まぁ仕方ないですね。僕は歩いていきますか」


 そう二人に提案したところ――


「…………」


「…………」


 二人とも黙り込んでしまった。ちょっと困った顔をして、残念な子を見るような目を僕に向けてきた。


 ……まぁそうか。それはあんまり得策じゃないか。

 ディースさんよりは早いけど、ラタトスク君よりは遅いものな。二人が僕の歩みを待つことになってしまう。そうじゃなかったら、普通に置いていかれてしまう。


「……わかりました。ではディースさんは荷台に乗ってもらって、僕はラタトスク君のくらに乗りますか。ラタトスク君もそれで大丈夫?」


「キー」


 大丈夫らしい。じゃあそうしよう。ラタトスク君の負担は増えてしまうけど、速度的にはたぶんこれが一番速いと思う。


「それなら二人で乗ったらいいんじゃない?」


「はい? と言いますと?」


「荷台に二人で乗ればいいのよ。ディアナちゃんと一緒に乗っていたわよね?」


「あー……」


 そういえばそんなこともあったな。一人用の荷台に二人で乗り込んで、森の中を疾走した記憶がある。

 ……まぁ疾走というよりも爆走か。ディアナちゃんがあまりにも飛ばすもので、二人でぎゅうぎゅうの荷台というシチュエーションであるにも関わらず、相手がディアナちゃんであるにも関わらず、それでもラブコメっぽくなる雰囲気すらなかった。


「手をつなぐのはダメだったけど、今回のはいいんじゃない? 言うなれば――内見でしょう?」


「……内見?」


「アレクハウスの内見。そう考えれば普通のことよね? 一緒の車に乗って移動するのも変じゃないでしょ?」


 えっと、そうなのかな? 内見って考えれば普通のこと?

 いや、そもそもこれを内見と呼ぶのかも含めて、なんかいろいろあってそうで違ってそうな気もするのだけど……。


「というか、おそらくアレクちゃんが心配しているのはレリーナちゃんのことよね? そんな場面をレリーナちゃんに見られたらどうしようかって」


「ええまぁ……」


「きっと大丈夫よ。たとえ見られたとしても大丈夫。レリーナちゃんの判定も三角だったらしいし」


 その三角判定がバツ判定になることを恐れているのですが?


「そもそもの話として、そうそう都合よく出くわすこともないわよ」


「そうですかねぇ……」


「レリーナちゃんだって、四六時中アレクちゃんを見張っているわけでは――」


「……はい?」


「んー」


「えっと……」


 え、なんでそこで言葉を止めたの? なんでなの? 『四六時中見張っているわけではない』と、何故しっかり最後まで言い切ってくれないの?


「まぁとりあえず行きましょうか。たぶん大丈夫だと信じて」


「…………」





 next chapter:ディースさんの初狩り

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