第583話 『水魔法』スキル


 ――念願の『水魔法』を取得した。

 その事実に気付くまでの過程が特殊すぎて、なんだか感慨に浸る暇もなかったのだけど、本来とても喜ばしいことである。


 というわけで、今まで僕に『水魔法』の指導をしてくれた母に報告しよう。きっと母も喜んでくれるはずだ。

 そう考え、母を探して家の中を歩いていると――


「母さーん、母さーん――――おぉ、母さん。あと父も」


 リビングにて、お茶を飲みながらくつろいでいる母を発見した。あと、ついでに父も発見した。


「どうかしたの?」


「実はね、母さんに報告があるんだ。それはそれは良い報告があるんだ」


「良い報告? 何かしら?」


「うんうん。それじゃあさっそく発表するね? 実はこのたび、私アレクは――『水魔法』スキルを取得しました!」


 大きなアクションを交えつつ、ババーンと盛大に発表した。

 さてさて、母の反応は如何に――


「まぁ! まぁまぁまぁ、やったわねアレク、素晴らしいわ!」


「いやいや、そんなそんな」


 母も大喜びである。母は興奮した様子で立ち上がり、僕の頭を撫でり撫でりしてくれた。

 ……どうでもいいのだけど、褒め方が幼い頃と変わらんな。


「ついに取得したのね。おめでとうアレク。私も嬉しいし誇らしいわ」


「全部母さんのおかげだよ。母さんが僕に指導してくれたから、こうしてスキルを取得できたんだ。ありがとう母さん」


「アレクも私の厳しい訓練によく耐えたわね。アレクがスキル取得の訓練を始めてから――かれこれ四年半くらいかしら? 今まで頑張ったわね」


「うんうん、僕もあの厳しい訓練に、どうに食らいついて――」


 ……いや、別に厳しい訓練ではなかったかな。

 母の『水魔法』訓練といえば、それはもう謎でしかないアイデア修行ばかりが思い起こされるが、『本当にこの訓練に効果があるのか』という不安こそあれど、訓練自体は別に厳しいものではなかった。ただただ謎なだけだった。


 しかし、あの謎訓練をこなしていった結果、こうしてスキルを取得できたわけで、やはり効果はあったのだな……。

 しかも四年半だ。通常は二十年掛かるところを、たったの四年半。むしろ絶大な効果を秘めた訓練だということが、今ここに証明されてしまった……。


「でも母さんは、四年で僕に『水魔法』を取得させてみせるって言ってくれたんだっけ? さすがにその約束は守れなかったなぁ……」


「まぁそれは仕方がないわね。なにせ、世界旅行があったもの」


「世界旅行?」


「確か、世界旅行の期間が一年あったのよね? その間は私も指導できなかったのだから、訓練期間から一年引いて――三年半。つまり、実質三年半でアレクに『水魔法』を教えた計算になるわ」


「……そうなの?」


 母からすると、そういう計算が成り立つの……?

 ……でも別に、世界旅行中も訓練はしていたけどね? 僕からすると普通に四年半で、なんなら今回のスキル取得も天界滞在中の出来事だったりするし、その滞在が一年あったわけで、下手したら五年半って計算が成り立ってしまうのだけどね?


 ……いや、まぁその辺りのことはいいか。あえて水を差すこともあるまい。

 母からしたらそうなのだろう。実際に母は三年半しか指導していない。その期間で僕にスキルを取得させたのだ。見事に有言実行だ。絶対に無理だと思われていたミッションを成功させてみせた。素晴らしいことである。おめでとう母。ありがとう母。


