第551話 すべてはユグドラシルさんのために


「しかし、本当に何から何まで急だな……」


「そうですねぇ……」


 というわけでメイユ村への帰還が決まり、そのことについてクリスティーナさんに説明していた。

 いやはや、僕からしても本当に急なのですが、緊急事態により、緊急で故郷に帰らねばならんのですよ。


「そもそもアレクは、いつ町に来たんだ?」


「着いたのは今日ですね」


「今日?」


「今日町に到着して、宿を確保して、それから教会へ向かい、その後宿に戻り、そして冒険者ギルドまでやってきました」


「無駄に精力的に動いてんな……」


 繰り返しになるけれど、なにせ緊急事態だからね。教会で鑑定して以降は、僕も忙しなく行動していたのだ。


「本当はもっとゆっくりするつもりだったんですけどねぇ」


「んで、結局どういうことなんだ? いったい何があったんだ?」


「ええはい、それなのですが……」


 いったい何があったのか、何故僕がメイユ村に帰らなければならないのか、その理由を一言で説明すると――チートルーレットのためである。


「実はですね、先ほど教会で鑑定したところ、レベルが39に上がっていたのです」


「ん? レベルアップしてたのか?」


「そうです」


「そらまぁ、おめでとう」


「ありがとうございます」


 うん。めでたいよね。そのこと自体はめでたいと思う。


「しかしこのレベルアップは、どうやら『世界樹式パワーレベリング』によるものらしくて――」


「世界樹式パワーレベリング?」


「世界樹様に怒られて、顔面を掴まれてレベルアップする手法です」


「……それは手法っつーのか?」


「まぁ僕が勝手に名付けてそう呼んでいるだけですが」


「そうか……」


「ちなみに、この世界樹様の顔面掴みは『ウッドクロー』と呼ばれています。これも僕が勝手に呼んでいるだけですが」


「…………」


 どっちも僕だな。別にユグドラシルさん本人が言い出したわけではなく、僕が勝手に……あれ? というか、そもそもの話として……。


「そういえば世界樹様本人は、この名前を好んでいなかったような気がしますね。むしろ、言うと怒られた記憶があります」


「えぇ……」


「なので申し訳ないのですが、クリスティーナさんもあんまりこの名前を広めたりしないでくださいね?」


「じゃあそもそもアタシにも教えんなよ……」


 まぁその通りである。そこはうっかりしていたな。うっかりクリスティーナさんに伝えてしまったし、エルザちゃんにも散々伝えてしまった。


「さておき、今回僕は世界樹式パワーレベリングでレベルアップしたわけですよ」


「それでもアレクはその呼び方を使うのか……」


「そうして現在のレベルが39。ということはつまり、次のレベルアップでレベル40です。レベル40に到達するのですよクリスティーナさん」


「ん? えっと、まぁそうだな」


「なので――故郷に帰ります」


「……え? あれ? なんか話が飛ばなかったか?」


「…………」


 ええまぁ、この部分はちょっとね……。チートルーレットのことは話せないので、おのずと説明も曖昧なものになってしまう。


「んー、レベル40の瞬間は、故郷に居たいんですよ」


「うん? なんでだ?」


「できたらその瞬間を世界樹様に見せたいんですよね。世界樹様喜んでくれるので」


「そうなのか……? 孫の成長を喜ぶ祖父母みたいな感覚か……?」


「たぶんそんなところでしょう」


 ……とりあえずそういうことにしておこう。なんなら本当にそういう感覚があるかもしれない。

 ただ実際のところ、ユグドラシルさんが見たいのは僕のレベルアップではなく、僕がレベルアップしてチートルーレットが発生した瞬間だ。ルーレットのために僕が天界へ転送される瞬間をユグドラシルさんは見たがっている。


 もうすでに何度か見せている僕の昇天シーンだが、ユグドラシルさん的にはまだまだ見たいということなので、それならばそのために帰還することもやぶさかでない。

 ユグドラシルさんのためだ。それでユグドラシルさんが喜んでくれるなら、僕も喜んで協力しよう――すべてはユグドラシルさんのために!


