第567話 天界長期滞在プラン3


 僕へのお願いがあると言い、ディースさんは高さ2メートル直径1メートルほどの巨大な丸太を運んできた。

 おそらくディースさんのお願いとは――


「大体は予想できます。つまりは――僕に人形を作ってほしいということですね? しかも等身大の人形を」


「そうなの! 察しが良くて助かるわアレクちゃん!」


「ええまぁ……」


 察しが良いのかな……? この状況なら普通にわかりそうなものじゃない? むしろ、どうやっても察しちゃう状況のような気もするけれど……。


 さておき、等身大人形か……。んー、あれはなー、あれは時間掛かるんだよね。相当掛かる。半年近く掛かってしまうと思う。

 ってことは、このお願いを引き受けた時点で――半年間天界に滞在することが確定してしまうわけだ。半年である。半年の滞在。半年て。


「そういうことなのだけど、どうかしら……。ダメかしら……?」


「あ、いえ……」


 半年という期間に少しひるんでしまった僕だけど……でもまぁ、僕も悪い気はしないよね。わざわざ木まで用意してくれて、しかも搬入のために会議室のドアまで立て替えて、こうも熱心にお願いされたら、僕だって悪い気はしない。むしろ嬉しい。


「――わかりました。お受けしようと思います」


「本当に!? いいの!?」


「もちろんです。では、ディースさんの等身大神像を作るということで――」


「…………」


「あれ?」


 僕が改めて確認を取ったところ、さっきまではしゃいでいたディースさんは、急に考え込むように黙ってしまった。

 はて、なんか違ったかな?


「そこなのよね……。私も最初はそう考えていたの。アレクちゃんがいろんな人の人形を作っている姿を見て……羨ましいなって、私の神像も作ってほしいなって」


「はぁ、そうなのですね……」


「実際にアレクちゃんが私の神像を作ってくれたとき、それはもう嬉しかったわ。アレクちゃんが作業する姿を見ているだけで楽しかったし、完成した神像も素晴らしい物で、私も感動に打ち震えたわ」


「あー、そういえばカーク村で作りましたね。寄贈したカーク村の教会のおじいさんも喜んでくれました」


「そして、せっかくなら自分用の物を作ってほしいなって、自分の手元に置いておきたいなって、あとできたら等身大がいいなって」


「なるほど……」


 そこでいきなり等身大を所望してくるとは、なかなかに貪欲だなディースさん……。

 さておき、ここまで話を聞いた感じ、やっぱりディース神像を希望しているように思えるけど?


「――でも、もうひとつ気になる人形があるの」


「んん? 気になる人形ですか?」


「レリーナちゃんがアレクちゃんにお願いした人形。あれが気になるの」


 レリーナちゃんのお願い? なんだろう? レリーナ人形のことではないよね? となると……?


「あ、もしかして……等身大アレク人形のことですか?」


「そう、それ。あれはすごいわね。あの発想、やっぱりレリーナちゃんはすごい子ね。さすがだわ」


 ええまぁ、そりゃあレリーナちゃんはすごい子ですとも……。


「等身大のアレクちゃんの人形。是非とも部屋に置きたいわ。ルーレットが終わったら、またしばらくアレクちゃんとはお別れなわけで、そんな私を慰めてくれる人形になると思うの」


「そういえばレリーナちゃんも、僕が旅に出て寂しいからって言ってましたね」


「そうね、状況としては同じで…………あ、でも違うわよ? もちろん私は、ただただ普通に部屋に置いておくだけのつもりなのよ? そこは信じてほしいわ」


「ん? んん……?」


 え、どういうこと? なんかちょっと引っかかった。『私は』……? 『私は』ってのはどういう意味? 『私は普通に置いておくだけ』っていうのは、それはいったい……。

 それはつまり――レリーナちゃんは普通に置いておくだけではない? 何か特殊な使い方をしている? その様子を、ディースさんは天界から見てしまった……?


「あ、あの、ちなみにですが……」


 レリーナちゃんは、どんなふうに僕の人形を愛用しているのか。

 そう聞こうとして――


「どうかした?」


「……いえ、なんでもありません」


 やめた。うん、やめておこう。たぶん聞かない方がいい。世の中には、知らない方がいいこともある。そう思った。


「えーと……とりあえずディースさんのお話はわかりました。それで、ディースさんの希望はどちらなのでしょう? 僕の人形なのか、ディースさんの神像なのか」


「うーん……」


「まだ迷っている感じですかね?」


「そうなの。もうずっと迷って決めかねているの」


「そうですか……」


 んー、僕は別にどっちでもいいけど……でもせっかくならディース神像の方がいいかなぁ。やっぱり自分の人形って作っていてもあんまり楽しくないしさ、せっかくなら僕だって楽しく作業したいじゃない。

 そんなことを思いながら、なんとなくディースさんが用意した木材に触れていると――


 ……良い木だなこれ。

 木工エルフである僕にはわかる。とても良い木だ。天界の特別な木とかなのかな?


「本当に悩むわ。アレクちゃんが私のことを想いながら作ってくれた私の神像というのも魅力的だし、だけどアレクちゃんの人形も、それはもうその時点で魅力的で……。むしろもう救いよね。救いの人形になると思うわ」


 救われるのか。神すら救済してしまう僕の人形とは……。

 ……でもまぁ、ディース神像でよくないですか? 僕も一生懸命作りますし、きっとディース神像だって十分救済してくれるはずですよ。というわけでディース神像でどうです? 良い木だし、やっぱりディース神像にしましょうよ。


 そんなふうに心の中ではディース神像を希望しつつ、どっちになるのかなと、ぼんやりディースさんの決断を待っていると――


「どっちも作ったらいいんじゃないか?」


「……え?」


 もそもそとフレンチクルーラーを食べていたミコトさんが、唐突にそんなことを言い出した。

 どっちもだと……? 僕とディースさんの等身大人形、どっちも作れと……?


 ……というかフレンチクルーラーはなんなの? どっから出てきたの? なんで急にドーナツ食べてるの?


「それは……それはとても良いアイデアね。素晴らしいアイデアだと思うわ。だけどアレクちゃんの負担を考えると、私からはとても提案できないわね。そんなこと、とてもとても……」


 そうつぶやきながら、ディースさんはチラリチラリと僕に視線を寄越してきた。

 ……なんか圧を感じる。


「私からは提案はできないけど、でも……」


「…………」


「でも素晴らしいアイデアで……」


「…………」


「どうなのかしらね……。実際のところ、そんなことが許されるのかしら? もしかして? ひょっとして? 許されたり……?」


「…………木材をもうひとつ用意していただけるなら、僕は構いませんが」


 そして僕は圧に屈した。


「ありがとうアレクちゃん! 本当に本当にありがとう!」


「ええはい、全然構いませんとも……」


 まぁいいさ……。それでディースさんが喜んでくれるなら、僕も頑張るさ……。


 というわけで僕はこれから、等身大アレク人形と等身大ディース神像を作ることになってしまったらしい。

 つまり今回の天界滞在は、一年近く続くことになってしまったらしい……。





 next chapter:三体の等身大人形

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