第561話 第一回プチ世界旅行


 第一回プチ世界旅行である。

 第一回プチ世界旅行が――――終了し、メイユ村に戻ってきた。


「……なんか、あっという間だった気がする」


「そうですか?」


「なんとなくだけど、本当に一瞬の出来事で……」


「まぁ日帰りですし、そう感じるのも無理はないですかね」


「そういうことなのかな……」


 ナナさんに生返事を返しながらも、ついつい考え込んでしまう。どうなんだろう。そういうレベルじゃなかった気がするんだけれど……。

 ジェレパパのホムセンにて、旅行のメンバーと旅行の日程が決まった次の瞬間には、こうして旅が終わって帰ってきたかのような感覚だ。それくらいあっという間で、もはや旅行中の時間が丸々消し飛んだかのような錯覚を起こしてしまった。


「ともかく、お疲れ様でしたマスター」


「あー、うん、ありがとうナナさん」


「それで、マスターの小旅行が――」


「プチ世界旅行ね」


「はい?」


「第一回プチ世界旅行。ひとまずそんな名前にしてみた」


「はぁ……」


 ただ単に『旅行』と呼ぶのも味気ない気がして、『プチ世界旅行』なる名前を付けてみた。

 もちろんこれを本家世界旅行の日数に加算したりはしないし、これでエルフのおきてノルマを一日達成とか、そういうことは考えてない。

 でもこうして呼び方を変えたら、なんとなくそれだけで旅がより特別なものになった気がしたりしないかい?


「そもそも私としては、クレイス村への往復を旅行と呼ぶこと自体に疑問なのですが」


「むむ?」


「一日で帰って来られる距離ですよ?」


「いやでも、日帰り旅行も立派な旅行だし……」


「隣村ですよ?」


「隣村だけれども……」


 しかし、それを言ったら本家世界旅行だってそうなのだよナナさん……。

 プチ世界旅行よりは距離があって、エルフ界の外まで移動することにはなるが、カーク村も隣村で、ラフトの町も隣町だったりするのだよ……。


「まぁそう呼ぶことでマスターの気分が上がるならいいですけどね。それで、どうでしたか? リフレッシュできましたか?」


「あぁうん、楽しかったよ。男同士で旅行というのも、なかなか良いものだね」


「なるほど、男同士で……」


「うん?」


「男同士、日帰り旅行、何も起きないはずがなく……」


「何を言っているんだナナさん」


 男同士で日帰り旅行しただけで何か起こっちゃうの確定とか、あまりにも条件がゆるすぎるでしょ……。


「冗談です。というか――私はわかっているのですよ。マスターがあえて男同士で旅行に行った理由を、私は理解しています」


「……ん? えっと、なんのことかな?」


「いやいやマスター、私は誤魔化されませんよ? 最初はマスターも女性を誘っていたようですが、ローデット様やユグドラシル様にすげなくフラれてからは――」


「フラレたって言い方はやめてほしいのだけど?」


 ユグドラシルさんは僕のことを思って辞退しただけだし、ローデットさんもただ面倒くさかっただけだ。別にフラレたわけではない。


「途中からマスターは、旅の同行者に女性を選ぼうとはしませんでしたよね?」


「いや、それは……」


「それは何故なのか。何故マスターは女性を誘おうとしないのか。女性が同行しないことにどのような利点があるのか。あるいは女性が同行することで何か問題が発生するのか……」


「…………」


「そこまで考えて、私は気付いたのです。――こいつ、クレイス村に女作ろうとしてやがる」


「口悪いなナナさん……」


 僕が旅の準備をしている間、こっそりそんな暴言を僕に投げかけていたのか……。


「違いますか? ナンパ目的であるとすれば、女性が同行していたら気まずいですよね? ……いえ、まぁマスターならば女性の同行者がいても他の女性を普通にナンパしそうですが」


「僕をなんだと思っているんだナナさん……」


 というかね、別にそんなつもりじゃなかったとも。僕は本当に、ただただジェレパパさんと慰安旅行がしたかっただけで……。


「それで、実際のところはどうだったのです? 首尾よくクレイス村に現地妻をこしらえることができましたか?」


「現地妻て……」


「マスターのことですから、ひとまずは各地のキャバクラを当たったのでは?」


「キャバクラて……」


「教会や、材木店やら布屋やら、あるいはパン屋や武器屋を物色したのではないですか?」


「物色て……」


 いろいろと好き放題言ってくれるなナナさん。


「えぇと、確かにいくつかクレイス村のお店には寄らせてもらったけれど、そもそもそんな目的ではないのだし、別に……」


「なるほど。その様子だと、そう都合よく事は進みませんでしたか」


「…………」


 さっきから僕はナナさんの話を全否定しているのに、それでも何故か話が進んでいく……。僕はそんなにわかりやすい様子を見せてしまっているのだろうか。


「なんでしょうね。マスターの邪な考えがバレて、お店から追い出されたりしましたか?」


「そんな事態は起きなかったけど……」


「あるいは、ちょうどいい感じの女性がそもそもいませんでしたか?」


「ちょうどいいって言い方はどうなのか……」


 もちろん僕としては、そんな目的でお店に寄ったわけではないのだけど…………まぁ確かに若い未婚女性がやっているお店ってのはなかったかな。


 でもそうだな――パン屋と武器屋はまだ行ってなかったか。

 うん、なんだかナナさんから良きアドバイスをいただけたような感覚を覚えてしまった。次にクレイス村へ行くときは、そのあたりも散策してみよう。 

 ――もちろんそんな目的ではないと、改めて明言しておきたいところでもあるけれど。


「あ、そういえばナナさん」


「はい?」


「ナナさんが言うような目的ではなかったけど、僕もいくつかクレイス村のお店を回って、それでナナさんにお土産を用意したんだ」


「おお、そうなのですね? それは嬉しいです。マスターのお心遣いに感謝します」


「いやいや、いいんだよナナさん」


 そう言葉を返してから、僕はマジックバッグに手を伸ばし――クレイス村ペナントを取り出し、ナナさんに手渡した。


「はい、どうぞ」


「……ありがとうございます」


「喜んでもらえて何よりだよ」


「…………」


 そうは言ったものの、正直僕もちょっとしたジョークのつもりで作ってもらったクレイス村ペナントであり、ナナさんもあんまり喜んでいるようには――


「まぁ一応は部屋に飾りますけれども」


 案外本当に喜んでいる可能性もあったりするのだろうか……?





 next chapter:ダンジョンマラソン5

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