第586話 ラタトスク君の帰還


「いろいろありがとうねアレクちゃん。それじゃあそろそろ出発かしら?」


 軍資金もマジックバッグに詰め終わり、あとはもう出発するだけ――と言いたいところだが、実はまだ、僕からディースさんに伝えなければいけないことがある。


「ちょっと待ってください。これからディースさんが買い物をするにあたり、ひとつ気になっている点がありまして……」


「気になる点?」


「なんというか、懸念点というか問題点というか、そんなことが……」


 これからディースさんは村をあちこち回り、買い物をしてくるわけだが……そうなると、どうしても避けられない問題が一点浮上する。

 その問題というのが――ディースさんの移動力だ。


「現在のディースさんはレベル1であり、ステータスも控えめなものになっています。少々言いにくいことなのですが――『素早さ』も低いです。現状では、村を回るだけでも四苦八苦してしまうと考えられます」


「言いにくいと言いながら、むしろなんだか嬉しそうだなアレク君」


「……そんなことはないですよ?」


 やめてくださいミコトさん。確かに僕の『素早さ』はディースさんの七倍もあり、思う存分マウントを取れる立場ではありますが、そういうのはよくないと、そういうのはやめようと心に誓ったのです。


「とにかくですね、その問題を解決するため、今回ディースさんには――ラタトスク君に騎乗してもらおうかと考えています」


 こんなときこそラタトスク君だ。みんなをスイスイ運んでくれる、頼れる大シマリスのラタトスク君。


「『騎乗』スキルの取得も近いんじゃないかと噂されるラタトスク君ですから、ディースさんも安心してお乗りいただけるかと思います」


「なるほど。それは助かるわ。じゃあラタトスクちゃんはもう下界に戻すのね?」


「ですね。そのつもりです」


 今の今まで天界居残り組だったラタトスク君だが、必要に駆られて、急遽帰還してもらうことになった。

 結局――五日かな? 僕が天界から下界に戻って五日。ラタトスク君とは五日ぶりの再会になる。


「ラタトスク君の方も、もう大丈夫なんですよね?」


「うん。もうラタトスク君も準備できている」


 一応ミコトさんに、天界滞在中のラタトスク君の様子を確認してもらうようお願いしたのだが、すでにラタトスク君側の準備も済んでいるらしい。今頃は、天界で僕達の様子を見ながら出番を待っているのだろう。


「さて、それじゃあさっそく召喚しますか」


「――おっと、ところでアレク君」


「はい?」


「ラタトスク君を召喚する前に、ちょっと心に留めておいてほしいことがあるんだ」


「はい……?」


 いざ召喚といったところで、ミコトさんが何やら意味深な表情で、意味深な言葉を僕に投げ掛けてきた。いったいなんだと言うのだ。


「今更言うまでもないことだけど、下界と天界では時間の流れが違う。――正確に言えば、時間の流れを自由に変えることができる」


「え? あぁ、はい、そうみたいですね」


「例えば下界と天界で同じ時間の流れに調節することもできるし、下界の時間だけをほとんど止めてしまうことだってできるんだ」


 ふむ。まぁそうだね。たとえば僕が下界にいるときなんかは、僕を眺めるために天界と下界で同じ時間の流れに調節しているはずだ。

 そして僕が天界に滞在しているときは、下界の時間をほとんど止めている。今回の天界滞在でも、下界では瞬きするほどの時間で、天界では一年が経過していた。


「そして、ほぼ止まった時間の中でも――レベルを上げたり、スキルを取得することができる」


「あ、そうですね。それは僕もびっくりしました」


「確かアレク君とナナさんで、『精神と時の会議室』なんて名前を付けていたかな?」


「ああはい、便宜上そんな名前を……」


 ――いや待て、精神と時の会議室だと?


 このミコトさんの発言は……。ラタトスク君召喚前に、突然ミコトさんが語り始めた意味深な発言の意図は……。

 これはまさか、この五日間でその現象が起きていたということか? 僕が知らぬ間に、精神と時の会議室が発動していた――!?


