第550話 緊急事態です


 ――ギルドへやってきた。約一年ぶりの冒険者ギルドである。


「うん、久しぶりのギルド。懐かしい」


「キー」


「……でもなんかちょっと緊張するね。久々に来たせいか、妙に落ち着かない」


 そういえば、初めて冒険者ギルドに来たときも心細い気持ちになったな。

 確か最初は、『どうせ冒険者ギルドなんて、粗野そやで乱暴な荒くれ者しかいないのだろう』と、そんな偏見に満ち溢れた想像をしていた気がする。そこでさらにジスレアさんとスカーレットさんに置いてきぼりをくらってしまい、一人で縮こまってぷるぷる震えていた記憶もある。


 まぁ実際には荒くれ者もいないし、危険な目にも遭ったこともないし、いつしかギルドの雰囲気にも慣れ、気軽に出入りできるようにはなったのだけど……。

 しかし今は、なんだか落ち着かない気分だ。なんとも心細い。一年間のブランクを経て、心細さを取り戻してしまったようだ。『森を出てそわそわ現象』ならぬ、『ギルドに入ってそわそわ現象』である。


「キー」


「おぉ……。ありがとうヘズラト君」


 ヘズラト君が僕を気遣ってくれている。大きな尻尾をフリフリしながら、僕を守るように僕の前に立ってくれた。ありがとうヘズラト君。


 やはりヘズラト君に付いてきてもらってよかった。ギルドに向かうと告げたとき、ヘズラト君の方から同行を申し出てくれたのだけど、一緒に来て正解だった。

 ……あるいはヘズラト君は、僕がこうなることを予想していたのだろうか? 久々のギルドで僕がヘタレるのを予想し、それで付いてくることを決めた可能性が無きにしもあらず……?


「キー?」


「あ、うん、それじゃあ探そうか」


「キー」


「そうだね、居るといいんだけれど」


 さてさて、それじゃあ今から人探しだ。約束も待ち合わせもしていないし、居るかどうかもまったくわからんけれど、居てくれるとありがたい。


「えーと、どうやって探そうか? とりあえずは――お一人様かな」


 お一人様を探そう。たぶん複数人でいることはないはず。

 そんな予想を立てて、ギルド内を見回していると――


「あ、いた」


 食堂の隅っこの方、一人でご飯を食べている女性冒険者を見付けた。


 ……やはり一人。予想通りとはいえ、あんな姿を見せられると、こちらとしてはどうしたものかと迷ってしまう。

 なんだか不憫ふびんに思え、話し掛けに行きたい気持ちにもなるが、逆にそっとしておいた方がいいんじゃないかという気持ちも生まれる……。


「キー?」


「あ、うん、行こう」


 まぁ行こうか。ここでなんかちょっと悲しい気持ちになりながら憐憫れんびんの眼差しを向けていても仕方がない。話し掛けに行こう。


 というわけで、探していた女性冒険者がいるテーブルに近付いていく僕とヘズラト君。

 すると相手も僕達に気付いたようで、少し驚いた表情を見せた。僕は笑顔で手を振りながら、その女性に声を掛ける。


「どうも、お久しぶりです――クリスティーナさん」


「おお、なんだよ、久しぶりじゃねぇかアレク」


 クリスティーナさんである。ラフトの町が誇る凄腕美人冒険者にして、アルティメット・ヘズラトボンバーズの準メンバークリスティーナさんだ。


「ヘズラトも久しぶりで……あん? ヘズラト……?」


 クリスティーナさんはヘズラト君を見て、不思議そうに小首を傾げている。

 まぁ大シマリスだからね。大ネズミ時代のヘズラト君しか知らない人からすると、大シマリスのヘズラト君にはびっくりだろう。

 ――うんうん。やはりここでも僕がお決まりの説明をせねばならんようだ。


「ふふふ、実はですね――」


「あ、まさか進化したのか?」


「…………」


「違うのか?」


「あってます。進化しました」


「おー、やっぱそうか。やるじゃねぇかヘズラト君」


「キー」


 自分で答えを見付け、ヘズラト君を褒めながら撫で撫でするクリスティーナさん。僕が言おうとしていたことを、すべて先回りされてしまった……。

 いや、まぁいい。ヘズラト君も誇らしげにしているし、何も問題はない。


「というわけで、久々の再会を喜びたいところではあるのですが――」


「あん?」


「実はなんというか……残念なお知らせがあります」


「……残念なお知らせ?」


「残念なお知らせを、クリスティーナさんにお届けしなければなりません」


「久しぶりに会ったと思ったら、いきなりなんなんだよ。何を残念なお知らせを届けにわざわざやって来てんだよ……」


 いえ、別に残念なお知らせを届けんがために、遥々はるばるここまでやって来たわけではないのですが……。


「で、いったいなんなんだ?」


「ええはい、実はですね――もうエルフ界に帰らなければなりません」


「うん? 帰んのか?」


「帰らなければなのです」


「そりゃあまた、ずいぶんと急な話だな……。いきなりやって来たと思ったら、いきなり帰ってくのか……」


 まぁねぇ。僕もこんなことになるとは思っていませんでした。まったくもって不測の事態なのです。何やら緊急事態が発生してしまったのですよ。


「というか、それが残念なお知らせなのか?」


「そうです。久々に再会できたのに、すぐにお別れなんてことになったら、クリスティーナさんが寂しがると思いまして」


「なんでだよ」


「いひゃい。いひゃいれす」


 ほっぺたを引っ張られてしまった。

 えー、だって寂しいでしょう? それは寂しいはず。僕だって寂しい。僕ももっとゆっくりして、クリスティーナさんとのんびり薬草採取とかして過ごしたかった。


 ……それにしても、エルザちゃんといいクリスティーナさんといい、やはりラフトの町の人達には、こんな感じで責められることが多い印象である。

 まぁ相手も本気で責めているわけではなく、なんかこうスキンシップ的な感じで、うりうりと責めてきよる。そして僕もそれを期待して、ついつい軽口なんかを叩いてしまうわけで……。


 ふむ。故郷だとどうかな? 似たようなのだと、ディアナちゃんの肩パンとユグドラシルさんのウッドクローくらいかな?

 あとはまぁ、もう一人いることはいるけれど、あの子の場合はスキンシップってテンションじゃないからな……。

 普通に凶器とか出してくるから……。普通に狂気と凶器を出してくるから……。





 next chapter:すべてはユグドラシルさんのために

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