第576話 解き放たれたアレク君


 一通り挨拶が済んだところで、隅っこにどけていたテーブルを元に戻し、四人が席についた。


 ――席についたのだ。四人がそれぞれの席についた。

 天界にいるときのように、ディースさんは僕を膝の上に乗せようとしてきたが、今回ばかりはさすがに遠慮した。こればっかりは本気で拒んだ。そんな姿をユグドラシルさんやナナさんに見られるわけにはいかない。


 そんなやり取りはあったものの、ディースさんは僕の隣で幸せそうにニコニコと笑っている。

 まぁそうよね。いつもなら今頃、僕が下界に戻ったことにより、ディースさんは天界で一人しょんぼりしていたのだろう。しかもミコトさんまで下界に行ってしまい、それはもう大層なしょんぼり具合だったはずだ。

 しかし今はこうして一緒に下界に降りることができる。そりゃあディースさんもニコニコだ。


 そう考えると、やっぱりディースさんに召喚獣ボールを使うことができて良かったな。召喚獣ボールを引き当てることができて良かった。ディースさんに喜んでもらえて良かった。


「ところでマスター」


「うん?」


「結局のところ、召喚獣ボールとはどういうものなのでしょうか? どのような仕様なのでしょう?」


「あー、それはねー……」


 チラッと横を見たが、やはりディースさんはニコニコしているだけで何も語らない。

 ルーレットの景品について詳細は語れないという神のルールは、召喚獣となった今でも変わらないようだ。


 ……まぁ今回ばかりは相当ヒントを出してもらったけどね。是が非でも召喚獣になりたかったであろうディースさんは、天界にいる間に、それとなく召喚獣ボールの答えをほのめかしてくれた。

 大シマリスのモモちゃんが『対象に投げることで、おそらく召喚獣を増やせるはず』と主張したときにも、『そうね。きっとそうなんじゃない? 私にはそれが正解に思えるわ』みたいなことを言っていたし――


 ……今思うと、それはヒントではなく、むしろ答えそのものではなかろうか?


「先ほどのディース様の召喚を見たところ、通常の召喚と変わらないように思えました」


「まぁそうだね」


「ボールに押し込められているわけではないのですか? てっきり『君に決めた』とかなんとか言いながら、召喚獣ボールを投げて召喚するのかと思ったのですが」


「……そういうんじゃないんだよねぇ」


 さすがにそこまでどこぞのモンスターのボールをパクっているわけではない。


「つまりは単純に、ボールを当てた相手を召喚獣にできるっぽいみたいよ? 当てた相手と契約できる感じかな」


「ほほう? ではやはりモモちゃんやミコト様と同じ召喚獣ということですか? その面子に続き、ディース様が加わったということでしょうか」


「そうだね。そんなふうに召喚獣を増やせるみたい」


「なるほどなるほど」


「そして、この召喚獣ボールが使えるのは――一度だけ。一度使うとなくなってしまう」


 ディースさんに使ったところ、ボールはディースさんに吸い込まれるようにして消えてなくなった。再利用はできないらしい。


 というわけで、残りのボールはあと二つ。あと二回召喚獣を増やすことができる。

 いったいどの相手を召喚獣にするかという話だが……まぁこれは追々考えていこう。いろいろと悩みどころだ。悩みどころしかない。たくさん悩んでから結論を出そう。


「そうね、だから私としては、貴重な三つのうちの一つを使わせてしまったことに申し訳無さを覚えるのだけれど……」


「いえいえ、そんなふうに気に病まないでください」


 とかなんとか言いつつ、むしろディースさんはゴリ押しに近い形で立候補していた気もするが……。

 でもまぁ、ここは普通にディースさんだよね。そこに僕も異論はない。


「どう考えてもディースさんは最優先でしょう。例え召喚獣ボールが一つだけだったとしても、間違いなくディースさんに使っていましたよ」


「そう? そうなのね? 嬉しいわ。アレクちゃんがそう思っててくれて嬉しい」


「あ、えっと、ええはい……」


 それはまぁ、ディースさんが喜んでくれるのは僕としても喜ばしいことなのですが、でもそうやって人前で抱きついてくるのはなんといいますか……。ええあの、視線がですね……。冷たい視線を感じるのですよ……。


「……さておき、それでこのディースをどうするかじゃな」


「どうする? と言いますと?」


「ミコトのときと同様に、アレクの召喚獣と公表はしないつもりなのじゃろう?」


「あ、そうですね、さすがにそれは……」


 なにせ創造神様だしな。なんで創造神様が僕の召喚獣なのか、そんなのどうやったって説明ができない。


「ふむ。ミコトのときと同様に、わしの友人ということにしても構わんぞ?」


「おお、そうですか? それはありがとうございます。助かります」


 いつもながら、困ったときには毎度助けてくれるユグドラシルさん。ありがとうユグドラシルさん。

 うんうん。実際にディースさんがユグドラシルさんの古い知人で友人なのは間違いないわけだし、そういう意味では話もスムーズに進みそうだ。


「ではそうですね――いったん村の外まで移動しますか。外で改めてディースさんを召喚しますので、それから村を案内する形で、ユグドラシルさんとディースさんが村へ来訪してくれたら」


