第565話 アレク君十九歳、一年八ヶ月ぶり九回目


「……おや? おお、天界だ」


 ふと気が付くと、僕は天界の会議室に――


「アレクちゃん!」


「おぉ!?」


「アレクちゃん! アレクちゃん!」


「おぉぉ!!??」


「アレクちゃん! アレクちゃん! アレクちゃん!」


「お、おおぉぉぉ……」


 あ、いかん。意識がだんだんと……。あぁ…………。



 ◇



 ……昇天しかけたわ。

 ディースさんにぎゅうぎゅう抱きしめられて、うっかり昇天しかけた。


 今までは下界から天界への転送を冗談で『昇天』なんて呼んでいたが、転送された天界では本当に昇天しかけた。昇天してからの昇天。昇天中の昇天である。


「……危ないところだったなアレク君」


「ええはい、ありがとうございましたミコトさん……」


 途中でミコトさんが止めてくれなかったら、どうなっていたことか……。

 そう考えると、ミコトさんを先に送還しておいて正解だったな。こうなることをちょっぴり予想していた僕だが、嫌な予感が見事に的中してしまった。


「ごめんなさい。少し取り乱したわ」


「ええはい、そのようで……」


 まぁ、『少し』ってレベルじゃなかったけどね……。なんかもうレリーナちゃんみたいになっていたぞ……。


「こうしてアレクちゃんに会うのも、ずいぶんと久しぶりな気がして……」


「ん……? あれ? そうですか? むしろ今回はいつもより早いペースだったと思いますが」


 いつもは二年に一度くらいのペースだが、今回は世界樹式パワーレベリングがあったため、その分ペースが早まったはずだ。


「そうよね、そうなのだけど……なんだかアレクちゃんが全然会いに来てくれないような気がして……。そして私の出番も全然来ないような気がして……」


「そうなんですか……?」


 えっと、ちょっとわかんないな……。出番って言われても……。

 いまいち要領を得ないディースさんの話だが、ディースさん的にいろいろと不満やら不安やらが溜まっていたのだろう。そんな心理的ストレスから、こうして暴走してしまったらしい。

 でもまぁ、その暴走もひとまずは落ち着いたようで、今は僕を膝の上に乗せて楽しげにしている。


「ちなみに、今回は一年八ヶ月ぶりだね」


「ああ、やっぱりだいぶ縮まったんですね」


 対面に座るミコトさんが補足してくれた。だとすると四ヶ月か。ユグドラシルさんのおかげで期間を四ヶ月短縮できたらしい。僕はユグドラシルさんから四ヶ月分のウッドクローをいただけたらしい。ありがとうユグドラシルさん。


「ということで、今回が一年八ヶ月ぶりのチートルーレット、アレク君ももう十九歳だ」


「なるほど」


 そういえば、天界に来るとミコトさんは毎回このセリフを言っていた気がする。天界転送時の定型文だ。


 ――あ、あとアレだ。ついでに僕がレベルアップした瞬間を教えてくれるんだ。

 今回はいつだったんだろう? ちょっと気になる。なんだかいつも微妙なタイミングでレベルアップしているみたいだからな……。


「そして、アレク君がレベル40に上がったのはダンジョンマラソンをしているときで――アレク君は覚えているかな? 6-2エリアでホークとの戦闘中、床に転がってつつかれてしまったと思うのだけど」


「え、あのときに……?」


 あー、そうなんだ。あの卑怯なはととの戦闘中か……。

 もちろん覚えている。むしろ僕としては忘れようにも忘れられない苦い記憶だったりもするのだが……とはいえ、あれでレベルが上がったというのなら、あそこですっ転んで鳩につつかれたのも無駄ではなかったんだな……。


「その戦闘の直前、アレク君が6-1雪原エリアを歩いていたときにレベルアップしたみたいだ」


 ――無駄じゃないか! 無駄につつかれているじゃないか! レベルが上がった後で、無駄につつかれている!

 あーもう、本当になんなんだ。何から何まで本当に腹立たしい鳩だなあいつは……!


 ……というか、そのときにはすでにレベルが上がっていたの?

