第526話 エアディアナちゃん
自室にて、ダラダラと世間話をしていた僕達であったが、ディアナちゃんがテニスをやってみたいと言うので――
「訓練場までやってまいりました」
訓練場である。村の外れにある訓練場までやってきた。
「わざわざ訓練場まで来たってことは、結構広めのスペースが必要なのかな?」
「そうだね。さすがに庭じゃあちょっと狭くて」
「やっぱそうなんだ。まぁここなら何もないし――うん?」
「ふふふ、気付いたかなディアナちゃん」
「そりゃ気付くでしょ……」
ディアナちゃんが『何もない』と言うくらい、いつもは弓の
訓練場の端に、どーんと壁のようにそそり立つ何かがある。
それは――
「なんか壁があるんだけど」
「壁だねぇ」
壁である。どーんと壁のように壁が立っていた。
「何あれ?」
「テニス用に『土魔法』で作ってもらったんだ。作ったのは一昨日だから、まだ一応は使えると思う」
「ふーん? テニスでは、あの壁が必要なの?」
「絶対必要ってわけでもないんだけどね、テニスの練習で壁を使うんだ」
「ふんむ。練習で?」
「これからディアナちゃんにはテニスの練習として――壁打ちをしてもらおうと思う」
壁打ち。壁に向かってラケットでボールを打ち、跳ね返ってきたボールを再び打ち返す練習。
やはりテニスの練習といえばこれだろう。これこそがテニスの基本。みんなこの練習から始めて、この練習で上手くなった。壁打ちには、テニスの基礎が詰まっている。きっとそうだ。そうに違いない。知らんけど。
◇
「いいよー。ないすー」
僕はディアナちゃんの壁打ち風景をぼんやりと見守りながら、声援を送っていた。
うむうむ。良い感じだね。だいぶテニスしている雰囲気が出てきた。
ディアナちゃんは両手バックハンドでニスボールをぱこーんと壁に打ち込み、壁から跳ね返って来るボールを、今度は回り込んで片手フォアハンドで打ち返した。
――ちなみに、『ニスボール』である。何やら『テニスボール』の脱字っぽく見えてしまうが、ニスで作ったボールなので、ニスボールで間違ってはいないのだ。
「というか、すごいなぁ。めきめきと上達している……」
「よっと」
「おぉぉ……」
さらにディアナちゃんは、自分の右手側に来たボールに対し、タイミングを合わせて右足を上げながらジャンプ。そして空中で右足を後ろに引き、上半身をひねりながらボールをショット。
「すごいなディアナちゃん……。エアディアナちゃんだ。エアDじゃないか……」
ジャックナイフと呼ばれるジャンプショットだ。しかもフォアハンドで。
まぁぶっちゃけフォアのジャックナイフはあんまり意味がないって話も聞いたことがあるが、とりあえず見た目は格好良い。
いやはや、すごいセンスだ。そんな打ち方を僕は教えていない。……というより、僕はほぼ何も教えていない。『壁に打って、跳ね返ってきたらまた打つ』としか教えていないのだ。
だというのに、この上達っぷり。さすがはディアナちゃん。戦闘面の才能において百年に一人の
「ふー、なんか良い感じな気がする」
「お疲れ様ディアナちゃん」
「ういー、ありがとー」
練習が一段落して戻ってきたディアナちゃんに、サッとタオルと飲み物を差し出す。
うむうむ。ディアナちゃんもテニスを楽しんでくれているようで、何よりである。
「見ててどうよ? アドバイスとかある?」
「アドバイスかー」
なんだろうね。僕もそれほど詳しいわけでもないし、あんまり上手いアドバイスができるとも思えないけれど――
「んー、もっと声を出すといいかも」
「声?」
「ボールを打つとき、なんかもう叫ぶくらいの感じで」
「叫ぶ……」
プロのテニスプレイヤーとか、ちょっと引くくらい叫んでいる気がする。『うおォン!』とか『イ゛ェアアアア!』みたいな感じで。
「あとは良いショットを決めた後、『カモン!』って叫ぶんだ」
「かもん……」
それもよく言っている気がする。得点したとき、ガッツポーズしながら『カモン!』って。
わからんけど、プロがやっているのだから効果的なのだろう。
とりあえずそんな感じで、ちょっと大げさすぎるくらい叫び声を上げて、『カモンカモン』と言っておけば――
「なんかえっちな話してる?」
「違う」
いきなり何を言うのか。前回に引き続き、いったいなんだというのだ。
僕はそんな話はしていない。意味がわからない。どこの洋物だ。
「まぁ声はいいや。それで、だいぶ打つのも上手くなった気がするんだけど、これってたぶん二人で対戦するんだよね? あれとかそうなんでしょ?」
「あー、そうだね。テニスのコートだね」
壁打ち用の壁からちょっと離れた場所に、テニスコートも作ってもらった。
テニス用のラインが引かれていて、中央にはネット代わりの壁。あとはボールが遠くまで転がっていってしまわないように、仕切りとなる小さな壁が作られている。
「というかあれって……もしかしてレリーナが作った?」
「うん、一昨日レリーナちゃんと一緒に来て、いろいろやってもらったんだ」
そうして作ってもらった、『土魔法』のテニスコート――レリーナちゃん特製クレイコートである。
なんだか懐かしさを覚えるねぇ。こうして訓練場の土壁を見ていると昔を思い出す。昔はレリーナちゃんも、よく訓練場で『土魔法』の練習をしていた記憶がある。
「んー」
「いたい」
何やら唐突に肩スマッシュをいただいてしまった。えっと、何かな?
