第573話 ユグドラシルさんは見た!

※『第573話 ユグドラシルさんは見た』の予定でしたが、都合により予定を変更してお送りいたします。誠に申し訳ございません。

―――――――――――――――――――――――――――――――――


「……ん」


 んー、朝かな? 朝っぽい。まぶしい。

 じゃあ起きようか……。うん、起きよう。


 まだ若干ぼんやりとしつつも、起床を決意した僕が、うっすら目を開けると――


「……うん?」


 あれ? えっと、どこだここ……。わからない。寝て起きたら、なんか知らない場所にいた。


「知らない天井だ……」


 見上げた天井は、見覚えのないもので…………ハッ! いや待て、違う! ここは――僕の部屋だ!


 そうか、帰ってきたのか! 一年ぶりの帰還だ! 一年ぶりの自宅の自室!

 知っている! 知っているぞ! あれは僕の部屋の天井! あれは――知っている天井だ!


「おや、おはようございますマスター」


「おお!?」


 僕がベッドから体を起こすと、すぐ隣から声を掛けられた。

 この声は――


「ナナさん! 君は、僕と同じダンジョンを共有するダンジョンマスターで、僕の娘を自称するナナさんじゃないか!」


「はい? ええまぁ、確かに私はそのナナさんですが……。どうしました? 何故そんなに説明的なセリフを……?」


 なにせ一年ぶりだからね! みんなに説明しないと!


「いやー、久しぶりだねナナさん。再会できて嬉しいよ」


「はぁ……」


 手を取り合ってわーいわーいと再会を喜ぶ僕達。……まぁ、このテンションで喜んでいるのは僕だけのようだが。

 まぁナナさんからすると全然久しぶりじゃないんだろうね。ずっと隣にいた感覚だろうし、そもそも再会ですらないかもしれん。


「あ、そういえばユグドラシルさんは? 確かルーレット前に来てくれて、僕を見送ってくれたよね? なんかもうだいぶうろ覚えだけど」


「うろ覚えですか……?」


 なにせ一年前なので、記憶も朧げ。


「いったいどれだけの期間天界に滞在していたのか、若干気になるところではありますが……さておき、ユグドラシル様はそちらに」


「ん? おぉう」


 ナナさんに言われて振り向くと、僕の隣でユグドラシルさんがスヤスヤと眠っていた。

 ふーむ。つまりまた同じベッドで三人寝ていたのか。


「む……。うむ……?」


「あ、起きた」


 すぐ隣で散々騒いだせいか、ユグドラシルさんも目をこすりながら起き出してきた。


「おお、アレク。――ハッ! アレク! アレクよ!」


「え? あ、はい、アレクですが」


 ユグドラシルさんが興奮した様子で僕に語り掛けてきた。僕の名前を呼びながら、バシバシと僕の腕を叩いてくる。

 結構なテンションだなぁユグドラシルさん。なんなら一年ぶりの僕を上回るテンションである。


「見た! わしは見たのじゃ!」


「見た?」


「アレクが消える瞬間を、しかと見た」


「あ、そうなのですね」


 そっかそっか。僕が転送される瞬間をしっかり見届けられたのか。それは何よりだ。


「しかし、アレクが消えたのはずいぶん長い間で……」


「ほー?」


 一年も転送されていたからか、どうやら消えている時間も長かったらしい。


「――そしてその瞬間に、モモも消えたのじゃ」


「モモちゃん? あ、そうですね。モモちゃんも呼びましたね」


 天界に転送されて、少ししてから大シマリスのモモちゃんも呼び出した。おそらくその時点で下界のモモちゃんは消えたのだろう。


「しかしその後、ほんの一瞬だけ……一瞬の一瞬だけモモが再び現れ、そして消えたのじゃ……!」


「ん? あっ……」


 あぁ、そうか……。下界ではそんなことになっていたのか。

 そしてユグドラシルさんは、そんなモモちゃんすらも見逃さなかったようで……。


「あれはいったいなんじゃったのか……」


「えっと、あれは……」


 そうね、おそらくは……うっかりルーレットを回し忘れたまま僕が帰ろうとして、そのとき犠牲になったモモちゃんだね……。



 ◇



「必至にレベリングを重ね、ようやくレベル40に到達し、チートルーレットのために天界へ向かったと思ったら――まさか何もせずに帰ろうとするとは、いったい何をしているのですかマスター」


