第554話 パン撒きとぶどう踏み


 さて、僕の方の活動報告では、ナナさんからやんわりと苦言を呈されてしまったわけだが――それはともかく、ナナさんはどうだったのだろう。

 ナナさんの活動報告も聞きたい。世界旅行出発前に頼んだあれやこれやの報告を、僕は聞きたいのだ。


「とりあえず私からの報告として――増築工事が完了した時点で、フルール様には建築費の支払いをしておきました」


「おお、ありがとう。手間をかけたね」


「いえいえ」


 ふんふん。無事に支払い完了か。できたら僕が自分で払いたかったところではあるが、それで滞納しちゃうのも問題だしね、こればっかりは仕方がない。


「――あ、そういえばアレは? アレクハウスの増築も完了したわけで、例のアレはどうなったかな?」


「例のアレ?」


「アレだよナナさん。家を建てたらやる、恒例のやつだよ」


「あぁ、上棟式じょうとうしきですか……」


 そうとも、その上棟式だ。増築が完了したら一応上からパンを撒いてほしいとお願いしたはずだが、その件はどうなったのだろう。


「ええはい、やりましたよ。どうやらマスターにとってパン祭りは生きがいらしいですからね」


「うん、まぁ別にそこまでではないのだけれど」


「ご丁寧に『ポケットティッシュ』で作った包み紙まで用意しておきながら、何を言うのです」


「いや、それは一応作っておいただけで、僕はそんなに……」


 まぁ確かに作っておいたかな。パン祭りならパンを包む紙が必要になるかと思って、せっせとポケットから取り出して予め準備しておいた。


「とはいえ、実際に開催してみるとなかなかの盛況で、やはりやってよかったのかなと私も思いました」


「ほうほう、それは何より。ナナさんも上からパンを撒いたのかな?」


「いえ、それはフルール様にお願いしました。あと――お祖父様にもお願いしました」


「父?」


「お祖父様はいつものように、『だからこれはなんの儀式なの……?』なんてことを仰っていましたが、しっかり撒いていただきました」


「なるほど」


 いつものやり取りだね。パン祭りを開催するときは、毎回父に頼むようにしている。そして父は毎回困惑している。

 しかしそれでも父にはやってもらわなければならない。なんと言っても父はこの村の村長なのだ。村長である以上、村人から愛されていなければいけないと僕は思う。


 つまりは――支持率。村民からの支持率が大事。

 そのためのパン祭り。そのためのパン撒き。バラマキで支持率アップである。


 ……うん、なんだかだいぶ人聞きが悪い表現になってしまった気もするが、とりあえず村の人達も喜んでくれているみたいだし、誰かに批判されるまではバラマキ政策は続けていこう。


 そんな感じで、こっそり陰ながら僕とナナさんで父を支えていく所存である。

 父は安心してくれていい。何かあったら父は『秘書がやりました……』と答えればいいだけだ。珍しく本当に秘書が勝手にやったパターンなのである。


「あと私から報告することといえば――超ユグドラ汁ですか」


「……世界樹の酒ね」


 だからその名前で呼んではいかんというのに。そもそも『世界樹の酒』の時点で、すでにギリギリアウトっぽいネーミングなのだ。『超ユグドラ汁』は悠々アウトだ。


「ワイン造りに向け、マスターのご希望どおり、ユグドラシル様にぶどうを踏んでいただきました」


「ふーむ。実際にその作業が行われたって話はDメールで聞いていたけれど……でも大丈夫だった? ユグドラシルさんは嫌がってなかった?」


 そこが気になる。一応出発前に約束は取り付けていたものの、だいぶ無理を言ってお願いした感じだったしな。ユグドラシルさんは嫌な思いをしなかっただろうか。


「嫌がるというほどではありませんが、私の方から『お願いします。世界樹様が素足で踏んだぶどうを飲みたいというアレク坊ちゃんの夢を、どうか叶えてください』と伝えたところ、若干躊躇ちゅうちょする様子が見受けられました」


「そりゃそうでしょ……」


 いざ踏む段階でそんなことを言われたら、そりゃあそうなるでしょ……。というか捏造だ。別に僕はそんな夢を抱いていない。


「あぁ、ですが他に問題が発生しまして……」


「うん? 問題?」


「せっかくなので、ユグドラシル様のぶどう踏みも村のイベントっぽく大々的に開催したのですが……」


「へー、そうなんだ。それで、問題ってのは?」


「『世界樹が素足で踏んだぶどうを飲みたいって、どういうこと? お兄ちゃんは何を言っているの?』と、レリーナ様がお怒りになられまして……」


「…………」


 また余計な火種を生み出して……。なんてことをしてくれたんだナナさん。なんでレリーナちゃんの前で、そんな話をしてしまったのか。


 というかさ、そんな衆人環視の中で、ユグドラシルさんが踏んだぶどうをうんぬんって話をナナさんはしたの……?

 なんか知らぬ間に、とんでもない風評被害を巻き起こしてくれているじゃないか……。


「申し訳ありませんマスター」


「……いや、まぁいいよ。うん、いいともさ」


 元はと言えば僕がナナさんにいろいろと面倒を押し付けちゃった形だし、そう考えるとあんまり文句も言えないかな……。


「しかし、レリーナちゃんはどうしたものか……。後でちゃんと話し合わなければいけないね。誤解を解かねばならん」


「どうしましょうね。とりあえずレリーナ様にも素足でぶどうを踏んでいただき、それでお酒を作らせてもらいますか? そうしたらレリーナ様の溜飲も下がるのでは?」


「いやー、それもよくないでしょ……。そんなことをしたら、僕が本当に『誰かが素足で踏んだぶどうを飲みたい願望を抱えている人』になっちゃうでしょ……」


 そうじゃないんだ。僕としては、世界樹の酒を造りたかっただけなんだ。

 世界樹様が準備した材料を用い、世界樹の樽でお酒を作ったら、それはそれはありがたいお酒になるんじゃないかなって、そういう興味本位でお酒造りに勤しんでいるだけなんだ。

 そのコンセプトから外れるわけにはいかない。『女性が素足で踏んだぶどうで酒を作る』なんてコンセプトを掲げていると誤解されるわけにはいかない。


「もう面倒くさいので、マスターが直接レリーナ様に踏まれたらよくないですか?」


「どういうことよ……」


 なんだその結論は……。どういう解決法なのか……。


「いいじゃないですか。マスターも嬉しいのでは? 確かマスターは、ミコト様に踏まれて死ぬほど喜んでいましたよね?」


「……それはちょっと違う」


 ……踏まれて死ぬほど喜んだわけではなく、踏まれて本当に死んだだけである。





 next chapter:日和ひよるアレク

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