「ラタトスク君……? もしやラタトスク君が、長い時間を掛けて天界で修行を……?」


「まぁまぁ、私もすべては語らない。ここから先は、実際に君の目で確かめてほしい」


「……そうですか」


 なんか古い攻略本みたいなことを言いよる……。

 最後の最後まで意味深で思わせぶりなミコトさんだったな……。


「……では、なんだか少し怖いですが、今の話を心に留めながら、ラタトスク君を召喚してみようかと思います」


 ミコトさんの言う通りならば、そして僕の推察通りならば、これから召喚するのは見違えるほどに成長したラタトスク君だ。

 果たしてラタトスク君はどれだけの年月修行を積んだのか、そしてラタトスク君はどれだけの成長を遂げたのか……。


 期待と不安を胸に、僕は呪文を唱えた――


「『召喚:大シマリス』」


「キー」


 ――む、ちゃんと召喚できたな。あるいは大シマリスから別の種族に進化済だったりして、この呪文では召喚できないことも考えられたが、とりあえずは今もまだラタトスク君は大シマリスのようだ。


 そして、そんなラタトスク君だが――


「キー!」


「おぉう、ラタトスク君!」


「キー! キー!」


「ラタトスク君!」


「キーー!」


「ラタトスクくーん!」


 テテテと走り寄ってきたラタトスク君と抱き合い、名前を呼び合い、再会を喜び合う僕ら。感動的なワンシーンである。


「ん、でも見た目は特に変わってないですかね? ……いえ、まぁ服装は激変していますが」


 現在のラタトスク君は――フリフリのドレスを着ていた。

 いつだったか、天界から帰ってきたらディースさんのようにキトンを着ていることがあったが、このドレスはたぶんウェルべリアさんの趣味だろうな。

 服装が服装なだけに、見た目だけならむしろ激変しているとも言えそうだが……とりあえずラタトスク君本人は変わっていないように見える。


 はて、これはどうなんだろう。時間の流れを変えて、天界で長期間の修行を積んだというのならば、もっと変化があってもおかしくないかと思ったのだけど――


「まぁ別に、時間を止めて修行なんかしてないからね」


「…………」


 ……なんだそれは。

 今までの話はなんだったのだ。あの意味深で思わせぶりな発言はなんだったのか!


「あ、いや、待ってくれアレク君。実際にラタトスク君は、天界で修行しようとしていたんだ」


「え、そうなんですか?」


「アレク君の鑑定結果や、アレク君とナナさんが精神と時の会議室の話をしている姿を天界から見て、ラタトスク君は天界で修行する計画を立てていたんだ。――もっと鍛えてもっと成長すれば、もっとアレク君の役に立てるはずと」


「なんと、僕のために……」


「今アレク君の胸の中でラタトスク君がむせび泣いているのは、その覚悟があったからだろうね。実際には行われなかったけど、ラタトスク君は何年もアレク君と離れ離れになる覚悟をしていたんだ」


「…………」


 でも実際にはすぐに帰ってくることができて、すぐに僕と再会することができて、それで嬉しくてホッとして、こうして涙しているわけか……。

 なんだかこっちまでじんわりくる。なんて愛らしいんだラタトスク君……。


「……でも良かったかな。思い止まってくれて良かった。僕のことを思ってくれるのは嬉しいけど、そこまで自分を犠牲にすることはないんだ。その気持だけで十分だよラタトスク君」


 そう伝え、僕の胸に頭をグリグリ擦り付けてくるラタトスク君を優しく撫でてあげる。


「実は、私が止めたんだ。きっとそれはアレク君が望むことではないと説得した」


「おぉ、そうでしたか。ありがとうございますミコトさん」


 うんうん、その通りだ。僕もそこまでは望んでいない。

 ラタトスク君だけが頑張る必要なんてないんだ。一緒に頑張ればいい。一緒に頑張って、一緒に成長していけばいいんだラタトスク君。


 ミコトさんに感謝だな。僕のこともラタトスク君のことも考えて、それで助言してくれたのだろう。これはもうミコトさんに最大限の感謝を――


「……これ以上ライバルのラタトスクに差をつけられたくないって言ってなかった?」


「違っ! やめろディース!」


「…………」





 next chapter:合う服がないディースさんと、合う服がなくなりつつあるミコトさん

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