 確か鳩につつかれる前、『レベルアップのきざしが見えない』とかなんとか悩んでいたはずで、それであれやこれやと考え事をしているうちに僕はすっ転んだのだと思った。

 しかし実際には、その時点で兆しどころかレベルアップしていたという……。見えてないなぁ。もうなんにも見えてなかったな僕は……。


「どうかしたかな?」


「あ、いえ、教えていただき、ありがとうございますミコトさん」


 ひとまずミコトさんにお礼の言葉を述べた。まぁ聞けて嬉しい情報ではなかったかもだけど、興味深い情報ではあったと思う。


「うんうん、構わないさ。と言っても、私もそのとき下界にいたから、こっちに来た後でディースに聞いただけなのだが」


「ああ、そうでしたか」


 そういえば普通に召喚中だったね。そのときのミコトさんは下界で『召喚獣ミコトさん』をやっていて、天界に送還されて『女神ミコトさん』に戻ってからディースさんに話を聞いたらしい。

 というか……うん、ミコトさんだね。今のミコトさんは女神ミコトさん。巫女服を着た、スタイル抜群の美女ミコトさんだ。


「うん? 何かな?」


「あ、その、女神様バージョンのミコトさんも久しぶりに見たなと思いまして……」


「ああ、そうか。でもまぁ、変わったのは服装くらいだろう?」


「…………」


 あー、まぁそうなのかな……? 僕としては、ここでスタイル抜群のミコトさんを見た瞬間に『あ、女神様バージョンと召喚獣バージョンは別物なのだな……』とか、『というか、良かったなぁ別物で……』なんてことをうっかり思ってしまったわけだが……。


 でもまぁ、あえて指摘することでもないだろう。ミコトさんが変わっていないと言うのだから、もうそれでいいじゃないか。それはもう全然何も変わっていないことにしておけば――


「明らかに体型が変わってるでしょ」


「…………」


 僕の日和見ひよりみ主義の事なかれ主義を、ディースさんは許してくれなかった。僕が指摘できなかったことを、ディースさんはビシッと冷徹に指摘してみせた。


「……別に、そんなには変わっていないと思う」


「そうなの? 本当にそう思ってる?」


「もちろんだ。何も変わっていない」


 ……それは言い過ぎだと思う。そこそこ変わっていると思う。


「――じゃあ実際に見てみましょうよ」


「うん?」


「ねぇアレクちゃん、今ここでミコトを召喚してみてちょうだいよ。それで実際に確認してみましょう?」


 えぇ……。やめましょうよ。やめておきましょうよ。何故そうまでして真実を暴こうとするのか、何故悲しい現実を白日の下に晒そうとするのか……。


「お、おいディース、やめないか、アレク君が困っている」


「困っているのはミコトでしょう?」


「私? い、いや、私は困ってなんていないが? なんの問題もないが?」


「じゃあアレクちゃん、そういうことみたいだから」


「ぐ……」


 言い様に転がされてるなミコトさん……。


「……ああ、いいさ、別に構わないとも。アレク君、私からもお願いする。私を召喚してくれないだろうか? 実際に見せて、何も変わっていないことを証明してみせよう」


「そうですか……」


 普通に変わってると思うんだけどなぁ……。


「本当にいいんですか?」


「うん、頼む」


「わかりました……。では――『召喚:ミコト』」


 呪文を唱え、ミコトさんをこの場に召喚する。

 そうして対面に座っていたスタイル抜群の女神ミコトさんは消え――代わりに標準体型の美女ミコトさんが現れた。


「ほらどうだ、実際には――」


「ほらもう、全然違うじゃない……」


「いや、そんなことは……」


「明らかに太ったでしょ」


「ぐっ……」


 ついに言った。ストレートに言いおった。


「ほら、この肉」


「や、やめろ!」


 ディースさんはいったん僕を膝の上からどかし、わざわざ立ち上がってからミコトさんのお腹周りの肉をつまみにいった。なんとご無体な……。


「実際に目の前で見るのは初めてだけど、これはまた……」


「えっと、あの、でもミコトさんもダイエット頑張っていましたよ? 一時期よりは頑張って痩せたんです。それにですね、これはこれでなんとなく親しみやすさがあって僕は良いと思うのですが――」


「それでフォローのつもりかアレク君!」


「おぉぅ……」


 キレられてしまった。まさしくフォローのつもりだったのに、あんまりフォローにはなっていなかったらしい。


「もうアレクちゃんからも、ゆるキャラみたいな扱いを受けてるじゃない……」


「ぐぬぬ……」


 さすがにそこまでは言っていないけど……。

 しかし、ディースさんもずいぶんズケズケと物を言うなぁ。前にナナさんから聞いた話だと、女子はこういう場面で『むしろ痩せている』などと伝え、足の引っ張り合いをするものらしいが……。


 まぁそれだけ二人は親しい関係で、なんでも言い合える仲なのだろう。むしろ固い友情で結ばれている二人なのだろう。……とりあえずはそういうことにしておこう。





 next chapter:ディースさんへの贈り物

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