第525話 世界樹の樽


「でもさー、やっぱりアレクは木工ばっかやってんだねー」


「ふむ。確かにそうかも」


 確かにディアナちゃんの言う通りかもしれない。アレクハウス増築のお手伝いでも木工作業をしているし、お休みの日もコースターやらテニスラケット作りやらで木工作業をしている。寝ても覚めても木工作業。そんな木工漬けの日々を送っている。


「まぁあれだね。なんと言っても僕は――木工エルフだから」


「すごいねー」


「…………」


 いつも自己紹介で使っている『木工エルフ』なるキャッチコピーを、ディアナちゃんに決め台詞っぽく告げたところ、だいぶ雑に流されてしまった。

 そうか、ディアナちゃんにはあんま響かんキャッチコピーだったか。ディアナちゃんの心をキャッチするには至らなかったか……。


「さておき、実は今も新しい木工シリーズを製作中だったりするんだよね」


「へぇ、そうなんだ? 次は何? なんか楽しいやつ?」


「あー、でも残念ながらディアナちゃんが楽しめるような物ではないかなぁ」


「えー」


 ディアナちゃんはちょっと不満げな様子を見せて、持っていたラケットで僕の肩を軽く小突いてきた。肩パンならぬ、肩スマッシュ。


「なんというか、ディアナちゃんにはちょっと早いかもしれない」


「早い?」


「年齢的にちょっと早いかな。まぁ僕もだね。僕にもディアナちゃんにもちょっと早い。そんな木工作品を作っているところで――」


「えっと……それはつまり、えっちなこと?」


「違う」


 いきなり何を言うのか。もじもじと照れながら、なんてことを聞いてくるのか。

 というか、えっちな木工作品って何よ。何を想像したのよ。僕がどんな卑猥ひわいなアイテムを創造したと想像したのよ……。


 遺憾いかんである。僕はそんな物を作らないし、作ろうと思ったことすらない。『ニス塗布』を上手いこと組み合わせて……などと、一度たりともまったく微塵みじんも考えたことはなかった。


「んじゃ、なんなのさ。何を作ってるんよ」


「僕が作っているのは――たるだね」


「樽?」


 樽である。今僕は樽を作っている。

 ちなみに樽自体は木工シリーズ第九十九弾でも作っていたが、今回のは――ただの樽ではない。


「なんと――世界樹の樽なんだ」


「世界樹……? 世界樹様の枝を使って、わざわざ樽を作ってるの?」


 いぶかしげな表情を浮かべながら、ディアナちゃんが聞き返してきた。

 まぁね、ディアナちゃんが驚くのもわかる。貴重な枝を使って何故樽作りなのかと疑問に思ったのだろう。

 ただ、いろいろとあるのだよ。いろいろと考えた結果が、世界樹の樽なんだ。


「というか、それだと何が早いの? 年齢的に樽は早いって何? 樽の年齢制限とか意味わかんないんだけど……」


「うむうむ。まぁ聞いておくれよディアナちゃん、現在僕の年齢は十九歳でしょう? 十九歳ではダメなんだ。十九歳ではちょっと早い。――二十歳になるまで待たなければならない」


「んんむ?」


「二十歳になったら――お酒が飲める」


「お酒……」


 お酒だよディアナちゃん。この世界でも、お酒は二十歳になってから。寿命が人族の十倍もあるエルフ族でも、お酒は二十歳になってからなんだ。


「あと九ヶ月もしたら僕も二十歳の誕生日を迎えて、お酒が飲める年齢になる。それで思ったんだ。それまでに世界樹の樽を作って、お酒を作ろうって」


 世界樹の樽を使って作ったお酒。わからんけど、きっと美味しいお酒が出来ることだろう。もはや世界樹の酒と呼んでいいものが出来るんじゃない? 言うなれば――『真・ユグドラ汁』なる物が完成するんじゃあないのかな?

