第556話 海岸エリア
「おー、
青い海、白い砂浜。
まさしく海岸エリアである。
「海岸だねぇナナさん」
「そうですねマスター、あくまで海岸です。海岸でしかないのです」
「うむうむ」
というわけで、8-1海岸エリアだ。
こうしてナナさんとともに海岸エリアまでやってきたわけだが…………お気付きだろうか。ナナさんのセリフが若干不自然だったことを、みなさまおわかりいただけただろうか。
ややもすれば『海エリア』と錯覚してしまいそうなこのエリアだが、ナナさんの言う通り、あくまで海岸エリア。海岸エリアでしかないのだ。
何を隠そう、この海岸エリア――海岸から出ることはできない。
岸から沖へ200メートルほど泳ぐと、等間隔にブイが浮いているのだが――そこから先へは進めなくなっている。泳いでも泳いでも、前へ進まないのだ。
体も動くし泳げるし進んでいる感覚はあるのだけれど、実際には進んでいない。ダンジョンの設定で、そんな不思議演出を施してみた。
海岸エリアである以上、途中でエリアを塞ぐことを予定していた僕達だが、その方法に悩んでいた。
透明な壁を設置して物理的に塞いでみるとか、エリア外に出そうなら沖から岸までワープさせるとか、いろいろ考えてはみたものの、それもなんだか味気なく感じ、ちょっとばかし面白みに欠けるなと悩み――そうして思い付いたのが、この不思議システムだ。我ながら良いアイデアだったと思う。
ちなみに、この『どれだけ頑張って動いても、実際には全然前に進んでいない』システムをナナさんに提案したところ――
『なるほど、マスターですね』
――との返答を受けた。
どういう意味だ。
「さておき、良い感じだね。なかなか盛況のようだ」
「そうですね、ちょうど今の季節は夏ということで、この時期にピッタリのエリアとなっております」
「うんうん、そうだねそうだね」
みんな思い思いの方法で海岸エリアを楽しんでいる。
海で泳いだり、砂浜で寝そべったり、遠くでは釣りをしている人なんかもいる。
「ここからさらに北へ進むと、塩田を作っている人もいたりします」
「えんでん?」
「塩を作る田畑です。海水から塩を取ろうとしているようです」
「あ、へー、そっか塩か」
なるほどなー。それ気付かなかったな。確かに海があれば塩も取れるか。
「ゆくゆくは、ここで取れた塩が有名になったりするかもしれませんね」
「ふむ。大々的に売り出したりってこともあるのかな?」
「あると思います。ひょっとしたらこの辺りの名産になるかもしれません。――世界樹の塩として」
「……うん?」
「世界樹の塩です。世界樹様の迷宮で取れた塩なので、世界樹の塩」
「んー……」
世界樹の塩……。うん、まぁ間違ってはいないかもだけど、もしも本当にその名称で広まったりしたら、ユグドラシルさんごめんなさいリストに載せなきゃいけない案件な気もするな……。
「それにしても、個人的にはもうちょっと施設を追加したいかな」
「施設ですか?」
「とりあえず――ビーチパラソルとか、ビーチデッキとか?」
そんな感じで、リゾートビーチっぽくなったらいいねぇ。
「なるほどなるほど、あとは――海の家ですか。焼きそばやラーメンやカレーを提供してくれる海の家があったらいいですね」
……リゾートビーチからはだいぶ離れたな。
いや、まぁ確かにあったらいいとは思うけれども。
◇
「さて、どうですマスター? せっかくですし、実際に何かして遊んでみませんか?」
「おー、そうだね、そうしようか」
海岸を散策しながら、あれやこれやとアイデアを出し合っていた僕達だったが、ここらで一息入れるのもいいだろう。
実際に海岸エリアをその身で体験することも有益なはず。それでこそ見えてくる発見もあるはずだ。
「でも、何をしようか?」
「そうですねぇ、ひとまず波打ち際で水のかけっこでもしますか?」
「ふむ……」
確かにそれも海岸での定番ムーブっぽい感じがしないでもない。一応はやっておいた方がいいのだろうか……?
