第587話 合う服がないディースさんと、合う服がなくなりつつあるミコトさん


「うむ。しばらくじゃなアレク」


「ええはい、ようこそおいでくださいましたユグドラシルさん」


 というわけで――ユグドラシルさんが遊びに来てくれた。

 一週間ぶりになるのかな? 基本的には隔週で来訪されるユグドラシルさんなので、いつもよりは早いペースだね。


「ディースの様子はどうじゃ? 何か困っていることがあるなら、わしも助けになるぞ?」


「おぉ。それはそれは、ユグドラシルさんのお心遣いに感謝です」


 いやー、ありがたいね。ディースさんが顕現けんげんしてからというもの、僕も何かと忙しくてバタバタした日々を送っていたのだが、こうして気に掛けてくれるのはありがたい。


「それにしても……何やらアレクは暇そうにしておるのう」


「…………」


 何故なのか。僕も忙しいと言ったばかりなのに、何故そうなるのか。


「えっと、そう見えましたか……?」


「見えるじゃろ。いったい何をしておるのじゃ?」


「ふむ……」


 まぁ木工やってたからな。忙しい合間を縫っての息抜きなんだけど、今この瞬間だけなら暇そうに見えるかもしれない。


「で、それはなんなのじゃ? アレクは何を作ったのじゃ?」


「あ、はい、これはですね――木工シリーズ第百十六弾『メイユ城』です」


「メイユ城……」


 メイユ城である。

 木で作ったメイユ城の模型なのだ。


「もちろん実際にはこの村にお城なんてないですし、架空のお城ですけどね」


「変わった形じゃのう。前世の城か?」


「そうです。といっても、実際にお城として使われているわけではありませんでしたが」


「うん? どういうことじゃ?」


「歴史的な遺産というか、観光名所的な感じで残されていたお城の形なんですよね」


「ほー」


 そんなお城の中で、本当は小田原城を再現しようと思っていたのだが――しかしナナさんが、『どうせなら姫路城を作るべきです』と頑なに主張してきて、話し合いの結果、間を取って架空のお城を作ることに決まったのだ。


「なるほどのう。地球では、こんな城が――ヒッ」


「おや?」


 まじまじとメイユ城を眺めていたユグドラシルさんが、突然悲鳴を上げてメイユ城から飛び退いた。


「どうかしましたか?」


「屋根に……」


「屋根? ああ、しゃちほこですね」


「しゃちほこ……?」


「僕も詳しくは知らないのですが、屋根に飾りを付けるものらしいんですよ」


 名古屋城とか? なんかあるよね、金のしゃちほこ。

 でもまぁ、ただ単にしゃちほこを飾るのも芸がないと考え、どうせならメイユ村にちなんだシンボルを置こうと決めた。


 そうして屋根に取り付けたのが――


「父の頭部を置いてみました」


 屋根の両サイドに、笑顔の父の頭部がちんまりと乗っかっている。


「何故お主はいつもいつも……」


「なにせメイユ城ですし、父はメイユ村の村長ですし」


「いや、それは違うじゃろ……。これは違うはずじゃ……」


「だからまぁ、メイユ城は父が建築を命令した城で、自分の威光を世に知らしめるために、自分の頭部を屋根に設置するよう命じた――という設定になっております」


「絶対命じんじゃろ……」



 ◇



「まぁセルジャンはともかく、よく出来ておるな」


「ありがとうございます。ここ一週間ずっと作っていたのですが、ようやく完成までこぎ着けました」


「暇そうじゃのう……」


「…………」


 ……なんか普通にそんな気もしてきたな。

 いろんなこだわりとかも詰め込んで、結構な時間いて作ってたもんな……。


「それで、ディースはどうじゃ? ここの生活にはもう馴染んだか?」


「あ、そうですね。やはり人界の神様ということもあってか、みんなの注目を浴びているようですが――」


 まぁ本当に注目を集めているのは、神様って部分ではないような気もするけれど……。


「その注目も、良い方に転がっているのではないでしょうか。みんなおっかなびっくりしつつも話し掛けているようで、そこから徐々にディースさんも受け入れられているように感じます」


