第568話 三体の等身大人形


 天界での日々も――三ヶ月が過ぎた。

 あれよあれよという間に三ヶ月である。


 確か前回のチートルーレットでは、天界に一週間程滞在したはずだ。当時は一週間でも結構な長期滞在だと思ったが、今回はその前回をゆうに超える滞在期間となっている。超長期滞在となってしまっている。

 しかもこの滞在は、これからまだまだ伸びる予定で、どれだけ伸びるかすらもわからない状況だ。そのことを、ちょっぴり不安に思ったりもするが……。


 でもまぁ、自分で決めたことだしな。ディースさんのために頑張ろうと自分自身で決めた超長期滞在だ。

 だから頑張ろう。頑張って等身大アレク人形と等身大ディース神像を完成させるのだ。


 そんな意気込みで、今日も今日とて人形制作。ちなみに今は等身大アレク人形を制作中だ。ディースさんはどちらからでもいいと言っていたので、自分の人形を先にした。

 やっぱりディース神像の方が作っていて楽しいからね。それならばアレク人形を先にした方がいいだろう。僕は好きな食べ物を後回しにするタイプの人なのだ。『俺、このアレク人形が終わったらディース神像を作るんだ』という心持ちなのだ。


「なぁアレク君」


「はい?」


 僕がいつものように益体もないことばかり考えながら作業を進めていると――ソファーに体を預け、ビッグサイズのポテトチップスをもっしゃもっしゃと頬張っていたミコトさんに声を掛けられた。

 ……別にいいんだけど、女神としてその姿はどうなんだろうって気がしないでもない。


「どうかしましたかミコトさん」


「ちょっとアレク君にお願いというか、話を聞いてほしいのだけど」


「はぁ」


 はて、なんだろう? わからんけど、とりあえず僕にできることならば喜んで。

 まぁ同じような話の切り出し方からディースさんは僕に等身大神像を注文してきたけど、さすがに今回は違うと――


「私も等身大の神像が欲しいんだ」


「…………」


 なんか予想が的中してしまった……。

 ミコトさんもなの? まさかの三体目? 天界で三体の等身大人形を作れと言うの……?


「えっと、そうなんですか? ミコトさんも等身大神像を?」


「ふと気が付いたんだ。今はアレク君の人形を作っていて、次はディースの神像を作って……私だけ除け者じゃないか」


「いやいやいや、別に除け者にしたつもりはないのですが……」


 みんなの人形を作ろうって話でもなくて、二体の人形をディースさんが希望しただけで……というか、本当はどっちか一体だったところを、ミコトさんがどっちも作れと言ったのですよ?


 それに、それを言うならラタトスク君もそうでしょう?

 今回も天界に召喚した大シマリスのラタトスク君。今はソファーですやすやと眠っているが、別に今回の天界滞在でラタトスク君の等身大人形を作る予定はない。

 だからミコトさんだけを除け者にしたわけではなく…………いや、やめよう。やっぱりそれは言わない方がいい。『じゃあラタトスク君の人形も作ればいい』と言われてしまうかもしれん。


「んー、別に作ること自体は構わないですけどね。しかし僕としては、あんまり天界に長居するのもどうなのかなって思っていまして……」


「んん? 何かまずいのかな?」


「あ、別にここでの生活に不満があるわけではないですよ? とても快適に過ごせています」


 なんかもうすっかり天界生活にも慣れたしさ、むしろ快適さに慣れすぎて困るって問題が発生しそうなくらいである。


 しかし、それとは別に僕が心配していることがあって、それが何かと言うと――


「年齢について、ちょっと心配しているのですよ」


「年齢? あれ? でもそれは大丈夫だったんじゃないか? 鑑定でも誕生日はズレてなかったみたいだし」


「ええはい、確かに肉体的には歳を取らないようです。――ですが、精神的には年齢を重ねてしまいますよね?」


「んん? どういうことかな?」


「今僕は十九歳ですが、下界に戻るのが一年後とか二年後とかになった場合、十九歳なのに精神は二十歳だったり二十一歳だったりという、おかしなことに――」


「それを言うなら、アレク君はもう四十六歳じゃないか」


「違います」


 なんてことを言うのですかミコトさん。それは違う。違うというのに。


「あくまで僕ことアレクシスは十九歳です。今までは十九歳のアレクシスの肉体に十九歳のアレクシスの精神だったわけです。それが十九歳のアレクシスの肉体に二十一歳のアレクシスの精神になってしまうのです。それはまずいと危惧しているのです」