とはいえ、いざ自分がやるとなると、相当な照れが生じるな……。
「もしくは、こうして美しい砂浜があるのですから、砂浜で何かするのもいいかもしれません」
「ほうほう。例えば?」
「砂でお城を作ってみたりとか?」
「あー、まぁそれも定番だね。定番ではあるけれど……でもどうかな、ちょっと自信がないなぁ」
「自信?」
「雪エリアで失敗した記憶があるからさ……」
雪エリアでも、
僕としては、いつもの木像作りの感覚で始めた雪像作りだったけど、実際にはそう上手くことは進まなかった。
よくよく考えてみれば当然だ。僕の木像は、僕が『木工』スキルを所持しているからこそ上手に作れるわけであり、雪像を木像のように上手に作れないのも当然のことであった。
でもまぁ、高い『器用さ』のおかげで一応は完成させることができた。もちろん像自体は大したクオリティではなかったが……でも父は喜んでくれたかな?
……なんなら今まで作ったセルジャン落としやセルジャン面やセルジャンパネルよりも喜んでくれたような気がしないでもない。
「というわけで、大したお城は作れないかもしれないけれど、試しにやってみようか? 二人で小田原城でも作ってみよう」
「私は姫路城が好きなのですが」
「…………」
ここで意見が割れるとは……。というか姫路城て。ベタだなナナさん。
「どうします? 間を取って名古屋城でも作りますか?」
「間……?」
「あるいは他の遊び……そうですね、砂に埋められてみるとか?」
「砂に……。ふむ。あれは楽しいのかね?」
「さぁ、わかりませんが、実際にやってみたらわかるかもしれません」
まぁそれもそうか。正直あれを遊びと言えるのかわからんけれど、やってみなければ何もわからない。やってみたら案外楽しいのかもしれない。
「もしくは、ビーチバレー……は無理ですし」
「何故無理と決め付けるのか」
まぁたぶん無理なんだけど。
「他には――あ、そうですね、まずはこれから始めましょうか」
「ん? え? 何これ?」
何やらナナさんから道具を渡された。曲がった爪が扇状に伸びている道具で――熊手かな? 小さい熊手だ。あと、バケツを渡された。
「これは?」
「
「ほほう?」
ほうほうほう。潮干狩り。潮干狩りができるのか。何気に初体験だな。ちょっと楽しみ。
初体験ゆえ、勝手がわからない僕だけど、とりあえず波打ち際まで進んでから、しゃがみ込んで砂浜を熊手でほじくり返してみる。
んー、おぉ? おおお? 採れた。アサリだ。案外簡単に採れるもんだね。
「わりと楽しい」
「何よりですマスター」
ザリザリと砂をかいて、さらにアサリを集めていく。採れる採れる。
「ん、これはちょっと小さいな。やっぱり小さいのは採らない方がいいんだよね?」
「そうですね。小さい物まで全部採ってしまったら、来年の分がなくなってしまいます」
「ふむふむ、やっぱりそうなんだ」
「まぁ、ぶっちゃけダンジョン操作でいくらでも増やせるのですが」
「そう……」
なんて身も蓋もない……。
うん、でもまぁ小さいのは一応戻してあげよう。
「ちなみにその熊手、ジェレパパさんのお手製だったりします」
「へぇ? そうなんだ。さすがジェレパパさん、良い物作る。使いやすい」
「ちなみにその熊手のせいで、現在ジェレパパさんはなかなかに大変な目に遭っています」
「うん?」
「注文殺到で、嬉しい悲鳴を上げているそうです」
「そう……」
そうか、知らんかった……。僕の知らないところで、無限熊手地獄が開幕中だったのか……。
嬉しい悲鳴とナナさんは言うが、もうただただ純粋な悲鳴なんじゃないかな……。
「ふーむ。ジェレパパさんは無限熊手地獄中か……。だとすると、さすがに今サーフィンを流行らせるのはまずいかな?」
せっかくの海岸で波もあるし、流行りそうな気配がしたのだけれど、さすがに今はちょっとまずいか。
「ナチュラルにジェレパパさんに作らせようとしている点は、さすがマスターと言ったところですが、さすがに今は厳しいかと思われます」
「そっか……じゃあ今はやめておこうか。無限熊手地獄が一段落してからってことになるのかな」
「無限熊手地獄が終わった瞬間、無限サーフボード地獄に叩き落すつもりなのですね……。さすがですマスター」
いや、別にそういうわけでは……。いや、でもやっぱりそういうことになっちゃうのかな……。
next chapter:世界樹様のビーチ、リゾート化計画
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