「そうかー。やったねアレク、おめでとう」


「あ、うん、父もありがとう…………ハッ!」


「ん?」


 朗らかな笑顔で祝福してくれた父だが……。父からすると、この結果は複雑なものかもしれない。あるいは、父の前では発表しない方がよかった可能性もありえる……。


「えっと、なんだか深刻な顔で僕を見ているけど、どうかしたのかな……?」


「あー、その……今回の報告、母にとっては喜ばしい報告だったと思うんだけど、父にとってはどうなのかなって……」


「え、どういうこと? 僕も心からお祝いしているけど……」


「なんというか……今回の『水魔法』スキルは、三年だか四年だかで取得できたわけでしょう? でも父が指導してくれた『剣』スキルは、八年掛かったわけで……」


「…………」


 父と母が同じように指導してくれた『剣』スキルと『水魔法』スキル。

 しかし取得までの期間には結構な差が付いており、この差について父はどう考えるのか……。


「まぁまぁ、気にすることはないわよ。そんなことを比べる必要もないわ」


「あ、うん、僕も気にしてないよ? 全然まったく気にしてないけどね?」


「三年と八年、倍以上の時間が掛かったけれど、別に比べなくてもいいわよね」


「…………」


「単純に指導力の差だとは思うけど、気にすることはないわ」


「…………」


 もはやあおりでしかないよ母……。



 ◇



 若干ギクシャクする場面はあったものの、とりあえずは三人で『水魔法』取得をお祝いし、それから僕と母は庭に出てきた。実際にスキルを発動する様を見てみたいと、母からの要望である。


「さぁアレク、三年半の指導の成果を私に見せてちょうだい」


「う、うん……」


 『訓練の成果』ではなく『指導の成果』とのことで、もはや僕よりも自分がメインになっている気がしないでもない母のセリフである。


「それじゃあさっそく――と言いたいところなんだけど、実はまだよくわかってないんだよね」


「わかってない?」


「鑑定でスキルの取得を確認しただけで、まだ実際に使ったことはないんだ」


 なんかいつの間にか取得していた感じなので、実際の使い方はよくわからない。実際に水を出したこともない。だもんで、いったいどうしたらいいものか。


「ああ、そうなのね。まぁ訓練と同じイメージでいいのではない?」


「訓練のイメージ?」


「例えば今までは、手で触れた水に魔力を流して操っていたと思うのだけど、そのイメージで」


「ふんふん」


 図らずも、抜群の指導力が証明された母の言葉だ。その言葉に従ってみよう。

 えーと、じゃあそうだな、指先にしようか。人差し指と中指で水に触れているイメージで……。そしてこう、触れていた水を操って、遠くに飛ばすイメージで――


「えい。――おぉ!」


「おー。できたわね」


 成功だ。『水魔法』スキルの発動に成功した。

 僕の指先からは、思い描いた通りにダバダバと水が流れていく。


「すごいなぁ……。水だね。母さん水だよ」


「そうね、やったわね」


 いやー、嬉しいねぇ。ついに僕は『水魔法』スキルを取得したんだ。その実感が、ようやく湧いてきた。

 利便性の高そうなスキルだし、これからは何度もお世話になるんだろうね。


「……ハッ!」


「ん、どうかした?」


「う、うん、ふと気が付いたんだけど――」


 これからは自分の意思で好きなだけ水を出せるし、水を使える……。

 そして自前で水を確保できるようになったということは――――人から水を貰う必要がなくなったということでもある。


 例えば世界旅行中なんかは、ジスレアさんから水をわけてもらい、その水を飲んでいたわけだが、これからはその必要もなくなってしまったわけだ……。

 水筒に注いでもらったジスレア水を、ちびちび味わうことももうなくなってしまったのだな……。


「アレク、何があったの? 何に気付いたの?」


「うん。ジスレ……あ、いや……」


 ……言えないやつだった。この気付きは、どう考えても人に話すべきではない気付きだった。


「……というか、違うから」


「……何が?」


 違うんだよ母さん……。別に僕は、そんな変態的な嗜好を持っているわけではないんだよ……。

 ただ単に、これからはジスレアさんやユグドラシルさんやディアナちゃんから水をわけてもらう必要はなくなったのだなと、そう気付いただけなんだ。ただそれだけで、別にそのことを残念がっているわけではないんだよ母さん……。





 next chapter:お兄ちゃんのお水

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