第564話 旅立ちの準備


「というわけで、無事にレベル40に到達いたしました」


「うむ。おめでとうアレク」


「ありがとうございます」


 良かった良かった。いったいいつレベルアップできるのかと不安になったりもしたが、こうして無事にレベルも上がり、チートルーレット前にユグドラシルさんを呼ぶことができて、お褒めの言葉もいただくことができた。なんだかんだあったけど、最終的には理想的な結末を迎えることができたね。


「あ、そういえば今回のレベルアップも、世界樹式パワーレベリングのおかげみたいです。ありがとうございましたユグドラシルさん」


「その名前で呼ぶなというのに……しかしそうか、効果があったか。鑑定で確認できたのか?」


「ですね。『生命力』が上がっていました」


「ふむふむ。『生命力』が上がって――ちなみに後はなんじゃ? やはり『器用さ』か?」


「やはり『器用さ』でしたね」


 これはもうほぼ確実に上がるからねぇ。


「なるほど、残りは『筋力値』と『魔力値』、どっちじゃろうか?」


「……『筋力値』でしたね」


 うん、今回は『生命力』と『器用さ』と『筋力値』が上昇していて……というか、何故『素早さ』上昇の可能性を欠片も考慮しないのか。何故『素早さ』上昇の可能性をナチュラルに排除したのか。


 ……でもまぁ、今回に限って言えば、『素早さ』が上がらないのも当然なんだよね。

 わりと『素早さ』アップも見込まれるダンジョンマラソンだったりするのだけれど、今回の移動は大シマリスのモモちゃん任せだったしさ……。

 これはなー、これはダメなのよ。これは『素早さ』が上がらないダンジョンマラソンなのよ……。


 こんなことをしつつ、それでいてモモちゃんに『素早さ』トリプルスコアは付けられたくないとか言っているのだから、なんという怠慢たいまんだろうか。むしろ傲慢ごうまんとも呼べる僕の所業である。


「さておき、これであとは眠りさえすれば、天界へと転送されるわけでして――」


「いよいよか!」


「あ、まだです」


「む……」


 僕の言葉を聞き、椅子からガタッと立ち上がりかけたユグドラシルさんであったが、残念ながら昇天シーンはまだである。申し訳ない。もう少々お待ちいただきたい。


「今すぐ眠りについてもいいのですが、ひとまず夕ご飯を食べてからにしたいなと」


「ふむ。そうなのじゃな……」


「そして夕ご飯を食べた後は――」


「いよいよか!」


「あ、まだです」


「む……」


 再びガタッと立ち上がりかけてから、僕の静止で座りなおすユグドラシルさん。


「できたら寝る前にシャワーを浴びたいかなって」


「ふむ。そうなのじゃな……」


「そしてシャワーを浴びた後は――」


「いよいよか!」


「あ、まだです。その後に出発準備を――」


「からかっておるじゃろう貴様」


「いたたたたたた」


 うぅ……。別にそんなつもりはなかったのに……。

 ただ僕は、一喜一憂するユグドラシルさんがちょっと面白くなってしまっただけなのに……。



 ◇



 夕ご飯が終わり、お風呂にも入って、それから諸々の準備が整ったところで、いよいよ天界への転送が近付いてきた。


 ――そしてそれに伴い、事情を知るメンバーにも集まってもらった。

 ユグドラシルさん、ナナさん、モモちゃん、ミコトさんの四人。僕も合わせて、総勢五人のメンバーが部屋に集結した。五人である。部屋が狭い。


「さて、これからいよいよ天界へ向かうわけだけど――」


「ついに逝くのですねマスター」


「ん? うん、行くけど」


「そして我々は、マスターの旅立ちをお見送りするわけですね」


「うん……」


 気のせいだろうか……。何やらナナさんが、えらく不穏な発言をしているように感じたが……。

 なんか僕の葬式っぽいことを言ってない? そりゃあ僕も普段は昇天とか冗談めかして言っているけど、本当の意味で昇天するわけではないのだよ?


