第570話 チートルーレット Lv40


「……うっかりしてましたね」


「そうねぇ……」


 僕もディースさんもうっかりしていた。

 ――うっかりチートルーレットのことを忘れていた。


 チートルーレットのために天界へやってきた僕だったが、うっかりチートルーレットのことを忘れて帰ろうとしてしまった。

 そしてディースさんもまた、チートルーレットのために僕を天界に転送したはずが、うっかりチートルーレットのことを忘れて僕を下界に転送しようとした。


 ……でもまぁ、それも仕方がないことだとは思わないか? なにせ一年だ。一年間僕は人形を作り続け、人形の完成を目標に頑張ってきたんだ。そんな目標を掲げて生きてきたのだから、元々の目的を忘れてしまうのも仕方ないじゃないか……。


 というか改めて考えると、この一年はなんだったんだろうな……。

 本来チートルーレットとは、そういうものじゃなかったはずだ。規定のレベルに到達したら天界に呼ばれ、ルーレットを回して景品のチートを貰ったら下界に帰る。――本来チートルーレットとは、そういうシステムだったはずだ。

 なのに何故僕は、一年間も普通に天界で生活していたのか……。よくよく考えると、だいぶ謎な状況に陥っていたような気もする……。


 さておき、とりあえずそんな感じで、僕とディースさんはうっかりしていたわけだが――


「兎にも角にも――ありがとうラタトスク君」


「キー」


 僕達のうっかりに、大シマリスのラタトスク君だけは気付いていたらしい。ルーレットを忘れていることに気付き、どうにか僕達を止めようと奮闘してくれた。

 ディースさんが転送の光を――転送ビームを僕達に向けて放った瞬間、ラタトスク君は後ろから押さえていた僕の手を振りほどき、その身をビームに投げだした。


 なんという自己犠牲の精神だろうか。ラタトスク君は僕を庇ってくれたのだ。

 身をていして僕を庇い、一人でビームを受け……そしてラタトスク君は下界へと転送されていった。


 ちなみに、そんなラタトスク君の美しく献身的な行為も、そのときの僕とディースさんにはわけがわからず、二人で『ラタトスク君はいったい何をしているのか……』なんて話をしていた。

 それから僕がラタトスク君を天界に召喚し直し、事情を聞き、そこでようやく僕達はすべての状況を理解した。……今ならばわかる。『いったい何をしているのか』は、むしろラタトスク君のセリフでしかなかったのだ。


「キー」


「いやいや、そんなことないって、助かったよラタトスク君」


 ディースさん曰く、もしもこれで本当に帰っていたとしても、さすがにもう一度僕を天界に転送していたとのことだ。――だが、そうは言っても今回のラタトスク君の行為が無駄だなんて思わない。

 ラタトスク君の気持ちはとても嬉しいものだったし、それより何より――


「これでうっかり帰っていたら、ナナさんやユグドラシルさんになんて言われていたことか……」


「キー……」


 チートルーレットに向かった僕が、何もせずに手ぶらで帰ってくるとか、二人からしたら本当にわけがわからないだろうからね……。

 僕のうっかりが二人にバレずに済んだことに、何よりもホッとしている。


「――そもそも、私抜きで帰還の儀式を始めるとは、いったいどういうことなのか」


「あー、すみませんミコトさん。ようやく人形が完成して、目標達成の勢いそのままに帰還する流れになってしまいまして……」


 その場の勢いってやつなのかなぁ。僕もディースさんもあんまり冷静じゃなかったかもしれない。僕達がもうちょっと冷静だったなら、ラタトスク君の様子にも気付いていたかもねぇ。


「……別にいいじゃない、ミコトはすぐに下界でアレクちゃんと再会できるのだから」


「いやいや、それはそうかもしれないけれど、私がいたら、ルーレットを忘れてアレク君を転送させるなんてことはなかったはずだ。二人のうっかりにすぐさま気付き、止めていたはずだ」


 ……そうなのかな?