「今レリーナのこと考えてたでしょ? てーか、なんでアタシより先にテニスを伝授してんのよ」
「え? あー、いや、それはタイミングが……」
偶然レリーナちゃんのタイミングが先だっただけで……。というか、別に伝授と呼べるほど大したことはしていないのだけど。
「それで、アタシより先にレリーナとも対戦してたの?」
「してないよ?」
「ん?」
うん。対戦はしていないね。軽く誘ったんだけど、対戦はしなかった。
「ここまで来て、練習をして、ルールも説明したんだけどね。でも一緒に対戦はしていない」
「え、なんでよ?」
「ルールを説明した瞬間、対戦はいいやと遠慮されたんだ」
「…………」
ルールを聞いて、即座にまともな勝負にはならないとレリーナちゃんは判断したのだろう。
情けだ。情けを掛けられてしまった。
「んん……。まぁどうなるかは予想付くよね。たぶんだけど、フットワークとか重要っぽい感じだし……」
「…………」
詳細なルールを聞く前だというのに、まともな勝負にはならないとディアナちゃんも判断したらしい……。
「――いや、でもアタシはアレクと対戦する。可哀想だけど、ボコボコにする」
「ボコボコに……」
「みんなはアレクに気を遣って、それでアレクに優しくしているつもりだろうけど、それはただの甘やかしだと思う。アレクは甘やかされてる」
「甘やかし……」
えぇと、なんと言ったらいいものか。いろいろと言いたいことはあるけど……でもまぁ、確かにそんな気はする。たぶん甘やかされている。正直僕も自覚はあるんだ。ただ単に甘やかされている自覚がある。
ユグドラシルさんとか特にだよね。なんかもう際限なく僕に甘い。ダダ甘である。
「アタシはアレクに厳しくいく。それこそが本当の優しさだと思うから」
「そうなんだ……」
うん。まぁいいんだけどさ……。そもそもテニスで対戦することが、そこまで厳しいこととは思わないし……。
とりあえずディアナちゃんはいろいろと僕のことを考えてくれているっぽいので、そこに関しては感謝を述べたいと思う。
「んじゃルール説明してよ」
「あー、うん、まず最初はサーブから始まって――」
なんやかんやありつつ、ディアナちゃんにテニスのルール説明。
まぁルール自体はそこまで難しいことはないのかな。相手のコートにボールを落とせばいいだけだ。
「――なるほどなるほど。それで、何点取ったら勝ちなの?」
「うん、とりあえず1点取ったら15点なんだ」
「意味がわかんない」
「おぉう」
いやでも、テニスはそういうルールで……というか、そこに関しては僕だってわからない。
なんでいきなり15点なのか。しかも加算していく点数は、15点、30点、40点である。めちゃくちゃだなテニス。
……じゃあいいや、タイブレークのときのルールにしよう。7点先取だ。
「うん。7点先取で、サーブは2点で交代ってことにしようかな」
「うし、それじゃあ始めよっか」
「そうしよう。悪いけど――別に僕だって負けるつもりはないからね?」
「ほーん?」
確かにフットワークではディアナちゃんに負けてしまうかもしれないけれど……でも僕には極振りした『器用さ』がある。ボールのコントロールには自信があるんだ。テクニックで勝負しよう。
際どいコースを狙ったり、自分のいる場所にボールが返ってくるよう考えて打つことができれば、勝機がないこともないと思う。
先ほどは『ボコボコにする』とか『甘やかさない』とか、何やら好き勝手言ってくれたが……そんなふうに、さも勝って当然みたいに言われたら、僕だって黙ってられない。僕にだって意地がある。
つまりは――気合いと根性だ。気合いと根性とテクニックで、ディアナちゃんから勝利をもぎ取って見せる。
さぁいくぞ! 勝負だディアナちゃん――!
ゲームセット。ウォン、バイ、ディアナ。
カウント7-0。
next chapter:四年間の成果。予想外の結果
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