 そんな計画を立てて、今はジェレパパさんとともに世界樹の樽を作っている最中なのである。


「ふーん。なるほどねー。お酒かー。つまりは最高の樽を使って、最高のお酒を作ろうって感じ?」


「そうそう、その通りだよディアナちゃん。それで最高のお酒をね、うん、まさにその通りなんだけど……」


「ん?」


 んー、実はちょっと悩んでいることもあってだね……。


「そもそも……お酒って美味しいのかね?」


「んん? さぁ? そりゃわかんないけど」


 まぁわからんよね。僕もディアナちゃんも飲んだことがないし、そりゃあわからん。

 だがしかし、どうなんだろう……。そんな最高のお酒『真・ユグドラ汁』であっても、結局はお酒なわけで、お酒って美味しいのかな……。


「僕とかお酒ダメそうな気がするんだ……」


「なんでよ?」


「……なんとなく」


「なんよそれ……」


 もちろん今世ではお酒を飲んだことなんてないのだけれど……前世でダメだったんだわ。前世の佐々木時代、全然飲めなかった。

 お酒に強いとか弱いとか体質的なものではなく、単純に味が苦手だった。アルコールの味を美味しいと感じることができなかった。それで前世ではほとんど飲むことがなかった。


 だもんで、いくら最高のお酒『真・ユグドラ汁』が出来たところで、果たしてそれを正確に味わうことができるのかどうか……。

 というか、そんな前世だったのに、なんで今世ではお酒の解禁直後に飲む準備を何ヶ月も前からしているのか、我ながらちょっと謎である。


「結局飲んでみるまでわからないし、二十歳を待つしかないんじゃない?」


「まぁそうだねぇ」


 確かに待つ以外はできない。……じゃあ待とうか、そのときを。

 前世と今世で味覚が違うことも十分考えられる。どうなるかを楽しみに待とうじゃないか。


「あ、でもアレクは世界旅行がなんたらで、二十歳がなんたらなんじゃなかったっけ?」


「なんたら……」


 相当うろ覚えっぽい様子のディアナちゃんだが……確かにそうだ。そこはちょっとややこしいことになっている。

 エルフのおきてである。二十歳になる前に世界旅行へ出発して、ノルマの期間を消化してから帰還しなければならない――そういう掟を僕は課せられている。


「だから結局、二十歳の誕生日には世界旅行中で、世界樹の樽で作ったお酒を飲むのは、村に戻ってからになるのかな?」


「んー……」


「うん?」


 何やらディアナちゃんはちょっと考え込んでいる様子で…………ふむ、二十歳の誕生日には離れ離れだと、そんなふうに寂しがってくれているのかな?

 ディアナちゃんは毎回旅の出発前に『二年しか待たないんだからね』とラブコメふうのセリフを伝えてきてくれるので、おそらく今回も似た感じで――


「今までのことから考えて、アレクがしっかり掟を達成してから帰ってくるとは思えないんだけど」


「…………」


 なんかだいぶ違うことを考えていた……。この勘違いは恥ずかしい。妙に自惚うぬぼれた妄想をしちゃっていた。これはだいぶ恥ずかしい。

 ……しかしディアナちゃん、掟を達成できないとはなんなのか。やめてくれたまえ、縁起でもない。


「そこはほら、さすがに頑張るでしょ。そこで失敗したら終わりだよ? それが最後のチャンスで、そこで失敗したら掟も失敗なんだよ?」


「うん……。だからまぁ、失敗するんじゃないかなって……」


「…………」


 縁起でもないと言うのに……。


「まぁまぁまぁ、大丈夫だって。無事に掟も達成して、帰ってくる頃には二十歳を迎えていて、そのときにはお酒も出来ていて――そして僕は勝利の美酒を味わうことになるんだよ。大丈夫だって、全部計画通りにいくさ」


「そっか、まぁアレクがそこまで言うんなら――アレクがそこまで言うとなると、むしろ失敗しそうな気もするよね?」


「…………」


 どういう意味か。……とはいえ、むしろ僕のことをちゃんとわかっているからこその発言な気もして、こちらとしてはなんとも言えない。


「まぁいいや。それで、全部がアレクの計画通りになるとして、アレクが帰ってくる頃にはお酒も出来ているのかな? もう飲めるの? そもそもお酒ってどう作るの?」


「え? 知らない」


「知らな……え?」


 いきなりそんな質問をされても、ちょっとわかんないかな……。


「たぶん樽を使ってなんかするんだと思うけど、実際には何をするのか……というより、樽を本当に使うのかどうかも実はよくわかっていない」


「…………」


 なんせお酒が苦手で興味もなかったため、お酒の作り方なんて僕が知る由もないわけで……。


「よくわからないまま、なんとなく樽作ってんの?」


「まぁ、そうかな……」


「この無計画さだよね……。これで『全部計画通りにいく』とか言っているんだから、さすがだよ……。さすがアレク」


「えっと…………ありがとう?」


「褒めてない」


「う……」





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