「うむ。わかった。どうする? 今からさっそく行動するか?」


「ですね、そうしましょうか」


 ミコトさんのときは、なんだかんだグダグダして、再召喚まで二週間ほど掛かってしまったからな。そしてミコトさんには、『我が名はミコト。悠久の時を経て、今ここに再び現界した』とかなんとか嫌味を言われた気もする。

 今回はそんなことがないように、サクサクと行動していこうじゃないか。


「それで、ディースとともに村へ来て――まずはこの家に寄ることになるかのう」


「あー、やっぱりそういう流れになりますかね」


 まぁここが村長宅だからね。まずはここに来て、ここで挨拶することになるだろうか。

 しかし父と母は、どんな反応を示すのだろう……。特に母だ。母がディースさんに対し、何を思い、何を話すのか……。


「自称巨乳のお祖母様と、正真正銘爆乳のディース様が対面したら、いったいどんな化学反応が起こるのか、今から少し楽しみですね」


 恐怖でしかないわ……。





 作戦会議が終わり、僕はすぐにディースさんを送還し、それからユグドラシルさんと一緒に森まで移動し、再びディースさんを召喚した。

 その後は――


『では、よろしくお願いします』


『うむ。任せておけ』


『じゃあまたね、アレクちゃん』


 ――てな会話があった後、僕は二人と別れ、ひとまず僕だけ先に自宅の部屋まで戻ってきた。


「はてさて、それにしても本当に大丈夫なのだろうか……」


 ベッドにごろんと横になりながら考える。

 実際のところ、人界の創造神様がエルフ界ではどういう存在なのかいまいちわからん。村の人達がディースさんにどういう反応を示すのかも、いまいちわからん。


 それより何より、ナナさんも言っていたことだが、やはりディースさんといえば村の女性エルフとは一線を画すスタイルの持ち主なわけで、果たしてその辺りがどうなってくるか……。もしかしたら大変な騒動になってしまうかもしれない……。


「まぁユグドラシルさんが一緒だし、滅多なことにはならないと思うけど……」


 そんなことを考えながら、ベッドからぼんやりと天井を眺めていると――


「……うん? あれ?」


 いつもなら、僕がこうしてぼんやり天を見上げていたら、それすなわち僕も天から見下されているということだ。

 だかしかし――今は僕を天から見下ろしているディースさんはいない。今ディースさんは僕と同じ下界にいる。


「ということは……今は誰にも見られていない?」


 転生してから今までの十九年間、僕はずっと見られていた。非常に厳格な監視体制を敷かれていた。


 しかし今――その監視が解かれた!

 自由だ! 僕は今、自由を手に入れたのだ!


「お、おおぉぉぉぉ……! なんということだ! なんかいきなり自由を手にしてしまった! すごい、すごいぞ! なんて解放感だ! 僕は解き放たれたんだ!」


 ベッドから跳ね起き、床に降りて、わーいわーいと小躍りした。

 誰も見ていないのをいいことに、僕がどれだけの解放感を味わっているか、全身で表現してみた。そんな舞を踊り始めた。


「なんだろう。どうしたらいいんだろう。なんかもうすごい解放感で、僕自身戸惑っている」


 とりあえず服を脱ぎ捨て、さらに情熱的に舞い続ける僕。


「なにせ今まではずっと見られていたからな。十九年だぞ十九年。でも今は違う。今は誰にも見られていない。天界には誰も…………うん? んんん? え、いやでも……あれ?」


 確かに今ディースさんは下界に召喚中で、ディースさんに見られることはない。

 それは間違いないのだけれど……だがしかし、天界に誰もいないかといえば、別にそうではなくて――


「…………」


 僕は無言で脱ぎ捨てた服を拾って着てから、呪文を唱える。


「……『召喚:ミコト』」


 呪文の後、床からにゅっと現れるミコトさん。

 うん、そうだった。天界にはミコトさんがいたんだった。


「えっと、あの……とりあえず召喚させてもらったのですが、ミコトさんは今まで――」


「あ、いや、何も見てない」


「…………」


 じゃあもう見てたじゃん……。第一声でその言葉が出てきたということは、突然奇行に走った僕を、しっかり全部見ていたということじゃないか……。


「う、その……すまないアレク君、実は今まで天界からアレク君を見ていたんだ」


「そうですか……」


 いたたまれなくなったのか、あっさり自白を始めたミコトさん。やっぱり見ていたらしい。

 なんなら僕的には、何も見ていなかったという嘘をつき続けてほしかったところだけど……。


「アレクちゃん視聴室で、大シマリスのトラウィスティアと一緒に見ていたんだ」


「トラウィスティアさんもですか……」


 そうか、そうなんだな。二人で僕の痴態を……。


「あと、ウェルベリアとレーテーも見てたかな……」


「…………」





 next chapter:メイユ村に走る、創造神ディースの衝撃

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