「確かに旅立ちと言っていい格好じゃのう。少なくとも、これから寝る格好ではない」


「あー、それはそうかもですねぇ」


 今の僕は普通に普段着で、さらにはマジックバッグを肩に掛けている。どう見ても寝る格好ではなくて、たぶん普通に眠りにくい。


「これが、お主の言っていた準備か」


「そうです。もしかしたら長く天界に留まることになるかもしれないので、そのための準備です」


 前回のルーレットがそうだった。なんだかんだで結構な長期滞在になった。

 今回もそうなる可能性を鑑みて、長期滞在用の荷物をマジックバッグに準備しておきたかったのだ。


「しかしアレクよ、マジックバッグはどうなのじゃ? マジックバッグも一緒に転送されるものなのか?」


「そこですよね。持ち込めたら良いのですが……」


 実際どうなるかは、僕にもちょっとわからんわけで……。


「んー。とりあえずこれだけは服のポケットに入れておきましょうか。マジックバッグに入れているよりは、一緒に転送してもらえる可能性が高そうな気がします」


 そう考えて、僕はマジックバッグからいくつかの手紙を取り出し、服のポケットに忍ばせた。

 ディースさんに宛てた手紙だ。以前に書いた手紙と、今さっき書いた手紙。直接届けたらディースさんも喜んでくれるだろう。


「まぁ最悪これだけ持っていければ十分なので」


「あぁ、手紙ですか、うっかりしていました。私も手紙とお花と、あとはマスターが好きだった物なんかを用意しておけばよかったです」


「…………」


 ……それなんか違くない? お棺に詰める手向けの品のノリで言ってない?


「ところでアレク君」


「はい? なんですかミコトさん」


「私はこのままここに居てもいいのだろうか?」


 んん? あ、そっか、ミコトさんか。ミコトさんを送還するかどうするかって話か。

 どうしようかな? でもまぁ天界からでも召喚獣の送還や召喚はできるし、とりあえず僕が天界に着いてから『召喚獣ミコトさん』を送還すれば、自動的に天界には『女神ミコトさん』が現れるんじゃない? だから別に――


「……あ、でも、やっぱり今のうちに送還しましょうか」


「ん? そう? じゃあそうしようか」


 ここでミコトさんを送還しておかないと、天界で僕とディースさんの二人っきりになってしまう。……なんかそれは怖い。ちょっと怖い。

 再会時のディースさんは、暴走することが度々あるからな。ミコトさんにはストッパーになってもらわんと……。


「ではミコトさん、お送りしますね」


「うん、天界で待っているよアレク君」


「ええはい、ではまた――『送還:ミコト』」


 呪文を唱え、ミコトさんを送還。

 ――うん、とりあえずこんなところかな。あとはなんかある? 他にやり残したことは?


「キー?」


「あー、モモちゃんはこのままでもいいかな。もしかしたら――というか、たぶん天界で召喚することになると思うけど、とりあえず今はこのまま部屋に居てくれたら」


「モモちゃんは、私達と一緒にマスターの旅立ちを見送りましょう。強い心を持ってお送りしましょう」


「キー……」


 やめろと言うのに……。その残された家族ムーブをやめるんだナナさん……。


「さて、それじゃあそろそろ――」


「いよいよか!」


 僕の言葉を聞き、ガタッと立ち上がるユグドラシルさん。

 ええはい、いよいよです。お待たせしました。ついに出発です。


 それにしても、えらいテンションだなぁユグドラシルさん。いったい何がそこまでユグドラシルさんを惹きつけるのか……。


「いよいよお別れですね。いよいよ出棺ですか」


「…………」


 ついに出棺とか言い出しやがった……。


「うん、とりあえず寝るね……。寝ます」


「うむ。おやすみアレク」


「キー」


「逝ってらっしゃいませ、マスター」


「うん、行ってきます……」


 微妙にナナさんのセリフが気になる……。今のは別におかしなセリフでもなかったはずなんだけど、何故か微妙に気になる……。


 ……まぁいいや。それじゃあ寝よう。

 普段着でマジックバッグ着用で、その上ユグドラシルさんとナナさんとモモちゃんにじっと無言で見つめられて、相当寝にくい状況だけど……とにかく頑張って寝よう。

 ではでは、おやすみなさい。





 next chapter:アレク君十九歳、一年八ヶ月ぶり九回目

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