 ……といっても、実はそれだけの理由ではなかったりもする。

 僕的には、チートルーレットの後が問題なのだ。ディースさん曰く、六億を超える数のチートが内包されているというチートルーレット、その中から何を貰えるかわからなくて、貰った結果何が起こるかもわからない……。


 僕ではどうしようもできない景品を押し付けられることも考えられる。そんなときに頼れるのは――ユグドラシルさんだけだ。


 振り返れば、今までもそうだった。ダンジョンコアを手に入れたときや、『召喚』スキルを取得したとき、それに伴い現れたナナさんとミコトさんのことを、『世界樹様の旧友らしいです』的な設定で乗り切った過去がある。

 そしてダンジョン自体もユグドラシルさんから譲り受けたことにしたし、確か回復薬のことも『ユグドラシルさんから貰ったすごい薬です』と誰かに説明したような気がする。

 なんなら一番最初に貰ったタワシもそうだ。あれも『夢の中で世界樹様から貰った』と謎の説明を両親にした記憶がある。なんとなんと、ユグドラシルさんと初めて出会う前からユグドラシルさんを頼ってきた僕なのだ。


 全部ユグドラシルさんだ。今まで貰ったチートルーレットの景品について、すべてはユグドラシルさんが助けてくれたために僕は事なきを得た。

 すべてはユグドラシルさんのために……。ユグドラシルさんを頼りたいがために、そのために僕は故郷へ帰らなければならないのであった!


「…………」


「どうかしたか?」


「あ、いえ……」


 今更ながら、なんでもかんでもユグドラシルさんに頼りすぎじゃないかって気にもなってきた。

 いやでも、やっぱり僕ではどうしようもできないことも多くて、どうしても頼らざるを得ない感じで……。


「まぁとにかく、いろいろと事情があって、今回は帰還が決定しました」


「ふーん。そうなんだな」


 ちなみにこういったチートルーレット関連の話は、事情が事情なだけにパーティメンバーにすら伝えていない。

 元々の事情を知っているヘズラト君だけには話したが、ジスレアさんとスカーレットさんには話していない。


 そんな状況で帰還の意志を告げるのは、なかなかに苦労した。どうにかこうにか誤魔化しながら伝えたものの、スカーレットさんは微妙に納得していない様子で――『何か楽しげな裏事情がありそうな気配を感じる!』と、無駄に裏を探ってきた。なだめるのに相当苦労した。


「あ、そういえば、スカーレットさんだけはこの町にしばらく残るそうです」


「へぇ? そうなのか」


 そうらしい。せっかくここまで来たので、この町でしばらくダラダラするとのことだ。


「なので、安心してください」


「うん?」


「スカーレットさんがいるので、クリスティーナさんはひとりぼっちじゃないと――」


「あぁん?」


「いひゃい。いひゃいれす、くりふふぃーなはん」


 ほっぺたを引っ張られてしまった。

 いかんいかん。ついつい軽口を叩いてしまった。ついつい貰いにいってしまった。


「そういうわけで、これから二人で活動することもあるかと思いますが――まぁ大丈夫ですよね? 前に三人のパーティで活動したこともありますし」


 なんだっけか、テンペストボアだっけかな? 僕とヘズラト君はお留守番で、ジスレアさんとスカーレットさんとクリスティーナさんの三人パーティでテンペストボア討伐に向かったことがあったはずだ。

 そんなこともあったし、それならスカーレットさんと二人っきりでも――


「あ、でも三人で居るのと二人っきりで居るのとでは、だいぶ違いますかね……。大丈夫ですか?」


「何言ってんだ? そりゃあお前、大丈夫だろ……。別にそれは、普通に……」


「…………」


 なんか微妙に自信なさげだな……。


「えーと……まぁ実際には問題ないと思うのですけどね。なんといっても、スカーレットさんはだいぶ大雑把おおざっぱ――大らかな性格ですし、基本的には何も考えていない――自由で寛大な人なので、クリスティーナさんも気楽に接して大丈夫だと思います」


「なるほど……。まぁ別にアタシは大丈夫だけどな?」


 ちょっとホッとしたような雰囲気が伝わってくる。わりと良いアドバイスができたようだ。


「ではでは、僕は故郷に帰ります。レベルが40に到達したら再び世界旅行に出発すると思いますので、そのときまた会いましょう」


「ん、そっか、じゃあまたな」


「ええはい。そして次会うときは……おそらく絶大な成長を遂げた僕が現れることでしょう」


「たった1レベル上がっただけで、そこまでの……?」


 たった1レベルではあるけれど、その1レベルでチートルーレット到達だからね。

 次会うときは、何かしらのチートを手に入れた僕が現れるはずだ。


「ヘズラト君ではないですが、進化したアレクをお見せできるかと思います」


「おぉ、なんだかわかんねぇけど、そうなのか……」


「ふふふ、新たな力を得たアレクに、クリスティーナさんもご期待ください」


「お、おう……」


 まぁ正直僕もどうなるか全然わからんですが、たぶんそう。きっとそう。たぶんチート。きっとチート。





 next chapter:レベル40に向けて

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