「そうなのか……。よくわからないけど……二十七歳の佐々木さんの精神はいいのかな?」


「いいんですよ佐々木は」


 とりあえず佐々木は別なんですよ。前世なので。


「でもまぁ、確かにそこまで長く天界に滞在したら、下界に戻ったとき戸惑うことになってしまうかな」


「ですよね。久しぶりすぎて、いろいろと忘れてしまっていることとかありそうです。……とはいえ、さすがに一年だか二年だかで家族や友人のことを忘れたりはしないでしょうけどね」


 そこはまぁ忘れないだろう。父や母やナナさんや、幼馴染のレリーナちゃんやディアナちゃんのことを忘れたりなんかしないさ。


「そもそもミコトさんの場合は、天界で作らなくてもよいのではないですか? 下界で作って渡してもいいわけですし」


「んー、それはそうなんだけど、下界の私の家にはもう小さいのを作ってもらったし、等身大は天界の自宅とかに置きたいかなって」


「なるほど……」


 天界の自宅に……というか、自宅とかあるのか。

 いや、まぁあるか。それはあるよね。女神様にも自宅はあるか。でもミコトさんとか、ずっとこの会議室で生活してるけどなぁ……。


「ふーむ。それでも特に問題はないのでは? 下界から天界に運べばいいのですよ。僕が配送します」


「うん? アレク君が?」


「ルーレットの転送時に、下界から天界に物を運べると今回わかりましたからね。そのとき完成したミコト神像を運べばいいのです」


「ああそうか、つまりアレク君が転送前に、私の人形を抱いたまま寝たら――――なんてえっちなんだアレク君! そういうのはいけないぞ!」


「…………」


 急に何を言い出すのかミコトさん……。マジックバッグですよ。普通にマジックバッグに入れて運べばいいじゃないですか……。


「まさかアレク君もあの子のように、私の人形に変なことを……!?」


 しませんよ……。というか、あの子って……。あの子が人形に変なことをしているって、それは……。



 ◇



 ――なんやかんやで半年。

 天界に到着してから、半年が経過した。


 無事に等身大アレク人形も完成し、今は等身大ディース神像に取り掛かっている。

 しかしそんな最中、またしてもちょっとした事件が発生してしまったわけで――


「では、よろしくお願いします。期待していますわ」


 そう言って丁寧に挨拶してから会議室を出ていく姿を、僕は見送った。

 ――そして、それから少しすると、入れ替わるようにミコトさんが会議室に入ってきた。


「なんかさっきウェルベリアとすれ違ったけど? また遊びに来たのかな?」


「まぁそうですね。そうなんですけど……」


 今回の滞在中に知り合った女神ウェルベリアさん。時々遊びに来てくれるのだ。

 しかし今回は、僕に用事があるとのことで……。


「うん? どうかしたのか?」


「……ウェルベリアさんも、等身大神像が欲しいそうです」


 僕が作った等身大アレク人形や、制作中の等身大ディース神像を見て、『是非私の神像も作ってほしいですわー』的なことをお願いされてしまったのだ。


「……それで、アレク君はなんて?」


「快く了承してしまいました」


「…………」


 というわけで、まさかの三体目である。果たして今回の天界滞在は、いったいいつまで続くことになるのか……。

 あと今回の件について、ミコトさんがどういう反応を示すかも気になるところであり……。


「アレク君」


「はい」


「何故ウェルベリアの神像は引き受けて、私の神像は引き受けないのか」


「待ってください、違うんです」


 ウェルベリアさんの場合は、天界で作って渡すしかなくて、だから仕方がなく……ああ、拗ねないでくださいミコトさん。拗ねて暴飲暴食に走らないでください。


「落ち着いてくださいミコトさん」


「私は落ち着いている! ただちょっと小腹が空いただけだ!」


 そう言ってミコトさんは、お菓子やらスイーツやらホットスナックやらをテーブルに並べ始めた。

 何やらOLさんっぽいスーツを着て、コンビニ袋をぶら下げていると思ったら、どうやら地球で買い物をしてきたらしい。


 まぁ今回の件が起こる前から、これらの食品は買い込んでいたわけで、『ただちょっと小腹が空いただけ』ってのは、紛れもなくただの事実よね……。





 next chapter:ミコトパネル

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