「ぐむ……」


 僕の身代わりになってくれたモモちゃんのためにも、どうにか隠し通したい気持ちはあったのだが……上手い言い訳も思い付かず、結局洗いざらい白状させられてしまった。


 ……でもまぁ、実際に僕が現れるよりはマシだったのかな。何もせずに帰ってきて、その場でルーレットはどうだったのかと問われて狼狽うろたえるよりは、この方がなんとなくマシだった気もする。

 というわけで、モモちゃんの犠牲は無駄にならなかったはずだ。モモちゃんに感謝。ありがとうモモちゃん。


「まぁその、確かにうっかり忘れちゃったんだけど、なにせ一年という滞在期間があったもので……」


「一年ですか……。ええまぁ、それならば仕方ないかなという気がしないでもないですが」


「おぉ?」


 おー、わかってくれる? そうだよね。仕方ないよね。だって一年だもの。


「なにせマスターですからね。だとすれば、むしろ忘れて当然です」


「……うん?」


 フォローしてくれたようで、最終的にはやっぱりディスられたような……?


「しかし一年とは、ずいぶん長いこと滞在していたようですね」


「そうだねぇ。まさかこんなに長くなるなんて、さすがに僕も予想していなかったよ」


「マスターの人形と、ディース様の神像と……ウェルベリア様でしたか? その女神様の神像作りですか」


「うん、今回天界で知り合った女神様のウェルベリアさん」


「まさか天界にも現地妻を作るとは……さすがですマスター」


「いやいやいや……」


 現地妻て……。相手は女神様よ? 女神様を現地妻扱いは、さすがに不敬でしょうよ。


 でもまぁ、知り合えたことは良かった。次の天界転送がより楽しみになった。

 そして次は、さらに多くの女神様と知り合いになれたらいいなって、そんなことをこっそり思ってしまったり……。


「とにかくさ、天界でもいろいろあって、それにともない下界でもいろいろ起きたみたいだけど――ちなみに、ナナさんはどうだったの?」


「何がですか?」


「僕が消えたところとか、モモちゃんが消えたり現れたり消えたりしたところとか、ナナさんも確認できた?」


「わかりませんよ。特に今回はマスターの消えていた時間が長かったとのことですが、私にはどちらもわかりませんでした」


「ほー、そんな感じなんだ」


 一年滞在でも無理なのか。やっぱり普通の人じゃ判別不可能なレベルなんだね。


「ぼんやりマスターを見ていたら、突然ユグドラシル様が、『む、長……モモもモモがモモも!?』などと言い出して、いったいどうしたのかと驚きました」


「そうなんだ……」


「バグったかと思いましたよ」


「バグて」


 なんて言いようだ……。おそらくだけどユグドラシルさんは、『む、今回の転送は長いのう……』『おぉ、モモも消えた』『むむ! モモが再び現れた!? そして再びモモも消えた!?』――的なことを言いたかったのだろう。


「あるいは新手の早口言葉かと」


「確かにそんな感じだけど……」


 すももももももみたいなやつね。


「モモは本当に一瞬じゃったのう。わしですら見間違えかと思ったくらいじゃ」


「ほー、そうでしたか」


 それが見間違いなどではなく、しっかり見極められていたことを確認できて、なんだかホクホクしているユグドラシルさん。ええまぁ、ユグドラシルさんが楽しそうで何よりです。


「――でじゃ、肝心のチートルーレットもしっかり終わったのじゃな?」


「あ、はい、ちゃんと終わりました。ちゃんと回してきました」


「ふむ。今回はどんな景品かのう? スキルか? アイテムか? それとも他の何かか?」


「今回はアイテムですね」


「ほほう? そうか。となると……これからいろいろ考えねばならんわけじゃな?」


 あー、うん、確かに今まではそうだったね。例えば単純そうなアイテムの回復薬セットも、実際の効果を調べるのにはずいぶん時間が掛かった。タワシなんて、未だに効果がわからない。


 そういう意味では今回の召喚獣ボールも、効果を解明できるまでもっともっと時間が掛かりそうなものだけど――


「しかしながら……」


「む?」


「今回のアイテムは、すでにその効果を完璧に理解しております」


「むむ? そうなのか?」


「そうなんですよ……」


 まぁね、理解していると言うかなんと言うか……理解するまで帰してもらえなかったと言うか、理解して実際に使うまで帰してもらえなかったと言うか……。





 next chapter:謎が解明された二つのボール

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