 一連の騒動が落ち着いて、ひとまずミコトさんを呼んだときには、『うん? 人形はもう出来たんだろう? 帰ってはダメなのか?』みたいなことを言っていたと思う。まさしく僕達と同じうっかりをしていたと思うのだけど……。


 ちなみにだが、ミコトさんは――


『……ハッ! もしもこれでアレク君が出戻りとかになっていたら、私の神像制作が始まっていたかもしれない!?』


 ――なんてことも言っていた。


 まぁそうなっていたのかなぁ……。『次回天界に来たとき作る』って約束していたものね。

 思いも寄らない展開から、その次回がすぐさまやってきて、そのまま四ヶ月延長コースだったかもしれないわけだ……。


「さて、それじゃあ気を取り直してチートルーレットを始めましょうか」


「あ、はい、お願いします」


 なんやかんやあったけど、ようやくチートルーレットの開始である。

 一年八ヶ月ぶりに天界へやってきて、一年八ヶ月ぶりのルーレットかと思いきや、結果的に二年八ヶ月ぶりのルーレットになって、危うく三年ぶりのルーレットになりそうだったチートルーレットが、いよいよ始まる。


 さてさて、果たして今回はどんな景品が手に入るのか――


「――パ◯ェロね」


「はい?」


「私の予想では、いよいよパ◯ェロが来るでしょうね」


「そうですか……」


 パ◯ェロなぁ……。それはどうなのかな……。


「今まさに、その流れが来ていると思うの」


「ん? 流れですか?」


「つい最近――パ◯ェロの生産が復活したの!」


「え? あ、そうなんですか。へー」


 今はそんなことになっているのか……。いつだったかディースさんから聞いたのは、『すでに日本では販売しておらず、もうすぐ海外での販売も終了する』なんて話だったはずだ。

 それで、どことなく寂しい気持ちを抱いた記憶があるが、そこからまた展開が変わり、どうやら今度は生産復活するらしい。どことなく嬉しい気持ちになる。


 そっか。それじゃあ――あるな。パ◯ェロもありえる。僕もそういう流れな気がしてきた。


「はい、アレクちゃん」


「おっと、ありがとうございます」


 なんとなくパ◯ェロに思いを馳せている間に、ルーレットの準備が進んでいた。僕もディースさんからダーツを受け取り、スロウラインまで進んでいく。

 ちなみにだがダーツの羽には、ディースさんとミコトさんとウェルベリアさんとレーテーさんが描かれていた。デフォルメした女神様達が描かれているダーツ。いいなこれ、ちょっと欲しいな。


「さて、準備はいいかしら?」


「大丈夫です。お願いします」


「――頑張れアレク君!」


「キー!」


「ありがとうございますミコトさん、ありがとうラタトスク君」


 二人の声援に応えつつ、僕はダーツを構え、開始の合図を待つ。

 そして、ディースさんがルーレットに手を掛け――


「それじゃあ行くわよー。チートルーレット――スタート!!」


「パー◯ェーロ! パー◯ェーロ!」


「パー◯ェーロ! パー◯ェーロ!」


「キー! キー!」


 回転するルーレットと、鳴り響くパ◯ェロコール。

 ありがとうラタトスク君。僕にはわかる。ラタトスク君もしっかりパ◯ェロコールを送ってくれているのが、僕にはわかっている。

 ただ僕は、別にパ◯ェロを求めているわけではなかったりもするが……!


 そんなことを考えながら、あるいは余計なことは考えないように苦労しながら、僕はルーレットボードに向かってダーツを投擲した。


「やー」


 いつもの掛け声とともに放った僕のダーツは――――見事ボードに的中。


「……よしよし、なんとか今回も無事成功ですね」


「お疲れ様アレクちゃん」


「ありがとうございます。ではディースさん、よろしくお願いします」


「ええ、それじゃあ確認するわね」


 そう言って、ディースさんはボードを覗き込んだ。

 さぁ今回の景品は何が当たったのか、ウキウキしながらディースさんの様子を伺っていると…………え、あの、ディースさん?


 後ろ向きのため表情は見えないが、ディースさんは後ろ姿だけで異様な雰囲気を醸し出してきた……。

 何? なんなの……? いったい何がどうしたの……?


「……来た」


「はい?」


 来た? え、来たってのは、まさか……パ◯ェロが!?


「来たわ! ついに来た! ――私の時代が来たの!!」


「うん……?」


 どうやら別にパ◯ェロが来たわけではないらしい。

 しかし、ディースさんの時代とはいったい……。


「……あの、ひとまず何が当たったか教えていただけますか?」


「あ、そうね。そうよね。まずは発表しなきゃよね。ごめんなさい。なんだかもう、それどころじゃなくなっていて――そうなの、もうそれどころじゃないの! いえ、それどころじゃないというか――むしろまさに、そこのところなのだけど!」


 テンション高いなぁディースさん……。ちょっと何言ってるかわかんない……。

 何もわからんけれど、とりあえずディースさん的に何かどえらいものが当たったらしい。

 そんなディースさんが狂喜乱舞する、今回のルーレット景品とは――


「おめでとうございます! 本当の本当におめでとう! ――――召喚獣ボール、獲得です!!」





 next chapter:謎の三つのボール

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