第572話 謎の三つのボールと、謎の一杯のジュース


 ――召喚獣ボール。

 この景品により、おそらくボールを召喚できるようになるのだと予想した我々三人であったが……どうやらこの予想は外れてしまったらしい。


 無念である。あってると思ったんだけどねぇ。三人が三人とも同じ意見で、これはもう間違いないと確信すらしていたのにねぇ。


「それと――これね」


「おお? あ、そうなんですか、飲み物もあるんですね」


 ボールが入った籠の隣に、ディースさんが右手に持っていたコップをことりと置いた。

 なるほどなるほど、飲み物も付いていたのか。籠のボールに気を取られて、というかボールの件がショックすぎて、うっかり見逃していた。


 ふむ。しかしこれはまた意味深な展開だ。ボールというアイテムに加えて、いつものジュースか。果たしてこれをどう考えるか……。


「えぇと……じゃあとりあえず飲めばいいんですかね」


「そうね、グイッといっちゃって?」


「はぁ……」


 ディースさんに勧められるがままコップを手に取り、中の液体を眺める。

 というか、いつもそうだな。チートルーレット時には、ほぼ毎回何かしら飲まされているね……。


 今までのルーレットで、逆にジュースを飲まなかったのはタワシや回復薬セットといったアイテム景品だけのはずだ。

 スキルの取得では毎回ジュースを飲まされているし、レベル5アップボーナスやポケットティッシュでも飲まされた。そして、その度に僕の体に何かしらの変化が起きていると考えると、なんかちょっと怖くなってくるね……。


「どうかした?」


「あ、いえ、なんでもないです。飲みます」


 まぁ結局のところ、飲むしかないのだ。ここで飲まない選択肢はありえない。

 というわけでコップに口を付け、グイッと飲み干す。


「……うん、美味しいです」


「そう、よかったわね」


 味としては、前に飲んだ『召喚』スキルのジュースと同じものに感じる。

 ミックスジュースっぽい味だ。様々なフルーツが混ざりあったような味わい。


 たぶんこの味こそが、『召喚』スキルの味なのだろう。多種多様な召喚獣を使役できる『召喚』スキルの特性を、多種多様なフルーツを用いて作るミックスジュースで表現しているのだ。

 ……てなことを考えたりしているのだけれど、実際はどうなんだろ。


 まぁ実際のところはわからんが、『召喚』スキルと同じミックスジュースってのは大きなヒントだね。

 これで今回の景品は、『召喚』スキル関連の何かだということが予想できる。


「――さて、アレク君」


「え? あ、はい、どうかしましたかミコトさん」


 僕がミックスジュースを飲み終わり、コップをテーブルに戻したところで、ミコトさんがこちらに熱い眼差しを向けてきた。


「こうして飲み物を飲んだことで――ボールを召喚できるようになったと私は予想するのだが、どうだろう」


「…………」


 諦めてなかったのか……。

 すぐ目の前に謎の三つのボールがあるというのに、それらをガン無視して、まだボール召喚の可能性を追い求めているのか……。その幻想を、まだ捨てきれずにいるのか……。



 ◇



 そうしてミコトさんにボール召喚の実験を強要されたわけだが――案の定ボールの召喚はできなかった。


『召喚:ボール』


 ――などというセリフを叫ばされたりもしたが、やはり何も起こらなかった。


「さて、問題はこのボールですね」


「そうだなぁ……」


 何やら隣で意気消沈しているミコトさんがいたりもするが、とにかく検証を続けていこう。

 問題はこのボールだ。二色に色分けされた謎のボール。上半分が赤で、下半分が白に塗られたボールが三つ。

 ……というか、どっかで見たような配色だな。


「これって、三つのうちからどれか選ぶとか、そういうわけでもないんですよね」


「三つともアレクちゃんのものね」


「なるほど……」


 そうなのか、三つ全部貰っていいのか。

 まぁこの三つが多いのか少ないのかも、今の段階ではよくわからんね。


「触っても大丈夫ですよね?」


「んー」


「……そうですか」


 僕の問い掛けに、ニコニコしたまま答えてくれないディースさん。いつものあれだ。景品についての詳細は語れない決まり――神のルールだ。


 でもさ、触るのは大丈夫だよね。さすがにそれは大丈夫なはず。いきなりパカッと開いて、手を噛まれるようなことはないはず。


 ……ないはずなのに、おかしな想像をしたら、無駄にちょっと怖くなってしまった。

 怖いので、おそらくは開かなそうなボールの真上付近に指を伸ばして、ちょんちょんとつついてみる。


「……何も起こりませんね」


 大丈夫っぽい。噛んだりはしなさそう。なので、とりあえず三つの中から真ん中のボールを拾い上げてみる。

 ふむ。すべすべしてる。プラスチックっぽい材質で、そこそこ重さがあるな。


「中が開いたりするのかな?」


「あー、ちょっと待ってください。やってみましょう」


 二色に色分けされているので、その境目から開いたり、あるいは回して外れないかと試してみるが――


「んー、ダメですね。開かないです」


 開かないね。もしかしたら中に何か入っているのかと思ったけど、そういうわけでもないのか。

 はてさて、じゃあなんだ? どうしたらいいんだ? このボールをどう使うのか、このボールで何ができるのか。


「そうですね、それじゃあ後は――下界で検証してみようかと思います」


「……え?」


「はい?」


 そんなに驚かれても……。なんというか、これはいつもの流れじゃない? ディースさんは景品を説明できない決まりだし、なのでとりあえず一旦持ち帰って検討する流れ。

 今回は特に難問っぽい雰囲気だし、下界で待っているユグドラシルさんやナナさんに意見を求めたいところなのだけど――


「待ってアレクちゃん!」


「ぐぉ」


 ディースさんが血相を変えて、僕に抱きついてきた。

 抱きついて抱きしめて、ぎゅうぎゅう絞り上げてくる。 


「行かないで! もうちょっと考えてみましょう!? この場所でもうちょっとだけ!!」


「えっと、あの……」


「どうか行かないでアレクちゃん!」


 行かないでも何も、転送をしてくれるディースさんに止められたら、僕としてはどうしようもないのですけどね……?





 next chapter:ユグドラシルさんは見た

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