 村の人達はみんな良い人だし、ディースさんも元々フランクで人当たりのいい人だからな。すぐにみんな仲良くなれるだろう。


「ふむふむ。ならば良い。この村での生活も、これから長く続いていくであろうし、住民達と良好な関係を築けるに越したことはない」


「ですね、やっぱりそうですよね」


 あんまり親しみやすくても、それはそれで神様の威厳とかどうなっちゃうのって感じだったんだけど、やっぱりみんな仲良しの方がいいよね。

 目の前のユグドラシルさんだってそうだろう。世界樹様としてみんなから敬愛されつつも、小さくて可愛いマスコットキャラクター的な愛され方もしていると思う。とても良い関係だ。


「で、今はどうしておるのじゃ? 今はもうアレクハウスか?」


「あ、いえ、それがですね……実はまだなんですよ。買い物が済んだら、拠点をアレクハウスに移して生活を始める予定だったのですが……」


 だけどまだ移っていない。移すことができないでいる。

 何故ならば――買い物が済んでいないのだ。ディースさんが顕現してから、かれこれもう一週間以上経っているけれど、未だに買い物が終わっていない。


「なんというか、服がですね……」


「服?」


「やはりディースさんに合う服はないそうで……」


「あっ……。そうか、それはまぁ、そうじゃろうな……」


 なにせあのスタイルだ。どうやったって既製品の服では入らない。どうやったって――胸の部分でつっかえてしまう。

 そんなわけで、村の服屋さんでは合う服がないディースさんだが――


 ――ちなみに、ミコトさんに合う服も最近はなくなりつつある。

 ミコトさんの場合は、どこかの部分がつっかえるというよりは、全体的にパツパツになってきていて……。


「いやでも、違うんですよ」


「うん?」


「なにせここはエルフの村ですからね。エルフといえば細身の美男美女しかいない種族であり、そんなエルフ向けに販売されている服も、細めの物ばかりになってしまいます。だからもう、これは仕方がないことなのです」


「まぁそうじゃな」


 ミコトさんの名誉のために、それだけは言っておきたい。ミコトさんが太いんじゃない。エルフの服が細いだけなんだ。

 そこは理解してあげてほしい。あくまでミコトさんは標準体型。まだ標準的な体型なのだ。


「そんなこんなで、結局新しく服を注文することになりまして、今は完成を待っている状況です」


「そうか、一から作らんといかんのか」


 全部オーダーメイドで、少なくとも四、五着は欲しいとのことで、やはりそこそこの時間が掛かってしまっている。

 なのでまだアレクハウスへの移動はせず、毎日僕が召喚と送還を繰り返している現状だ。


「でもディースさん的には、むしろいい機会だと、今は訓練に励んでいるようですね」


「訓練?」


「村の訓練場で、スキルの練習をしているらしいですよ? せっかくレベル2のスキルがあるのだから、有効に活用したいとのことです」


「レベル2というと――ああ、『神』スキルとやらか。そういえばあったのう。ミコトも持っていたはずじゃが、あやつはまったく使わんので忘れておったわ」


「そうですねぇ……」


 なんかもう存在すら忘れている節が見受けられるね。一応ミコトさんの『神』スキルもレベル2なんだけどねぇ……。

 そんな感じで、毎日スキルの練習やら、戦闘訓練をしているディースさんだが――


「そういえばディースさんから、ユグドラシルさんにお願いがあるそうです」


「む? わしにか? なんじゃ?」


「できたら訓練に付き合ってほしいと」


「ほう?」


 ユグドラシルさんが来たらそう伝えてほしいと、そんなことを頼まれていた。


「なんじゃ? スキルの練習に付き合うのか?」


「いえ、別にそういうわけでもないような? なんか戦闘訓練っぽいですけど」


 この世界で生きるには、そりゃあ戦闘技術も必要になる。

 そのことで、何やらディースさんにはいろいろと考えがあるらしく――


「――ハッ」


「うん?」


「これはまさか……ディースさんも世界樹式パワーレベリングを狙っているのでは?」


「……その名称をやめろというのに」


 当然のことながら、ディースさんはユグドラシルさんへの免疫も耐性もできていないため、ユグドラシルさんと相対すれば、いっきにポンポンポンとレベルアップしていく可能性が考えられる。そんな可能性が……。そんな危険性が……。


「んー、まぁわしは構わんぞ? わしも訓練場に向かえばよいのじゃな?」


「…………」


「ん? どうかしたか?」


「――いえ、大丈夫ですね。きっと大丈夫でしょう」


 世界樹式パワーレベリングで上げられるのは、『生命力』のみとなっている。

 であるならば――まだディースさんの『素早さ』は上がらないはず。ならば大丈夫。それならいいんだ。それなら何も問題はない。





 next chapter:神力

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