第584話 お兄ちゃんのお水


 鑑定で『水魔法』の取得を知り、自宅に戻ってから母に報告した日の翌日――


「お兄ちゃんが『水魔法』を取得したと聞いて、急いでやってきたの」


「……そうなんだ」


 レリーナちゃんだ。朝一番で、レリーナちゃんが家までやってきた。

 なんでも僕のスキル取得を聞き付けたとのことだが…………早くない? ちょっと早すぎない? その情報はどこから聞いたの? どうやって聞き付けたの? 鑑定が昨日だよ? 昨日の今日で、しかも朝一番とか……。


 そもそもの話として、朝一番で来るようなことなのかってとこでもあり……あ、でも、お祝いってことなら僕も嬉しいよ?

 僕がずっと『水魔法』の訓練をしていたのはレリーナちゃんも知っているし、そのお祝いに朝から駆け付けてくれたというなら、それはもちろん僕も嬉しいけれど――


「じゃあお兄ちゃん、そういうわけで」


「え?」


 どういうわけなのか――そう尋ねる間もなく、レリーナちゃんは僕の手を取り、自分の方に引き寄せ、そのままパクリと僕の指を口に咥えた。


「ちょ、何してんのレリーナちゃん」


「むぁ」


 僕は慌ててレリーナちゃんの口から自分の手を引っこ抜いた。

 びっくりした……。いきなりなんなのだレリーナちゃん……。


「もういろいろとわけがわからないよ……。いったいどうしたの……?」


「あれ? 違うの?」


「何がよ……」


 何が違うと……というか、違うよね。いきなり人の手をパクリと行くのは、どう考えても間違っているよね。

 相変わらずレリーナちゃんはフリーダムすぎて、僕も困惑しっぱなしだ。……ある意味で、さすがはレリーナちゃんと言ったところか、問答無用で僕がツッコミ側に回らされる数少ない相手である。


「お兄ちゃんは『水魔法』スキルを取得したんだよね?」


「え? あぁうん、まぁそうだけど……」


「お水を出せるようになったんだよね?」


「うん、出せるようになったね」


「そのお水を、飲んでもいいんだよね?」


「……うん?」


 水を飲む……?

 あー、そっか、そういうことか……。レリーナちゃんは、僕が『水魔法』で出した水を飲みに来たのか。


 ……いや、まぁ冷静に考えると納得できることではないんだけどね。

 僕が水を出せるようになったとして、『何故飲みに来たのか』、『それはわざわざ朝一番で訪ねてくることなのか』って疑問は当然湧いてくる。

 とはいえ、相手がレリーナちゃんだと考えた場合、なんだか全部納得できてしまうような気もして……。


「じゃあお兄ちゃん、そういうわけで」


「ダメだってば」


 レリーナちゃんがまた僕の手を吸おうとしたので、やんわり断った。

 理由はわかったけど、それは違うでしょ。何故手から直接吸おうとするのか。何をいきなり『アレク水』ならぬ『アレク吸い』を敢行しようとしてくるのか。


「まぁね、飲むのはいいよ。……うん、なんだか少し恥ずかしいけど、飲むのは別にいいんだ。でもさ、手から直接飲むのは変でしょ?」


「えー」


「えーじゃなくて」


 手から直接だなんて、そんな……。


 ……ふむ。例えばこれが、ジスレアさんだったらどうだろう。ジスレアさんが指から出した水を、僕が直接いただくとしたら……。

 おぉ? なんだか妙に怪しくて、なんだか妙な背徳感とかも味わえそうな――


「お兄ちゃん?」


「なんでもないよレリーナちゃん。コップを用意するから、それで飲んでくれるかな?」


「…………」


 なんでもないんだ。別に変なことは考えていないから、疑いの目で見ないでおくれレリーナちゃん。


「……あれ? そもそも飲んで大丈夫なのかな?」


「ん?」


「実はまだ僕も飲んだことがないんだけど、普通に飲んでいい水なんだよね?」


「飲んでない? まだ誰も?」


「あ、うん、まだ誰も飲んでないね」


「やった。私が一番だ」


 妙なところに食い付いてきて、ウキウキとした様子を見せるレリーナちゃん。……なるほど、わざわざ朝一番に来たのは、そういう理由もありそうだ。


「それよりさ、僕が気になっているのは水の安全性なんだけど、実際どうなんだろう。体に害があったりしないよね?」


「大丈夫じゃないかな。『水魔法』の水だし」


「そういうものなのかな……」


「それに、お兄ちゃんの水なら大丈夫。たとえ害があったとしても、私にだけは害じゃないはず」


「どういう理屈なのか……」


 というか、害があったら困る。本当にレリーナちゃんにだけ害がなかったとしても、他の人に害があるのは困る。


「んー。とりあえず母に聞いてみようかな。コップを持ってくるついでに、軽く聞いてみるよ」


「そう? あ、ミリアムさんにも飲ませちゃダメだからね? 私が一番になるんだから」


「うん、話を聞くだけ」


 まぁ本当なら僕が先に飲んで、安全を確認してから提供したいところなんだけどねぇ。僕か、あるいは父あたりに飲んでもらって、毒見が済んでからレリーナちゃんに提供したい。

 とはいえ、レリーナちゃんがそこまで一番にこだわっているのなら、そうしてあげたい気持ちもある。


「私が一番。――私がお兄ちゃんの一番なんだから」


「お、おう……」


 何やら意味深なセリフである……。何やら唐突に意味深なセリフで圧を掛けられたような気がする……。



 ◇



「大丈夫みたい」


 古今東西、『水魔法』の水で体を悪くした人はいないと母が言っていた。なのでまぁ問題ないのだろう。


「じゃあお兄ちゃん、いいのかな? お水を貰っていいのかな?」


「うん、ちょっと待っててねレリーナちゃん、今コップに注ぐから――」


「早くちょうだいお兄ちゃん。お兄ちゃんのを早く」


「う、うん……」


「――早くお兄ちゃんのを私に飲ませて!」


「…………」


 …………。

 ……いや、きっとこれは僕が悪い。そんなことを考えてしまう僕の方が悪いんだ。


 自らの汚れた心を反省しながら、僕はコップに手をかざし、『水魔法』を発動して水を注ぐ。じゃぶじゃぶ注いでいく。

 しかしすごいね。もう何度目かになる『水魔法』だけど、やっぱりすごい。軽く念じただけで水が出てくるんだから、やっぱり魔法ってすごい。


「さてさて、こんなもんかな。――うん、き通った綺麗な水だし、大丈夫だよね」


「じゃあお兄ちゃん、いいかな?」


「うん。飲んでみて」


「じゃあじゃあ――いただきます」


 水が注がれたコップをずいっとレリーナちゃんの側へ寄せると、レリーナちゃんは両手でコップを包むように持ち、大事そうにコクコクと飲み始めた。


 えらく神妙な所作だが、まぁ中身は普通の水なんじゃないかなって――


「あぁ……。お兄ちゃんだ。お兄ちゃんの味がする」


「どんな味よ……」


 なんかレリーナちゃんはうっとりしているけど、僕はやだよそんな味……。





 next chapter:ラタトスク君の凱旋がいせん

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180万文字突破(ノ*ФωФ)ノ

近況ノートにて、直近の振り返りなんぞを書いてみました。

よろしければどうぞ(ΦωΦ)✧

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